第三十七話 ダブルデート



 とりあえず、玄関で待っとけ。

 ぶっきらぼうにそう言われるがまま、玄関の外で待っている。

 白い吐息が上昇しながら消えていくのは、同じ白の、雲の広がる空へ帰っていくよう。

 庭を埋め尽くす厚い雪の白にも目がチカチカする。

 また屋根に積もった雪が、滑り落ちる音がする。

 行き先も分からないまま、今日は赤のタータンチェックの着物に、黒い猫柄の半幅帯。ベルベット素材の黒いベレー帽に、レースが施された黒いケープを羽織っている。雪が凄いから、今日は編み上げブーツにしてみた。


 当の智太郎は何をしているのだろう……。


「待たせた」


 玄関が開く音に、私が振り向くと、智太郎は先程の格好とは違う。

 左右非対称の切り替えが特徴的な、ゆったりとしたモノトーンのジャケットを羽織っていた。

 ネクタイ風のデザインの、グレーのシャツがちらりと見える。

 モノトーンコーデの中で、いつもより花緑青はなろくしょうの瞳が印象的に見えて、すごく似合ってる。

心無しか、口を結んだ智太郎は緊張しているようにも思えた。

見た事のない服装に首を傾げる。


「すごい良いね……そんなの持ってたっけ」


「五月蝿い、いいからいくぞ」


 険しい顔が追い越される時にちらりと見え、そう言って何故か先に歩き出してしまう智太郎。

 あんまりな言い草にもポカンとするも、言い返したくて急いで追いかける……が、雪に足を取られ息を切らしてしまい言うことが思いつかない。

 我ながら、体力の無さに呆れてしまう。


「ねぇ、一体何処に行くの……」


 追いついた頃に、言えたのがそれだった。

 智太郎が私が立ち止まったのに気が付き、ようやく足を止めてくれる。


「……ん」


 何故かこちらの顔を見ないまま、手を差し伸べてくる。

 智太郎の背中越しに、白い吐息だけが見える。


「……え? 」

 

 追いついたばかりで、頭が回らず理解できないでいる。


「手」


 もう一度手をひらりと向け直され、ようやく理解し、恐る恐る手を重ねる。

 焦れたように、手を握り返され、歩き始める。

 先程は置いていかれたと思ったのに、今度はゆっくりペースを合わせてくれている。

 寒がりなはずなのに、繋いだ手は暖かく、冷たかった私の手を暖めてくれる。

 伝わる体温が嬉しい。

 胸が痺れるようになり、手を握り返した。


「今日はどうしたの? 」


 なんだかいつもの智太郎と違うというか……。


「別に」


 やっぱりいつも以上にぶっきらぼうなような、優しいような……。

 仕方なく黙ったままついていくと、寒さに自身を摩る人と、こちらに手を振る人が見えてくる。

 繋がれた私の手はだんだんと暖まり、むしろ手の中に汗が滲まないか心配になる。

 でも離してしまったら、もう繋げなくなりそうで……結局私は深呼吸するだけにした。


「千里ちゃん、尾白くん――!」


 白い吐息に負けじと、叫んで手を振る誰かが、美峰である事を理解すると、美峰の隣で寒さに震えるのは綾人だと分かる。

 なんで二人がここに?

