第三十八話 自覚
――*―*―*―《 智太郎目線 》―*―*―*――
「買い物に連れ回される父親ってこんな感じだよね」
隣の綾人は遠い目で、俺に言う。
俺はため息をついて頷き、再び床を見つめる。
物凄く同意だ。
「女子の買い物は長い……」
千里も中々優柔不断なので、選ぶのに苦労するのは目に見えている。
だが、さっさと決めさせないと、こちらの忍耐がもたない。
「あ、そういえば言ってなかったっけ。俺ら付き合うことになったんだ」
その言葉に顔を上げると、綾人が目を細め、首を傾げて微笑んでいた。
「……なんとなく察した」
ダブルデートの話が出た時から、綾人と美峰が付き合っているか、その手前なのは分かってた。
元々、綾人が居なくなった時に美峰が俺達を頼りに来た時点で、美峰が綾人の事を少なからず好きなのは分かっていた事だ。
ただの知り合いとしか思っていないならば、警察に取りあって貰えない時点で諦めていたかもしれない。
「さっそく尻にしかれているよな」
俺が鼻で笑うと、綾人は苦痛を顔に浮かべるふりをして、胸を抑えおどけてみせる。
「う、そのセリフ刺さるよ。否定できないけどさ。智太郎って……そういうのは察せるのに、千里の事となるとあれなんだね」
「……自覚はある」
他人の事が分かっても、あいつの事になると、まるで理解出来なくなってしまう。
違う……ずっと一緒に過ごしてきたのだ、千里ならこう思う、という予想はできる。
だがその予想が合っているのか確かめる為に、あいつの前に立てない。
あの金の瞳の前では、冷静に考えられない。
……そもそも頭が真っ白になり、考えることができないのだ。
自身の眉が自然に寄ってしまうのを感じる。
綾人は目を泳がせながらも、俺と視線を合わす。
「一応聞いていい? 千里とは付き合ってるの? 」
「いや……」
「えと……どちらかから告白とかは」
「ない」
拳を握り、ため息をつく俺に、綾人は顔を両手で覆い天井を見上げる。
「あ――、あれだ……。智太郎は千里の事、好きなんだよね?」
もの凄く言いづらそうに喋るので、尚更、綾人の声は手の中にくぐもって聞こえる。
その問いは胸を締め付け、息が上手くできない。
だが、今ならはっきり答えられる。
「……好きだ」
この答えから目を背けてきた。
伝えられたところで、その後はどうなる?
千里の傍にはずっといることができないのに、これ以上あいつの心を占めることは許されるのか。
俺が死んだ後には何にも囚われず、自由に外の世界を見てほしい。
その反面、過ごした時間で深く爪痕を残して、忘れないで欲しいと思う矛盾を抱えて、千里への思いから逃げてきた。
結局、俺は自分勝手で、千里に覚えていて欲しいと、伝える予定の無かった、いつか来る俺の死を告げてしまった。
だがその結果、千里は俺を救いたいと言った。
……勝手に諦めていたのは俺の方だったのだ。
千里が、俺は生き続けられると信じているのに、いつか来るかもしれない死を理由に、逃げるのは卑怯だ。
躊躇っているのは……あいつが俺を拒絶する可能性のせい。
「男気が、無いか」
あの地下から解放され千里を追いかけた先。
いつものように共に朝食をとり、くだらない事で言い争ってもいい。一日の終わりは千里が穏やかに眠る横顔で、締めくくられるような日々が無くなるなんて。
千里が俺を拒絶するのを想像すると、足元がぐらつき、暗闇の中で道標の光を見失ってしまうようで……血の気が引くのだ。
「別にそんな事はないと思うけど……仕方ないよ。分かる、俺も美峰から告白されて、すぐには答えられなかったから……
綾人が美峰を受け入れれば、美峰は青ノ巫女姫として確立してしまう。共にいるとは決めていただろうが、形として受け入れてしまえば、美峰はもう元の生活には戻れない。
躊躇うのは当たり前の事だ。
「千里は智太郎の事、どう思ってるの? 」
躊躇ったように、鶯色がかった睫毛を緊張で震わせながらあげて、目が合った潤んだ金の瞳が、桜色の唇が告げようとした何かを知りたい。
そう思って、翔との戦いに勝ったはずなのに、いざ現実に戻ればこのざまだ。
まだ答えは分からないまま。
「……分からない。意識は、されてると思う。だが……好きなやつがいると言っていた」
「ええ! ……あれ、でもそれって……」
明らかにだよね、と訳の分からないことを言う綾人。
俺は少し苛立ってしまう。
「分かるなら、教えてくれ」
「……でも、これは俺が智太郎に言う事じゃないよ。じゃあ、今はただの幼なじみ同士って訳か……越えるハードルは高いよね」
その答えに、俺は落胆するも、納得する。
結局あいつの気持ちを、俺自身で知らないといけないのだから。
「恋人のふり、だ」
「え? 」
ポカンとする綾人に、俺は頭を抑えるが、再度返答する。
「ただの幼なじみじゃなくて、偽装の恋人だ」
「……なんでそんな事になってるの!? 一体どうやったらそんな漫画みたいな事に……」
仕方なく綾人に、千里が望まない婚約者が現れ、回避する為だったと説明する。
……それを利用し、千里の気持ちを少しでも繋ぎ止める為、今も偽装恋人の立場を手放せないままだが。
「そんなんじゃ、夢の中から翔が千里のこと奪っていきそうだよ」
ため息をつきながら、とんでもない冗談をぶっこむ綾人に俺は唸る。
「まじでやめてくれ。シャレにならない……本当に夢にでてきそうだ」
そう返しつつも、翔の事を冗談で話題に出せるくらいには、綾人達は回復したのだろう。
もう戻らない人を思い苦しみ続けるのは、忘れない事とは違う。
「できたよ、男子諸君! 」
美峰の元気な声が聞こえ、カーテンを開く。
千里のブーツの先が見えたと思うと、数歩進み、こちらを向いた。
―*―*―*―《 智太郎目線 end 》―*―*―*―
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