第十七話 突然の訪問者


鴉は初代当主と関わりがあった。

恐らくとても親しくて、それなのに結局は殺しあってしまった。

だから、きっと子孫の私に執着するのは後悔からなのかもしれない。

幼い頃に現れたきっかけもきっと。


同情してはいけない。

確かにそうだ。

私達は、妖から人々を守る立場。

それなのに、伊月が鴉に殺されたと知った時、私はどう思った?

あの時、私は鴉がそうしたのは何か理由があるからだと思わなかったか。

理由があれば、人を殺してもいい訳ないなんてこと、子供でも知っている。


「だけど、なんで殺しあってしまったのかな」


妖は人の血肉以外にも、生力を得られる方法がある。

愛する人からなら、命を奪わずに得ることができる。

その事に触れたような事は何も書いていなかった。

愛で全てを補うなんてどっちにしろ無理がある。

だけど、もし妖と人が殺し合いをせずに済んでいたら…妖と人がお互い望んで愛することができたのなら、悲しい結末にはならなかったのだろうか。


「おい、何してるんだ、そこで」


「人と妖が愛し合うことができていたら…って!」


いつの間にか、智太郎の待つ、私の部屋の前で、ぼぅと立って考えこんでいたらしい。

智太郎が意地の悪い笑みで、こちらを見ていた。


「へー、さっきは逃げ出したと思ったら今度は人と妖が愛し合う方法について? 」


しかもばっちり聞こえていたらしい。

穴があったら入りたいとはまさにこの事で…。


言い訳しようにも、何故そんな事を考えていたかなんて、桂花宮の秘密を知った、さっきの今で言えるわけもなく。


「なんでも、無いから…気にしないでくれる?」


頬を染めながら、苦笑いをするという、我ながらおかしな表情をしているというのは自覚してはいる!…がこれ以上何もできない。


「気にしない、気にしない。けど忘れないでおく」


気にしない、の所がひどく棒読みだったような。

智太郎の花緑青の瞳がやけに妖しく光る。

忘れて欲しかったのに。


「で、当主様からの話はなんだったんだ」


話題をかえて、と言う雰囲気で言うが…それもというか、それが言えない…。

智太郎が同席できなかった時点で察してはいるだろうから、言えないということだけでも話しておこう。


「実は…」


「失礼致します…尾白」


口を開こうとした時、下働きの者が、智太郎を呼んだ。


「ご学友が、お前に会いたいと訪ねてきているぞ。」


「ご学友…?」


思わずポカンとしてしまう。

私が務めの為、学校に行けなくなってしまってから智太郎も付き合いはあまり無かったはず。


「誰なのか心当たりある…?」


智太郎の顔を伺うも、眉を寄せている。


「いや…分からない」


その学友が待つという部屋へ案内を受け、智太郎が襖を開ける。

そこには制服を着た二人の男女の姿があった。

女の子の方は見覚えがあるような気がするが…。


「お邪魔してます。…突然すみません。あれ…千里ちゃん?どうしてここに」


女の子は、綺麗な棗形の黒い瞳に、緊張を浮かべている。

短眉の、上で揃えられた前髪は素直な印象を与える。

きちんと手入れされた艶やかな黒髪が肩のあたりでふわりとしている。

彼女に言われ困ってしまう。どうして、と言われてもここは私の家だ。


「ここは私の家だから。私の事…知ってるの?」


「そっか、ここの表札…桂花宮だったね…。だって千里ちゃん中一の時同じクラスだったでしょ? 古川美峰だよ」


通りで見覚えがある訳だ。

智太郎と同じ中学という事は私とも同じ。


「覚えていて、くれたんだね」


同じクラスなのはきっと、僅かな間だったというのに。

この家の外に繋がりを感じられて、頬が綻ぶ。


「うん。登下校で見かけて尾白くんの家だと思ってたけど、まさか千里ちゃんの家だったんだね。…尾白くんは、私の事覚えてる?」


「ああ、覚えてる。そちらは」


智太郎がちらりと視線を向けた先は、恐らくどこかの国のハーフだろうと思われる男の子だった。

そう思うのは、一般的な日本人よりも全体的に色素が薄く、肩までいかない白金の髪がふわりと波打っているからだ。

青みがかったつり目に、口元はやや口角が上がっている。

きっといつも微笑みを絶やすことは無いタイプなんだと思う。


「水野翔です。古川さんの高校の同級生です。僕は古川さんの付き添いで来ただけだから、あんまり気にしないで」


智太郎は、ため息をつくと2人の前に腰を落とす。

千里も合わせて横に座る。


「古川は、何の用なんだ」


「ほんと急にごめんね…尾白くん。その…私」


美峰は言いづらそうに、どもってしまう。

それなのに焦っている様子で、尚更上手く言えないようだ。


「彩さんから聞いたんだよね」


翔が代わりに続きを話す。


「そう、友達の彩がここで『金花姫』という方に最近、助けてもらったって聞いて」


「私に…? もしかしてあのお母さんと来た女の子」


最近、確かに妖の呪いを腕に受けた女の子がやって来た。彩、と確かに母親が呼んでいた気がする。。


「千里ちゃんが…金花姫…なの?」


美峰がしばし固まる。


「君が金花姫!?」


翔が急に声をあげる。

何故かキラキラした目でこちらを見る。


「そ、そうです」


びっくりして声がうわずってしまう。


「…ごめん、続けて」


咳払いをして気を取り直し、翔は美峰に話を譲る。


「だから…学校…そっか。なら、お願いがあるの。」


美峰は翔の様子など気にしていられないように自身の手に力を込める。


「神隠しにあった人を…探して欲しいの」







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