第十五話 意識


恋人のふり、を続けることになったはいいものの。

朝食の席に着くと、柚子と大根の甘酢漬けを口に運びながら、ちらと目の前の智太郎を見る。

父や、来客と食事の時間が被らない時は智太郎と2人で朝食を取るようにしているので、今日はその日だ。

守人の智太郎とは元々食事時間は別だったが、昔、1人で食べるのはいやと我儘を言ってから、一緒に食べるようになった。

智太郎は長い睫毛を少し伏せて、綺麗な箸使いで、白米を口に運んでいる。


智太郎は何を考えているのだろう。

恋人のふりを続けるのは、伊月誠の裏切りのような事態に巻き込まれないようにする為の補償なのだろうか。

恩があるからなんて言っていたけど、無理やり了承を得てまでなんて、少し過保護だと思わないでもない。

嘘だとバレているにしろ、信じているにしろ、好きな人がいる、という私の意志を智太郎が守ってくれるのはありがたいが、いつかは次代の当主として婚約は避けられないはずだから。私の意思を害さず、婚約者を勝手に父様が決めるのは嫌だけど。


期限は分からないが、いつかは終わる関係。


そう考えると、少し息が苦しくなる。

この関係が終わる時は、私に本当の婚約者が出来た時か、智太郎に好きな人が出来た時だろう。

そうなったら、今までみたいに話すことすら出来なくなるのでは無いだろうか。


だけどもし、お互いが両思いでこの関係が本当になる。

そんな可能性もあるのだろうか?

そもそも、智太郎は私の事をどう思っているんだろう。


「何?」


智太郎の大きな瞳と目が合う。

いつの間にか箸を持ったまま、智太郎の方を見て惚けていたらしい。

単純に恥ずかしい…!


「何でもない」


慌ててお茶碗に目線を戻す。

危なかった。

変に思われてしまう。

誤魔化す為に、食事のペースを上げる。


「今日はお勤めは無いから、ゆっくりでいいけど」


飽きれたように言われ、肩が上がる。


「そーだった、よね!」


「お前、なんか…」


「ご馳走様」


ぱむ、と手を合わせ席を立つ。

もう無理だ、これ以上は虚勢を張れない。


「私、一旦部屋に戻る。お父様に呼ばれてるから、後でね」


それだけを言い残し、智太郎の顔を見ることができないまま逃げるように去る。

部屋に戻ると、力が抜けてしまった。

なんで、この関係が続いて欲しいなんて思ったのだろう。

自分の気持ちも分からないのに、自分勝手だ。

関係が壊れた時の事ばかり考えて、臆病なくせに。

それなのに、智太郎の気持ちが知りたいなんて資格が無い。


「自己嫌悪、だなぁ」


好きな人が居るだなんて嘘、つかなきゃ良かった。

智太郎と今までみたいに話せなくなったりしたら、自分を恨む。

いっそ、父様を誤魔化す為についた嘘だと言ってしまおうか?


「もう、今さら言っても遅いね」


どちらにしろ、この関係が終わってしまえば元のようになんてきっと出来ない。

今も変に意識してしまうから、ぎこちない。

気にしないようにしよう。

それが一番いい。


「千里」


智太郎の声が聞こえ、肩が反応してしまう。

障子を開けられ、視線が絡む。


「何、逃げてんの」


少しムッとして、怒っているようだ。


「逃げてなんか…」


智太郎はしゃがんだと思うと、私の顎を掴む。


「嘘つくな」


それが、まるで今考えていた事を言われているようで、何も言えなくなる。

嘘でした、と言ったところで、もし本当に?と追求されたら…。

自分の気持ちなんて分からないのに。

智太郎の顔が近い。睫毛が触れてしまいそうなほど。

自分でも頬が熱をもっているのが分かるのに、動かせない。

やっぱり、意識をしないなんて無理。

こんなに近いのに、気持ちが分からないなら…知りたくなってしまう。

諦めて、花緑青の瞳を見つめる。


「お前…」


顎に触れられている智太郎の指先が、私の唇に移動する。


その時。


「千里様。ご当主様がお呼びでございます」


その声に、智太郎の指先が離れていく。

危ないところだった。


「今、行きます」


「千里様お一人で来られるように、とのことでした」


「分かりました、直ぐに向かいます。…智太郎、待ってて」


言い残し、私は部屋を出る。

いつも通りって…やっぱり難しい。

こっそりため息をついた。



 

――*―*―*―《 智太郎目線 》―*―*―*――

 

 

足音が遠ざかっていく。

部屋に残された俺は、動けないでいた。

千里が、鴉に惹かれているのは知っている。

千里の事を好きだと自覚が無い時から、恋人のふりという口実で、少しでも距離を埋めようと藻掻いた。

だけど、それは所詮かりそめの努力で、千里の気持ちが今どこにあるかで意味なんて無くなってしまう。

だからこそ、先程の千里が目に焼き付いていた。

躊躇ったように、やや鶯色がかった睫毛を緊張で震わせながらあげると、潤んだ金の瞳が何かを求めるよう。

頬は薄紅色に染まり、いつも桜色の唇は少し赤らんで、言葉を紡ごうか悩んだように、僅かに隙間があった。

少しは意識されてると考えていいだろうか。


「期待する、からな」


ここに誰もいなくて良かった。

今の自分は、きっと人に見せられない顔をしている。


 

―*―*―*―《 智太郎目線 end 》―*―*―*―



 

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