第45話 嵐の日03

「カアアアアアッ!」


「オオオオオオッ!」

 咆哮と同時に両者の武器が衝突。悲鳴のような金属音が地下室に反響する。


 だが五合、六合と打ち合ううちにアスライの立ち位置が後退。力比べを嫌い距離をとると、空振りしたリオネイブの斧槍が作業台を真っ二つにする。

 リオネイブの側面に回ったアスライが、道具の乗った台車ごと大剣で横薙ぎにするも、斧槍で防がれる。

 台や鎖が切られ、紙や衣類が宙を舞う。手狭な空間を広くするように、床よりも上にある物体が粉みじんになる。


「クハハハッ、盛大に壊してくれル!」

 兜の奥でリオネイブが笑う。


「その鎧、脱がないのか?」


「なニ?」

 アスライの言葉に、リオネイブが訝る。


「探り合いは十分だ。本気でいく」

 リオネイブと打ち合いながら神授を活性化させる。剣を繰り出しながら神授を操作するのは、リルヴ族ならお手の物だ。


「【雷よ、我が腕に剛力を。我が脚に神速を――】」そしてここからが、この神授の真骨頂だ。「【我が身を、戦神に変えたまえ――雷装神来ライデン】」

 アスライの父・ライデンが開発した【雷装神来】。全筋力と反応速度を爆発的に増加させ、戦闘能力を入神の域まで達せさせるこの神授は、操れる者が限定される大技の一つだ。しかしライデンはこれを腕力、脚力、全身の三つに区切り、一部なら誰にでも使用できるよう改良した。

 神授の新たな活用法を見出したライデンは傑物であった。彼の名を冠した【雷装神来ライデン】の真価を、その息子が体現する。


(共に行きましょう、父上――)

 ボッ! と全身に雷を纏ったアスライが消える。


「ぬ、ガアッ!」

 光と化したアスライの一撃を受け止めたリオネイブは見事だった。しかし武器を断たれては、二撃目を防ぐ手立ては無かった。

 腕に、脚に、胴体に連撃が叩き込まれ、鎧が破片となって飛散する。

 高々と掲げられた大剣が兜ごとリオネイブの頭部をカチ割ると、二メートルの大男は地響きを立て崩れ落ちた。


 アスライが黄金の剣を血振るいすると、赤い線が真っ直ぐに地面に描かれた。


「お、おいっ! あやつ、やられてしまったぞっ!」

 慌てふためくデベンゾを、白衣の男が「お静かに」と宥める。


「……なるほド、良き戦士ダ」

 ぬうっとリオネイブが立ち上がる。割られた兜が落ち、顔が露となった。


「その姿を見るのは二度目か……」

 現れたのは獅子であった。真紅の鬣と鋭利な牙を生やした獅子の頭と、同色の体毛に被われた肉体。人と獣を融合させたごとき異形が、リオネイブ・エレジアンの真の姿だった。


「『獣化適合』」

 白衣の男は誇らしげだった。


「どこまでご存知か知りませんが、トワ君の【不死】の神授は、他者に分け与えることができます。しかしほとんどが耐え切れず死ぬか、不死になったとしても自我を喪失する『不完全適合』を起こします」

 アスライの脳裏に不死兵のことが過ぎる。『不完全適合』とやらになったのが奴らということか。


「不死となり、自我を保つごく僅かな者は、肉体をより強靭な獣の姿に変じる『獣化適合』の恩恵が与えられます。それが、このリオネイブです」

 法悦に入るように、うっとりと白衣の男が語った。


「……下らない」

 だがアスライは、嫌悪の表情で一蹴する。


「下らない……ですと?」


「ああ、反吐が出る」

 死を恐ろしいと思うのは人間なら当然のことだ。それでも死への恐怖を抱えながら生き、他者と助け合いながら命を繋ぐのが人の尊さなのに、コイツ等は何だ?


