煙草

@k1nokinoko

煙草

 本当にひどい目にあいました。もう、あんな思いはしたくないですよ。え?えぇ、届かないと知っていて手を伸ばしたんですよ。なにしろ、ねえ、うまそうに吸うでしょ?煙草。そう、煙草。毒だ毒だと言われていてもねぇ、毎日のようにいそいそと嬉しそうに吸いに行く人を見ていれば、ちょっと1本くらい…と、試してみたくなるもんでしょ?で、出来心で、ちょっと手を伸ばしたらまあ、えへへ…。ドーンですわ。痛かったー。でも何より堪えたのが、おふくろの顔見た時でねえ。もうやるまいと思いましたよ。もうやりません。大丈夫。はい。ありがとうございます。


「CTでも異常ありませんし、元気ですから、大丈夫ですよ。万一おうちに帰って、吐いたり意識朦朧としていたら、救急車呼んでください。まず大丈夫ですけどね」

「ありがとうございました」

 身繕いもせずに飛び出してきた風体の母親が、赤ん坊を抱いて診察室を出て来る。

「無事でよかったわ。ごめんね。ママが目を離したばっかりに」

 話しかける母親から目を逸らすように、赤ん坊は横を向いてで指をしゃぶっている。

「パパが帰ってきたら、煙草をほったらかすんじゃないって怒っとかなきゃ。むしろ、禁煙させてやる!」

「んんー」

「はいはい。帰りましょうね。もうちょっと待ってね」

「んー!」

 母親は知らない。腕の中の赤ん坊が、パパを怒らないでくれと叫んでいることに。

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