第二十一話 朱い化け物


 

―*―*―*―《 過去夢 展開 》―*―*―*――


 

 大きな観覧車が回っている。

見上げると、大きすぎて上が見えないくらいだ。

視線が低い。

手を繋いだ女性…母は笑って、私は笑顔で頷いた。

自分より、母親の方が楽しんでいたんじゃないかってくらいはしゃいでいるのがおもしろくて、負けないくらい楽しんでやろうと、ジェットコースターから、お化け屋敷まで両親を連れ回した。

途中、入ったミラーハウスで自分の姿に気づく。

どうりで視線が低いと思った。

6歳程の少年が鏡の中からこちらを見つめていた。

やや青みがかった瞳に、黒髪の少年は見覚えがある。


これは、綾人の記憶だ。


帰り際。

三人で手を繋いでいたら、屋台が並んでるのが見えて、チョコバナナが食べたくて駄々をこねた。

すぐ来ると思うから、母の分も買っておこうか、と父が言った。

すぐ戻ってくると思っていたのだ。

だけど、いくら経っても戻ってこない。

電話にも出ない。

それから、2人で捜しまわった。

母はもう戻ってこない。

母は、夕焼けに飲み込まれてしまったのだと。

あんなに普段はおっとりしている父が、見た事のない慌てようで電話をしている。そんな脇で、自分はただ空を見て呆けることしかできなくて。

空の朱が…いつもより、ひたすらに朱く思えた。

朱い、果てしなく広がる化け物。

あの大きな朱い口に、母は飲み込まれてしまった。

自分もいつか…飲み込まれてしまうのだろうか。

あの化け物が許せなくて、恐ろしくて。

何より何も出来ない自分が許せなくて。

朱い空を見ると、自分がちっぽけで何の力もない存在なんだと思い知らされる。

あの朱い化け物は……今でも大嫌いだ。


朱い空は翻り、淡い青色に変わる。


「そう言えば…綾斗くんに、前から聞いてみたかったことがあるの」


振り向いたのは、美峰だ。

隣には川が流れている。

綾人が失踪する前に、二人で帰ったという記憶だろうか。


「なに?」


「お、お母さんがいないって…どんな感じなの?」


「綾斗くん、父子家庭だって聞いたから…。ほら私、最近なんだか両親が離婚だのなんだの、噂ばっかたっちゃって。どんな感じなんだろうって…変なこと聞いちゃってごめんね」


「…全然変な事じゃないよ」


「親父は家事全般全然出来ないし、俺1人でだいぶ面倒くさいけど、そういう時は母さんがいたらなって思うかな…」


「まぁ、昔は両親そろってる家庭が羨ましくて、妬んだりしたけど。母さんが失踪してなかったらって。いつか戻ってくるんじゃないかって」


「し、失踪? あれ、綾斗くんのお母さん離婚とかじゃ…ないの?」


「あー、結構知らない人多いんだね。そうなんさ」


「…ほんとに変なこと聞いちゃってごめんなさい」


美峯が申し訳なさそうに、落ち込む。


「いやほんと、全然気にしないで。むしろ、こんな事でも話せて良かった」


「!」


「どしたの?」


「綾斗くんて…笑うんだね」


「まじで? 俺そんなに笑ってない? よく言われるんだよね、この仏頂面って」


「大スクープだね! 綾斗くんて教室だとあんまり話さないし、ちょっと冷たい人なのかな、って思ってたから。でも違った。優しい人なんだね」


「あ、ありがと」


「むしろ、私が。話ずらいこと、話してくれて」


美峰が柔らかく微笑む。

きらきらと木漏れ日をあびる美峰は、生き生きとして美しかった。


川の向こう岸に牡丹の花が咲いている。

滲むように白い牡丹が瞬きする度に青に染まる…。


 

―*―*―*―《 過去夢 展開 end 》―*―*―*―


 

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