第十九話 弐混神社



川の向こう岸、牡丹の花が咲いている。

滲むように白い牡丹が瞬きする度に青に染まる…。

一輪だけでは飽きたらず、青が視界を染めるように、青の牡丹が咲いてゆく。

視界が青に染まる度、体中の血液が沸騰するのがひどくなる。

川が、時の流れを体現したように、刻々と流れている。

山奥のように、澄んだ水だ。

少し霧がかかっているのか、ぼんやりとした視界。


向こう岸には…誰かがいる。


途切れ途切れの霧の隙間から、向こう岸が見える。

向こう岸も青い牡丹が埋もれるように咲いていた。

青い巫女装束を着た女の人が、こちらを見つめている。

顔は見えない。


『綾斗…』


綺麗な声と、鈴の音色。

そこで、これは綾人の記憶だと気づいた。過去の幻影。


視界はぐるりと、また裏返る。

こちらを凝視する目があって、息を変な風に吸い込んで止めてしまった。

急な事に心臓が痛い。

よくよく見ればそれは石の像だった。

二本角を生やし、膝を抱えた1つ目の鬼の像。

苔が生えたそれがずらりと大小様々に並んでいる。

薄気味悪い、と感じるのは昼なのに背の高い真っ直ぐな木々が生えていて僅かしか光が差し込まないから。

森特有の、土の匂いがむっと広がっている。

苔むした石の鳥居があり、弐混にこん神社、と書いてある。

私と同い年程だろうか。耳下まである黒髪の少年が、青い牡丹を一輪持っている。すっとした透明感のある少年だった。その眉は僅かに寄せられている。


「お前、誰なんだ?」


少年の切れ長の僅かに青い瞳と目が合った途端、自分が呼吸を止めていたことに気がつき息を吐き出した。


「千里!」


自分を見下ろす智太郎の見開いた花緑青の瞳が見える。

智太郎に抱きとめられていることに気づいた。

何か言おうにも、耳鳴りもしていて自分の声がくぐもっていて聞こえにくい。遠くで聞こえるようで。

頭痛もしていて、急には動けそうにない。


「大丈夫!?」


心配そうな美峰も見える。

傍らにはハンカチの上の青い花びら。

そうか、あれに触れたのだった。


「青い牡丹…多分綾人さんが」


「何か見えたの?」


美峰が泣きそうにこちらを見る。


弐混にこん神社…鬼の像が沢山並んでいて」


「まって、検索する。…ここ?」


翔がスマホの画面を見せてくれる。

山の中の石の鳥居、沢山の鬼の像。

間違いない。

私は頷く。

智太郎はその画面を見た途端、顔を強ばらせた。


青ノ鬼あおのかみ


その言葉に皆智太郎を振り返る。


「そこは、青ノ鬼あおのかみという鬼を祀っている所だ。前に少し、ようと呼ばれる者達と戦ったことがある」


智太郎は、当主から命を受け他の者達と妖狩りへ行くことがある。


「奴らは、ただの人間じゃない。鬼の血を継承しているらしい」


「その鬼が…青ノ鬼なんだね」


少し頭痛も良くなり始めたので、起き上がる。


「千里ちゃん、大丈夫なの?」


「大丈夫だよ…その」


「美峰で大丈夫」


少し微笑んで美峰は答える。


「美峰…綾人さんはとりあえず無事みたい」


「よかった…」


美峰は胸に手を当てため息を着く。


「まだ横になってろ」


智太郎におでこを押され戻されてしまう。


「まだ顔が青い」


確かに万全とは言い難いし、抵抗は智太郎の前では無駄だろう。

諦めて動かないことにする。


「金花姫様、凄いね。綾人が何処にいるかも視えるの?」


翔が興味津々に言う。


「そんなはずは…無かったんだけど」


今まで夢で見たのは、初代当主の過去の光景。

それがきっかけに過去夢を見られるようになったんだとしても、最後のは明らかに綾人もこちらを認識していた。


「お前らとりあえずもう帰れ。明日の朝また来ればいい」


「そうだね、綾人も無事だと分かったし。ね、古川さん」


「分かった…また来るね、千里ちゃん。ゆっくり休んで」


私は頷く。

なんだかちょっと情けなくなる。

二人が案内されて部屋から出ていくのを見守ることしかできない。


「青ノ鬼が関わっているとなれば、危険だ。俺と同じ妖の力を持つ人間もいる」


そんな奴らの巣窟に乗り込むつもりか、と智太郎は呆れているのだろう。


「やっぱり、駄目かな。せっかく頼って来てくれたなら力になりたいし。それに、妖が関わっているなら、何か手がかりがあるかもしれない」


だいぶ無謀なのは自覚している。

ただの人探しでは無くなってきているし、本当にヒントがあるかも分からない。

だけど、智太郎のいつか起きてしまう妖力の暴走を止めるためには、舞い込んできたチャンスは逃せない。


「自分の身を顧みないお人好し。相変わらず無謀」


「うっ…」


毒舌が痛い。


「だけど、助けたいんだろ? なら好きにすればいい。お前は俺がいつもどうりに守ってやるから」


「ありがとう…智太郎」


智太郎が私の前髪を払って頬に触れる。



「当主には報告してやるから、休んでおけ」


指先が離れていく。


「智太郎」


「なんだ」


「あとで、話したいことがあるの」


…過去夢がやはり鴉が私に与えたのかもしれない、と確信し始めたのだ。

それだけでも伝えなくちゃ。


「何、告白?」


振り返りざま智太郎の僅かに上がった口角が見える。


「な…! ちが」


まさかそんな事言われるとは思わずフリーズしてしまう。


「はいはい、また後で」


智太郎が去っていくのを見送る。


「ほんと、意地悪なんだから」


いつか絶対仕返しするから、と心に決めて呟いた。



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