第十八話 神隠し


神隠し。

妖と恐らく関わりの無い普通の生活を送っていただろう美峰の口から聞くのはあまりに似合わないセリフ。


「3日前、私と一緒に帰っていた大西綾人くんが突然消えたの。目の前で」


「詳しく話して」


「わかった…。図書委員で一緒だった綾人くんと帰り道が一緒になったんだけど、川の向こう側に咲いた、白い牡丹の花が綺麗だねなんて話をしていたら、振り向いた時にはもう居なくて。分かれ道なんて無い所だしおかしいと思ったんだけど、探しても見つからないし」


「それで、僕も焦っている古川さんに会ってそれから一緒に綾人くんを探したんだけど、やっぱり見つからない。それどころか、一応と学校に連絡してみてもそもそも大西綾人なんて生徒はいないと言うんだ。担任の先生が、だよ」


翔が続ける。


「結局その次の日になって、他の生徒に聞き込みをしても誰も覚えてもいない。綾人くんと仲が良かったはずの中村くんも…。あきらかにおかしい」


「でも、名簿はあるの。だから綾人くんの住所に行ってみてお父さんとも話してみたんだけど…そんな子はいないって」


その時のことを思い出したのか、美峰の唇が僅かに震える。


「警察には行ったのか」


智太郎が目を細めて聞く。


「行ったよ…でも、保護者の人の話になったところで…親が覚えてないなんて全然取り合ってもらえなくて」


「関わりがあった人間から大西綾人という存在の記憶が無くなった、と。なら、なんで二人は覚えているんだ」


美峰は口元に手を触れた。


「そう、よね。なんで…なのかな」


「二人に共通する所は無いのか」


「綾人くんが居なくなってすぐに

会ったとか…?」


「それか、伝説神話同好会の候補だからかな?」


真面目に話しをする美峰と智太郎の横で翔が呑気にそんな事を言う。

私はは首を傾げる。


「それはなんのこと?」


「僕、伝説と神話を調べる活動をする部活を作ろうと思って居るんだけど…今メンバー不足で。まだ同好会止まりなんだよねー、二人には綾人くんが帰る前に誘ったんだけど」


「その…私はボランティア部だし、綾人くんは保留で」


美峰が言うと、翔はがっかりと肩を下げる。


「そう、保留なんだよね…。あ、金花姫様も入る?」


翔が目をキラキラさせて、こちらを見る。さっきからのこの謎のキラキラの理由がなんとなく分かった。


「金花姫、様…? 様はいらないよ。というか千里で大丈夫…」


「じゃあ、千里ちゃん! どう?同好会」


話がなんだか逸れてる気がするけど。

それに…どちらかというとその同好会に調べられる方だと思うと苦笑いをするしかない。


「そもそもお前らの高校じゃないだろ」


「残念」


言葉とは違い、全然翔は屈した様子は無い。

美峰と綾人が断っ…保留中なのが分かる。


「絶対に関係ないな、それは。大体まだ探すなんて言ってないぞ」


「そんな…」


智太郎の言葉に美峰が絶句する。


「明らかに普通じゃない、そうでしょ? 貴方達なら何か分からない、かな」


「まあ、明らかに妖か何かが関わっているだろうけど。ここは慈善事業じゃないんだ」


「智太郎…」


こんな風に頼まれたら、私が断らないのを知っているくせに。

どういうつもりなのか。

そんな目線をうけて、智太郎はため息で美峰に向かいなおす。


「対価がいる。ここにくるやつも大なり小なり対価は渡している」


「そんな…私お金なんて」


美峰が黙り込む。


「金なんていらない」


智太郎が美峰に手招きをする。美峰も首を傾げながら近づく。何を話しているのだろう。私には良く聞こえなかった。…というか近いような。


「そんな事でいいの?」


美峰が目を丸くする。


「ああ」


一体何を話しているんだろう。

すごーく、気になるんだけども。


「ねえ…何なの?」


「後で分かる」


そう切られると、何も言えない。

当事者の私が対価を知らないなんておかしいと思う。


「あやしい対価、だったりして」


「きゃあっ!」


不満たっぷりと顔に書いてある私の首筋に誰かの吐息が急にかかる。

案の定翔だった。


「もう、何するんですか!」


「ごめんごめん。はぁ…でも千里ちゃん面白いかも」


「ぜんっぜん、面白くないんですけども!ほんと何なんですかまったく」


「そういう所が」


とろりと翔が微笑む。

やっぱり…苦手かも、しれないこの人。

どことなく、伊月属性だし。


「古川、条件追加。こいつを千里に近づけるな」


「う…ん、努力はするけど」


美峰が困ったように笑う。


「えー! もうこいつ呼ばわり? 酷いね、智太郎」


「な・ま・えで呼ぶな、気色悪い」


ぎゅうぎゅうと翔の顔を押し戻す智太郎。

翔が苦手なのは、智太郎も同じらしい。

その時、美峰が思い出した様に声を出す。


「その、共通した所ではないんだけど…」


鞄からハンカチに包まれた何かを取り出す。それは青い花びらだった。


「綾人くんが居なくなった所にあって…牡丹の話をした後だったから気になって持っていたの。…関係ないかな」


「どうだろうね」


美峰の持つ青い花びらに触れた時…甘い芳香が急に強くなる。

川の向こう側に…青い牡丹が見えた。





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