第40話 レードの決戦08

「ひいぃぃぃぃっっっ! あ、アイツらが追ってくるッス! 追いつかれるッスぅっ!」

 ナマルが誰よりも早く逃走する。アドガン要塞での出来事がトラウマになっているらしい。

 敵将の首は取れなかった。帝国本陣を強襲する作戦は失敗だ。レードへと退却する。

 不死兵どもが、騎兵部隊を追いかけてくる。信じられないことに、互いの距離はグングン詰まり、部隊の最後尾に今にも手が届きそうだ。馬が足を使いきりそうな状態とは言え、人間の足が出せる速度ではなかった。


「スタンリー、オレが殿につく。後は頼んだ」


「……おうよ。要塞での借り、返させてもらうぜ」

 緊張しているのか、目配せをしたスタンリーは硬かった。しかし気にせずアスライは下がる。スタンリーは一つ息を吐き呟く。


「今は作戦に集中だ。この戦争に負けりゃあ、全部ご破算だからな」

 スタンリーは、不安を噛み殺すように笑い、前を見た。




「く、来るなあっ! 来るんじゃねえっ!」

 最後尾を走る共和国騎兵が叫ぶ。

不死兵が、汗一つかかず軍馬に追いすがってきていた。


「お、おいっ! 頑張ってくれよっ!」

 馬の速度が段々と落ちていく。騎兵突撃を実行したせいで、体力の限界であった。

 不死兵が剣を抜き、馬の尻に突き立てる。嘶いた馬がドウッと倒れこみ、共和国兵は投げ出された。


「ぐあ、あ……あっ」

 白刃が共和国兵に突き下ろされようとした瞬間、不死兵の首が宙を舞った。


「ア、アスライ様ぁっ!」

 泣き出さんばかりの顔で、共和国兵が馬上のアスライを仰ぎ見る。


「行け」

 馬を下りたアスライは、手綱を共和国兵へと渡す。


「あ、ありがとうございますっ!」

 共和国兵は馬に跨り逃げる。

 逃げる手段を失ったアスライを、不死兵らが囲む。矢継ぎ早に剣を繰り出してくる不死兵をアスライは斬って捨てるが、その傷はすぐに塞がり、敵の数は減るどころか増える一方だった。


「厄介な……」

 剣で斬ろうと【雷】の神授で撃とうと、効果は無きに等しい。一人斬っている間に一人の傷が癒え、一人黒焦げにしている間に一人が真新しい皮膚で参戦してくる。まさに徒労であった。

 クルルルル――っ、という鳴き声と共に不死兵の群れを蹴散らしながら割って入ってきたのは、ウルクだった。アスライは種は違えど兄弟のように育った魔獣の背に飛び乗る。


「ウルク、頼む」

 ウルクがクルッ、と返事をし、レードへと疾走する。


 ウルクに騎乗したアスライを、不死兵もまた追跡してくる。だがいくら人間離れしているとはいえ、魔獣である闇狼の足にはついて来られない。

 先行していた共和国騎兵がアスライの視界に入ってきた。不死兵に襲われている。

 背後から接近し、ウルクが一体一体を踏み潰し噛み砕くが、バラバラにされてもほんの十数秒で戦闘に復帰してくる。ウルクが気味悪そうに、クルゥーっと鳴いた。


「ウルク、十分だ」

 騎兵に取り付いていた不死兵は全て剥がした。アスライの意を汲み、ウルクは対峙していた不死兵どもから離脱する。


「閉門、閉門――ッ!」

 騎兵部隊のほとんどを収容したレードの北門が、ゴリゴリと音を立てて閉じていく。残っているのはアスライだけだ。


「矢を放て!」

 援護射撃が不死兵を貫くが、両腕で頭部と心臓を庇ったまま、不死兵は走る速度を緩めもしない。


 アスライが僅かな隙間の門を潜る。扉を閉ざそうとする門を不死兵が押さえ、その間に他の不死兵が続々と内部へ入っていく。

 門が閉じるが、不死兵が一人残らずレードへと侵入してしまう。


「敵が侵入! 対応、対応――ッ!」

 号令が飛び、ドドドッと多数の兵が動く音が街中に木霊する。

 騎兵部隊の最後尾にいるアスライが、ウルクを走らせながら雷を放つが、不死兵にはいくらかのダメージも与えられない。レード中心部の目抜き通りを、不死兵に追われながら騎兵部隊は走る。


