第四十三話 限りある時



「それで、君は智太郎を利用して自分の願いを叶えた訳だ」


 青ノ鬼の表情は相変わらず読めない。

 その声音も、私を責めるというより、事実を淡々と述べているだけだった。思えば当たり前かもしれない。彼は妖で、そもそもとして智太郎に対して感情を抱いていない。智太郎の味方ではないのだから。

 そんな様子が可笑しくて、私は僅かに微笑む。


「どうなんだろうね……叶ったのかな。だけど、智太郎は私がいないと、またあの地下で暮らさないといけないから……私は必要だと思うよ。それに、本当の罪を智太郎が知ったら、私を憎むんじゃないかな。……智太郎になら、殺されてもいいけど」


 散々ここまで智太郎を利用して、裏切ってきたのだ。

 どうせ、智太郎がいなければ、またあの孤独に戻らないといけない。なら、最期に私の命が欲しいなら、あげる。


「命で償うくらいの罪が、君にはあるって事か」


「そうだね」


 私は目を伏せると、罪を告白する為に、口を開いた。


 

―*―*―*―《 千里過去 展開 》―*―*―*―


 

 それから私はあの子供に会うために地下へ、行くことにした。暗い地下の、私の宝物に毎日会って優しくしてあげれば、孤独な心は動くはずだから。


「こんにちは。この前会ったよね、私の事覚えてる? 」


 白銀の前髪の隙間から、花緑青の瞳が私を見上げる。

 相変わらず、冷たい光を宿していた。

 だが、こんな暗い地下の中にいるのに、その強い光は、輝きを失わない。私はその綺麗な強い瞳を見つめるのは、もう怖くなかった。

 子供は答えようとしなかったが、視線を逸らすことも無かった。

 私は微笑む。こうやって笑うのも慣れてしまった。嘘だけど、別にもう辛くない。私は構わず話続ける。


「貴方って、綺麗な瞳をしてるよね。……ところで何ちゃんって呼べばいい? 」


 私の言葉に、子供の眉がぴくり、と動く。

 今まで閉ざされていた乾いた唇が開かれる。


「俺は男だ」


 不服そうに寄せられた眉。

 私は作戦が上手くいったことに喜んだ。


「ごめん、知ってた。智太郎って言うんだよね。智太郎くんって呼べばいいかな」


「……気持ち悪い呼び方はやめろ」


「じゃあ、智太郎って呼ぶね。私のことも千里でいいから」


 私が袖から鍵を取り出すと、智太郎は目を見張った。


「ふふ、こっそり取ってきちゃった。しゃがんで話すの……足が痛いんだもの」


 私が鉄格子に鍵をさすと、智太郎は慌てた様子で私の手に触れる。日に晒されなかった白い手は、暖かかった。不快じゃない事に驚く。


「やめろ、お前が怒られるぞ」


 その言葉に、彼が元々優しい人物であることが分かる。

 普通は、牢から出られるなら、寧ろ利用しようとしたっていいと思うんだけど。


「大丈夫。私、次期当主だから。金花姫きんかひめだし殺されたりしないよ」


 結局鉄格子を開けて、部屋の中に入ってしまった私を、呆れたように智太郎は見つめる。


「殺されないからいいって訳じゃないだろ」


「いいのよ、お邪魔します、咲雪さん」


 キセルを吹かしながら、こちらを傍観している半妖の女性の名を呼ぶ。突然部屋に入ってきた少女に、動じる様子はなく、静かな表情で見つめるばかりだ。


「翔星の娘か。何の様だ」


「智太郎とお喋りに。いいですよね? 」


 咲雪の花緑青の瞳と交錯する。

 この世のものとは思えない美しい女性だった。

 白い容姿も相まって、儚く消えてしまいそうな不安を覚えさせる。

同じ色の瞳でも、智太郎とは違い輝きはない。生きることを諦めてしまったというのは本当なのだろう。


「智太郎がいいと言うなら、かまわん」


「母さん」


 迷惑そうに言う智太郎に、私は頬を膨らます。


「いいでしょ、どうせやる事なんてないでしょ? 所で、何で逃げようとしないの? 」


 智太郎は目を細め、俯く。


「ここから逃げたって、狩人達にすぐに殺される。……母さんがここにいるのを望む限り、俺はそばに居る」


 私は智太郎の言葉に咲雪を見上げる。

 白い耳と尾を持つ彼女は、腰まで伸びる白銀の髪を払う。白銀の髪がくうをさらりと流れる様子は、まるで雪が舞うようだった。


……彼女がいる限り、智太郎はこの牢に閉じ込められたままだ。


 生を望まないくせに、今すぐ死を選ぼうともしない。

 そんな曖昧さに私は唇を噛んだ。


 なんで一緒に生き続けてくれないの?

 生きて、一番大切なのは貴方だって言ってよ……


「大丈夫か」


 私の頬に触れようとした咲雪に、私は気が付き、一歩身を引く。咲雪の手が私の頬に触れることは無かった。懐かしい香りがした気がした。

 目の前にいるのは、ただの半妖の存在だった。

 ……彼女は私の亡くした人じゃない。


「……すまない」


「ごめんなさい、驚いてしまって」


 私から距離をとる咲雪に、私は返す。

 身を翻し、智太郎を振り返る。


「ごめんね。ところで、智太郎の好きな食べ物はなに?」


「なんだ突然」


 智太郎が、虚をつかれ花緑青の瞳を丸くさせる。

 そんな表情をしていると、智太郎は妖など関係ない、ただの少年に思えた。


「いや、仲良くなるには、やっぱり相手の事を知らないとでしょ? 今度持ってきてあげるから」


「物で釣るつもりか」


「そういうつもりじゃないんだけど……あ、好きな花でもいいし」


 私はそう言いながら俯いてしまう。やっぱりすぐに仲良くなるのは難しいよね。


「……なんか黒い甘いのが入ったやつ」


「え? 」


 そっぽをむいて答える智太郎にきょとんとしてしまう。

 

「花の形をしてて、中に黒くて甘いのが入ってるのが好きだ。……昔食べたことがある」


「……もしかして和菓子の練り切りのことかな? 」


 そうなると、黒くて甘いの、とは餡子のことだろう。

 じろり、と智太郎が睨む。最初に会った時ほど冷たい視線では無かった。


「お前、馬鹿にしてるだろ。俺が何も知らなくて」


「えと……びっくりはしたけど、そんな事ないよ」


 驚きを引っ込め、微笑むも、少し困った顔になってしまったかもしれない。そんな私を見て、智太郎は再びそっぽを向いてしまう。


「やっぱ馬鹿にしてる」


「……ごめん、ちょっとだけ。でも、絶対持ってくるね。何の形がいいかな」


「花の名前なんか分からない」


「じゃあ、私が教えてあげる! 」


目を輝かせる私を迷惑そうに智太郎が振り返る。

だけど、私が話しかけると、答えてくれる。

その度に、智太郎の事を一つずつ知ることが出来て、智太郎も外の世界のことを知っていく。

お互いの事を知るのは、面白い。

……孤独じゃないって、幸せなことなんだ。


 時々咲雪も話しかけてくれて、地下の部屋は、初めに私がやって来た時よりも、陰鬱な空気が薄まったような気がした。


 だけど、この時間が永遠に続く事はない。

 終わりはすぐ側で息を潜めているんだと、私達は知っていた。

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