 全く理解できないまま、二人の元にたどり着く。


「待たせた」


「全然いいよ、今来たとこだし」


 智太郎に綾人が返す。

 よく見ると、綾人もいつもの制服では無く、黒いタートルネックのニットに、格子柄のグレーのチェスターコートを着ている。


「今日は宜しくね、千里ちゃん」


 私に笑いかける美峰も、クリームにブラウンのラインが入ったウールジャケットを着ている。

 合わせた、すとんとしたデザインのクリームのニットワンピースも可愛い。

 だけど、一体何故みんなお洒落をしているのか分からないでいる。


「ねぇ……何で今日はみんな集まってるの? 」


 眉を寄せた私の一言に、皆ぴしりと固まる。

 暫しの沈黙の後……硬直が解けた美峰が答える。


「まさか……尾白くんから聞いてないの? 」


「嘘じゃん」


 綾人が呆然と智太郎を見る。

 智太郎は綾人と視線を合わせようとしない。


「この前、尾白くんに約束したからだよ。一緒に出掛けること。籠りがちな千里ちゃんを外に連れ出して欲しいって、対価」


「え? まさか、対価ってそれ? 」


 綾人を探すのを手伝う代わりに確かに智太郎が美峰に対価を要求していた。私の代わりに。

 散々聞いたけど、智太郎は答えてくれなくて……だけどまさか外出だとは思わなかった。


「そう。私と千里ちゃんだけでもいいんだけど、どうせならって、今日はダブルデートしよっかって話になって……それも聞いてないよね」


 がっくりと項垂れる美峰。

 数秒後、理解する私。


「えぇ! だ、ダブルデート!? ぜんっぜん聞いてないんだけど……」


 ちらり、と私の手を握ったままの智太郎を見上げる。

 すっかり仏頂面になってしまった智太郎は、私の視線に気づくと、ちらと視線を返したと思うと、すぐにそっぽを向いてしまう。


「……別に後で言えばいいと思ったから」


 珍しく、言い訳がましい智太郎に、間髪いれずに美峰がつっこむ。


「いやいや、後でじゃ遅いよー!千里ちゃん何が何だか分かってなかったじゃん 」


「智太郎……まめだと思ったのに意外だな」


 綾人が目を瞬かせる。


「違うよ綾人……別に尾白くんが雑な訳でなくて、単純に千里ちゃんに言えなかっただけだよ、恥ずかしくて」


「ああ、成程ね」


 ひそひそポーズをしてても、全部聞こえているのですが……。


「お前ら……」


 智太郎が我慢出来ずに、ついに唸ってしまう。

 こめかみに血管が見えてきてしまいそうだ。

 どうもこの間から、私と智太郎をからかおうという雰囲気が出てしまっている気がして、居た堪れない。


「と、とりあえず始めはどこに行くのかな? 教えて」


 智太郎がキレる前に、私は慌てて問う。


「うーん、まずはアレよね! 」


 美峰が人差し指をぴん、と伸ばして言う。

 アレ、とは一体何でしょうか……。


 美峰が先導するまま、一同は進む。

 着いたのは、女性向けのアパレルショップだった。

 ガラス越しに、ふんわりフェミニンな雰囲気のワンピースが飾られているのが分かる。


「今日はまず、千里ちゃんにお礼をしようと思って」


 美峰が笑顔で振り向くと、美峰の腕もつられて大きく半円を描く。


「お礼?? なんで」


 眉根を寄せて首を傾げると、美峰が説明してくれる。


「いや、なんか一緒に出掛けるだけが対価って……私の気が済まないというか。尾白くんは頑なに、いいって言うし……なら、千里ちゃんに好みの洋服プレゼントしようかなって」


だから、アパレルショップなのか。


「いやいいよ、だいぶ申し訳ないって」


「ていうか、むしろ私が千里ちゃんの洋服姿見てみたいだけっていうか。着物姿も可愛いんだけど」


 ふふ、と楽しそうに笑う美峰。


「でも……」


「大丈夫!! 心配しないで、この間バイト代出たばっかりだから!! 総一郎さん羽振りいいんだよね」


 何故ここで総一郎の名前が?

