第41話 レードの決戦09

(どうした……一体、どうなったのだ…………?)

 不死兵がレードに突入し、三日が経った。ディグナ帝国軍総大将・オビィ・プルーブリィは、焦燥に駆られる。

 不死兵は事を成したなら、すぐに帰ってくるはずだ。なのにレードの北門は、以前硬く閉ざされたままだった。


(よもや……あり得ぬことだが、やられたのか?)

 不死兵は、首を落とされようが心臓を抉られようが死なない、悪魔の如き怪物どもだ。それをどうにかする方法など、オビィには考えもつかない。

 一〇万の帝国兵が陣を敷く中、レードは時が止まったかのような静けさを保っていた。


「ほ、報告します!」


「帰ってきたか!」

 オビィは物見からの報告に喜色を浮かべる。だが報告の兵の顔にあったのは、彼が望んでいたものではなかった。


「レ、レードの門が開き、また騎兵が隊列を組み始めました! 前回と同じです!」


「な、なん……だと?」

 共和国兵は、不死兵どもが皆殺しにしているのではなかったのか? 負けたのか? あの不死兵が? オビィは極限に達した焦燥のまま叫ぶ。


「エ、エレジアンっ! 一体どうなっておるのだ! 説明せよ、リオネイブ・エレジアンっっっ!」

 オビィは母を求める幼子のようにその名を呼ぶが、周囲に控える幕僚の中にその姿は無かった。


「お、おりません……いつのまにやら、姿を消してしまいました…………」


「あ、あんな大男が見当たらないわけがあるかぁっ! 捜せ! 捜し出して今すぐここへ連れてくるのだっ!」

 部下に当り散らすオビィの大声は、響き渡る鬨の声に掻き消される。

 次いで轟くは、大地を穿つ馬蹄の地鳴りであった。


「だ、駄目です! 兵が逃げていきます! 戦いません! ……う、うわあっ来るっ! 来る来る! わあああああっっっ!」

 長槍を突き立て槍衾を組む帝国槍兵を、共和国軍の騎兵部隊は無効化し、難なく突破する。三日前の再現であった。

 帝国兵は武器を捨て、我先にと逃げ出し、戦おうとはしなかった。

 あたかも大海が割れるかのように陣形が開き、本陣まで一直線に共和国騎兵が突撃してくる。


(ま……負ける? 負けるのか、私は? なぜだ? 圧倒的優位な、絶対に勝てる戦だったのに!)

 絶望に塗り潰されるオビィの目に、騎兵の先頭にある、黄金に煌めくものが見える。

 リルヴ族。全てはあのリルヴ族の若僧のせいだ。


「おのれリルヴ族! おのれマッギオ・サイスクルスッ! 貴様さえ、貴様さえ奴らを一人残らず殺しておれば……っ! 許さぬぞ、許さぬぞおぉぉぉぉぉっっっ!」

 その言葉を末期に、オビィ・プルーブリィの命を黄金の大剣が絶った。




 帝国軍総大将の首を獲った報が伝わると、戦場に歓喜の叫びが木霊した。

 これによって帝国軍・一〇万の兵は潰走。共和国軍にスタンリーの追撃命令が下された。


「やれやれ、終わったぜ……」

 追撃部隊を編成し終えたスタンリーは、疲れきった表情で濃い溜息を吐いた。

 帝国軍・一三万の大進撃を見事跳ね返した功労者をスタンリーが見遣ると、彼は剣を大地に突き立て、祈りを捧げていた。

 慌ただしく動き回る兵や、喜びで踊り狂っているレードの住人の中、静止したままのアスライは、神聖ですらあった。


「……よ。お疲れさん」


「疲れてはいないな」

 祈り終えたアスライを労うが、素っ気ない返事が返ってきたのでスタンリーは苦笑する。


「終わったんだから後は俺らに任せて、弟達に無事な顔を見せてやんな。心配してたぜ?」


「まだ終わってない」


「終わってない?」

 訝しむと、つるんと傷一つ無い綺麗な顔でアスライは言う。


「塩をくれ」


「……塩?」

 何に使うんだ? と問おうとする前に、アスライは帝国将校の遺体の一つに剣を突き刺した。


(まさか…………まさか、食う、とか言わないだろうな?)

 まさかとは思うが、どんな魔獣も余さず美味しくいただいてしまうリルヴ族に、敵の心臓を食するような蛮習が無いとは、スタンリーには言い切れなかった。塩で味付けられた肉片を、「お前も食え」とか差し出されたら、いかにアスライといえど、付き合いを改めなければなるまい。

 アスライは一人目の準備を終えたのか、次の死体に取り掛かり始めた。

 両手を血脂で汚したアスライに目を向けられ、スタンリーは瞬時に目を逸らす。


「スタンリー、お前も、」

 その先を聞くまいと、スタンリーは手で両耳を覆った。

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