「人は怪我をし、病になり、老い、死ぬ。大切な人の死は哀しく、老いることも病になることも辛く苦しいことだ。だがそれでも人は新たな生命を産み育て、先達から学び、人を守るため病や怪我を克服してきた」

 アスライは白衣の男を見る。


「確かに不死になれば、あらゆる苦痛から解放されるかもしれない。しかし、痛みや苦しみがなければ、人は成長しない」

 両足を無くし戦士を諦めた男がいた。病気のせいで子を産めなくなった女がいた。自分もまた、幼い頃に母を亡くした。その絶望から立ち上がった思いが、努力が、無駄であったとは言わせない。


「痛みがあるからこそ人は、他人も傷つけば痛いということを学ぶ。苦しみがあるからこそ人は、他人の苦しみに共感できる。死があるからこそ人は――愛する人とはずっと一緒にはいられないということを悟る」

 アスライは三人の男を見た。自らより長く生きたはずの者達を、強く憐れむ。


「お前達は痛みと苦しみから、死ぬことを定められた人というものの生から、何一つ学べなかったようだ」

 その結果がこの惨状だ。人を物のように切り刻み、檻には鎖に繋がれた奴隷と、柱に磔にされ血を流し続ける少女。他人の痛みも苦しみも、死すら理解する知性も無く、生命の尊さを畏れる品性すら無い、下劣で下等な者らが生み出した地獄だった。


「恥ずかしい」アスライは心の底から恥じ入る。「己の死から逃れる為だけに平然と人を蔑ろにするお前達は、ただただ醜く浅ましい。オレはお前たちと同じ人間であることが、この上なく恥ずかしい」

 アスライはリオネイブに目を移す。


「その姿。それはお前達の精神が形になったものだ。人間であることの誇りを持たず、かといって獣の洗練された美しさもない中途半端な見目形。全てを欲しがったせいで何を失ったを分かっていないお前は、とても憐れだ」


「……憐れ? この我が憐れだト!」

 リオネイブの十指から、刃のような爪が生える。


「誉れ高きディグナの赤獅子となった我を愚弄するカ! その驕慢、あの世で後悔させてやろうゾ!」


「後悔は、お前がするべきものだ」

 言っても無駄だろうが、アスライは大剣を構えた。


「【――雷装神来】」

 高速で神詞を唱え、戦闘能力を極限まで上昇させる。


 リオネイブとの距離をジリジリと詰め機を窺う。人とも獣とも異なる異形と戦ったことはない。頼れるのは自身が磨き上げた剣の技量のみ。

 先に動いたのはアスライだった。

 残像を残すほどの電光石火の踏み込み。速度と大剣の重量が上乗せされた一撃は、しかしリオネイブの五爪のうち三つを切断するに留まった。


(何だと?)

 神剣・『雷喰力換』と、【雷装神来】で増大した力で斬れないなど信じらず、アスライは我が目を疑う。


「我が爪を断つとは、驚いたゾ」

 獅子の顔で笑ったリオネイブの爪が伸び、元通りになる。


「フッ!」

 すぐさまアスライは連撃を加える。だが防ぐ爪を斬っても斬っても、新たな爪がすぐに生えてくる。

 それどころか、最初は三本斬れていた爪が二本になり、一本になり、やがて傷つけることも困難になってしまう。明らかに生物が持てる硬度ではない。


「これぞ【不死】の神授によって赤獅子となった我の力! この身を危険に晒せば晒すほど強くなる。感謝するゾ――我はまた強くなっタッ!」

 防御に徹していたリオネイブが一転、攻勢に出る。その薙ぎ払いのあまりの威力に、アスライは弾き飛ばされる。


「ガ――っ」

 倒れそうになるのを堪え着地。そこへリオネイブの大爪が。

 大剣で受け止めた瞬間、肩に灼熱。


「ぐああああっ!」

 リオネイブに牙を突き立てられ、肩ごと右腕を噛み千切られる。

さらに腹を大爪が貫き、獲物を仕留めたことを誇るように、高々と突き上げられる。ビシャビシャと鮮血を浴び、リオネイブが朱に染まる。


「い、いやあああああっ! あ、アスライ兄様――――っっっ!」

 トワが絶叫する。リオネイブが降るアスライの血液を、美味そうに嚥下する。


「後悔させてやろうと思ったが、その間も無かったカ」

 飽きた玩具のように、リオネイブはアスライを投げ捨てる。


「流石です、リオ」


「お楽しみいただけたなら、幸いにございまス」


「わ、わはっ、我輩に逆らうからこうなるのじゃ! この痴れ者めがっ!」

 リオネイブ、白衣の男、デベンゾが嘲り笑う。


「……ごめんなさい、ごめんなさい……兄様…………」

 すすり泣くトワを、男達は見もしない。

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