 ポカンとする私に、美峰は慌てて言う。


「いや、親に弐混神社に通う理由を総一郎さんにどう伝えるか相談した時に、バイトをしている事にすればいいって。なんなら本当に巫女バイトって感じで、神社のお掃除もろもろしてるんだ。まあ、いずれバイトじゃなくて就職予定なんだけども……」


 そんな事になっていたとは知らなかった。


「だから、お金の事は心配しないで。さあさあ」


 ぐいぐいと背中を押す美峰に、私は逆らえない。


「男子達は、千里ちゃんの変身を店内で待つこと! 」


「分かった……」


「ええ……中で待つの!」


「こら、そこ! 文句言わない! 」


 抗議の声を上げる綾人に美峰が指をさす。


「いいよ綾人、外で待ってても……」


 私が小さくそう言うも、美峰は首を振る。


「駄目だよ、男子達は評価係なんだから。こういう付き添いは絶対いつか通る道なの」


 そういうものなんだろうか。


「付き合ってやって、本人楽しそうだから」


 綾人が苦笑しながら、私に言う。

 青の瞳に、以前より美峰に対する親しみが浮かんでいるのを感じて、少し疑問に思う。

 二人の言動といい……こんなに二人は仲が良かったっけ。


「じゃあ、さっそくあれね! 」


 店内はパステルカラーで統一されており、壁紙も白地に淡い花の模様がプリントされている。

 アンティーク加工された額縁や、パステルカラーの兎や鹿の置物の中に、観葉植物が飾られている。

 いらっしゃいませ、とお辞儀をする女性店員はなんのその、美峰にずらりと掛かる洋服達の目の前に連れていかれる。


「千里ちゃんは普段洋服は着るの? 」


「実は……あんまり。ちょっとはあるんだけど」


 普段金花姫として勤めるせいか、着物を自然に着るようになった。元々着物は好きだが、体面もあったというか。

 ……洋服より、着物を着ていた方が、助けを求めてくる人達に金花姫として、受け入れられやすかったのだ。


「じゃあ、これなんてどう? 」


 美峰が早速一着のワンピースを見せる。

 大きなフリルが両肩からぐるりと胸周りを通るデザインのワンピース。

水色とピンクの淡い花柄で、生地も少し固めのしっかりとした手触り。


「可愛い……」


「良かった、早速候補ね! あとこれも」


 パフスリーブの空色のブラウスに、襟元はネクタイ風で花の刺繍が入っている。クリームのエプロンワンピースがセットアップになっていて、不思議の国のアリス風。


「ネクタイ風デザイン流行ってるのかな、いいね」


 智太郎が今日着ているシャツもそうだった。


「尾白くんとお揃いっぽくていいね、採用! あー、この二つも悩むよね……」


 それは二つとも、白のブラウスに黒のワンピースのセットアップだった。

 一つはフリルの、白い大きな襟元が特徴的で、黒いフレアスカートは長めのAライン。

もう一つは、黒いワンピースの肩口から白のステッチが続き、特徴的なポケットが真ん中にある、プリーツスカート。


「黒色も意外性があって可愛いよね……むしろ私が好きかも」


 と、美峰はまた二つを候補に入れてしまう。

 美峰の両手はもういっぱいだ。


「持つよ。というか、そろそろ着てみようかな」


 私は苦笑いで洋服達を預かる。

 これ以上増える前に、美峰を止めなくては。


「そうだね……春も着れそうだし、上着あれば冬もいけるよね」


「分かるそれ……上着で誤魔化すよね」


 可愛いのは長く着たいものだ。

 親近感を覚えて、私達は頷く。


「ちょっとーー、もう決まった? 二人共」


 綾人の既に疲れたような声が聞こえる。

 隣の智太郎はというと、腕を組み目線を床に向けたまま動かない。

 ……まずい、私達だけ楽しんじゃってるよね。

 疲れた様子の智太郎に私は背筋が冷える。


「馬鹿、着てみなきゃ分からないでしょ! 着たら審査してよね」


 美峰はお構い無しに、私をフィッティングルームに連れていく。

 こうなったら早着替えしなくては。

 今は着物だし……そんな技術ないけど。

 ため息をつく。

 ブーツを脱いで、私はフィッティングルームに足を踏み入れた。







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