― 冬 ―

第三章 秘匿ノ罪編(ひとくのつみへん)

第三十六話 初雪



「寒……」


 茫洋と天井を見上げると、いつもより格段に寒さが身に染みて、私は冷たい足を引っ込めて布団にくるまる。

 障子越しに反射する朝の光がいつもより白い気がする。

 そう言えば、昨日の天気予報で、今日は初雪が降るって言っていたような……。

 初雪といえば、せいぜい通行人の肩をほんの少し白くする程度で、手のひらに乗せればすぐに溶けてしまう。

 そんな繊細な雪を想像するが、今年は違う。

 現実は初雪だというのに、冬に始まりに感動している暇も無い。

 敷地に降った雪の厚みを見て、雪掻き労働に絶望させられるような初雪だ。

 この間、金木犀の花が散り、秋がもうすぐ終わるのかもなんて思っていた矢先だ。

 季節の巡りは息をついている暇もなく、早く過ぎていく。


 雪掻き、と言えば、毎年の事だから、智太郎は、朝から雪掻きを狩人達と一緒にさせられているはず……。

 この時ばかりは、金花姫きんかひめであることを感謝せざるを得ない。

 智太郎の恨むような視線を想像し、私は目の前にいないのに謝罪したくなる。

 罪悪感から、仕方なく布団からでると、何故か障子の前に立つ人影が私におちる。


「智太郎……? もう雪掻き終わったの? ちょっと待ってね、まだ着替えてないの」


 私の声を無視し、その人影は障子を叩く。

 疑問に思い私は障子を僅かに開ける。


「ちょっと……どうしたの」


 やはり、障子を叩いていたのは智太郎だった。

 白銀のふんわりとした髪。花緑青はなろくしょう色の瞳を大きく見開いていて、その睫毛は繊細で雪の結晶のように儚い。初めて見る者は少女と見間違えるような容姿だが、私と同い年の幼なじみで、間違いなく男だ。

 ……但しその全身は、肩と頭に積もる厚い雪だけに終わらず、真っ白になっていたが。


「さっむ……!!」


 智太郎は、私が僅かに開いた障子を無理やり開くと、その身体で私に抱きつく。


「きゃぁああっ!!」


 私は薄着にいきなりついた雪の冷たさとか、コート越しに感じる体温とか、耳をくすぐる白銀の髪とかで……混乱して叫んでしまった。


「強姦に襲われたような声で叫ぶなよ! 」


 寒さに身体と声を震わせながら智太郎が言うが、これは絶対に智太郎が悪いと思う。


「何言ってんの、あながち間違ってないって! 突然何なの、寝起きなんだけど! 」


「外寒すぎなんだよ! なんだよあの雪の量……ありえないだろ」


 そう言えば智太郎は寒さが苦手だった。妖になった姿も猫に似ているせいか、そんな所も似ているらしい。


 「とりあえず、離してよ」


 智太郎の肩を軽く叩いて抗議する。

 このままでは色んな意味で駄目だ。

 二人とも風邪をひいてしまうし……何より私の心臓がもたない。


「無理だ……ゆたんぽになっとけ」


「なんでよ、風邪ひいちゃうでしょ……私達」


 一体どうしたものか、と悩んでいると、何故か廊下を通り過ぎる人物がいる。


「……程々にしておけ」


 その人物は桂花宮翔星けいかみや かいせい……私の父親だった。

 咳払いをして通り過ぎていく。


 ……終わった。


 私は固まった表情のまま、智太郎の肩に、自身の顔を埋めた。




「悪かったって」


 智太郎の声を無視して、私はほうれん草の酒粕白和えを口に運ぶ。雪ほど真っ白でなく、クリーミーで丁度いい。


「おい……」


 白身魚たら冬野菜かぶの煮物も、松茸の味が効いていて中々。白いけど、私は割と好き。

 見上げると花緑青の瞳がこちらを睨んでいる。

 雪を払った白銀の髪はもう乾いていた。

 ……こちらの白は今は嫌い。


 思い切り、視線を横に逸らしてやると、遂に智太郎も黙る。

 話しかけるのを諦めたかな、と横目で伺うと、智太郎は俯いている。

 ちょっとやりすぎたかな、と後悔して伺うと、智太郎のいつもより低い声がする。


「上等だ……そっちがその気なら、こっちだって」


 何故かメラメラと燃えるような気配を滲ませる智太郎がいる。

 智太郎が箸を置く音が、耳に残る。

 智太郎は立ち上がり、私の横に座りなおす。

 訳も分からず、智太郎を振り返った……と思うと突然両頬を挟まれる!


「ふぁにすふの!」


 何するの! と言ったはずの言葉はぐちゃぐちゃになる。

 目の前の花緑青の瞳は怪しく光る。


「覚えてるよな……何でも言うこと聞くって言ったこと」


 その言葉に私の胸は冷える。


「ふぁんでもとは、ひってないんだけど」


「今日はその約束を果たしてもらうからな」


 相変わらず意地の悪い笑みのまま、智太郎は私の頬をようやく離してくれる。


……もしかして、バッドエンドってやつかな。


 私は癒しを求めたくて、とりあえずまた、ほうれん草の酒粕白和えを口に運んでおいた。

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