「掛かった」

 アスライが呟くと、その背に喰らいつかんばかりであった不死兵の半数が忽然と消える。

 一〇〇いた不死兵が、突如五〇ほどに減じたのだ。これには感情を見せない不死兵も動揺したか、動きが止まる。

 目抜き通りを舗装する石畳のそこかしこに、穴が開いていた。


「落とし穴だ」

 ウルクからひらりと飛び降りたアスライは、『雷喰力換』を抜き放つ。


 アスライと共和国騎兵部隊、そして残った不死兵の通った足元には白い石畳。穴が開いている所は茶色い石畳で色分けされていた。

白い石畳は、下に橋があり支えられているが、茶色い石畳は薄い板の上に乗っているだけで、下は穴だった。茶色い方へ乗れば、穴の中へ真っ逆さまだ。しかも穴の底には尖った杭がいくつも仕掛けられていて、落下した者を容赦なく串刺しにする。いかに不死兵といえど、体中を穴だらけにされて這い上がってくるのは容易ではない。


「ここだっ! 奴らを穴へ突き落とせ!」

オオッ! とスタンリーの命に応じ、家から、屋根から、脇道から、ワラワラと人が湧き出してくる。

 不死兵の背後から、槍を持った共和国兵が現れ、横一列に並ぶ。槍は長く、五メートルはあった。その槍隊が一斉に不死兵へと突貫する。


「どっせいっ!」

 針山のような槍の攻撃を、不死兵は怯むことなくその身に受ける。腕で急所を守り、体を貫いた幾つかの槍を、腕力だけでへし折る。その様に槍兵たちがたじろぐ。


「怯むんじゃねえっ!」

 スタンリーが喝を入れる。


「俺たちは、奴らが死なないことをすでに知っている! 殺す必要なんて無い、穴に落すだけだ! そのまま押し込めぇっ!」


「「「おおおっっっ!」」」

 気合を注入された槍兵らが、全力で得物を押し込む。人とは思えぬ怪力を発揮する不死兵も、長年訓練された正規兵数人がかりなら力負けする。

 堪えきれず、次々に不死兵が茶色い石畳の上に押し出され、穴へと落下する。


「よし、埋め戻せ!」

 スタンリーの声と同時に、穴の傍の民家の壁が崩れる。三階建ての家の内には、床を刳り貫かれみっちりと土が詰め込まれていた。穴を掘った土を、そこに隠しておいたのだ。


「よっしゃ出番じゃあっ!」「穴の埋め戻しなら任せぇっ!」「なんせワシらの特技、『スコップ』じゃからのうっ!」

 スコップを手に、数え切れないほどの老若男女が壁の残骸ごと穴へ土を放り込む。レードの住人たちであった。

不死兵は、殺すことは出来ずとも呼吸ができない状態では復活できない。


「な、なんじゃあ?」

 穴埋め人たちの手が、驚愕で止まる。


「や、奴ら、自分の体ひき千切って登ってきよるぞっ!」

 穴の中の不死兵は、杭に引っ掛かっている箇所を力ずくで切り離すと、腕の無い、脚の無い、下半身の無い姿で、這いずりながら登ってくる。


「ひ、ひぃっ! あ、悪鬼じゃ、化物じゃあっ!」「埋めちまえば生き返えらんとのお達しじゃあっ!」「埋めいっ! 早う早うっ!」

 人であることを捨てた者共に、住人も兵士も挙って土の塊を浴びせかける。あたかも魔の生じる穴を封印するかのように。


「フッ!」

 剣撃一閃。穴の中央の橋、アスライはそこに残っている不死兵を両断し、穴へと落とす。敵の数は一五ほど。不死兵一体一体は、アスライの技量に遠く及ばない。

 が、正面に立つ不死兵の後ろにイヤな気配が。


 空に影が舞い、白刃が煌めく。

 ギイィィィンッ! 放たれた何かを『雷喰力換』で防ぎ、火花が飛ぶ。


「……お前か」

 ストン、とアスライの背後に降り立ったのは、二本の小剣を携える男。リルヴ族の村で戦った、双剣の毒使いだ。さらに正面に、家の柱のような大鉄棒を持つ大男。兄・ボルドラを殺害した仇であった。


「…………」

 怒りを静め、アスライは両者の動向を見極める。


「…………」


「…………」

 三者、共に無言。不死兵の中でも、この二人は別格であった。


「ぞ、族長っ!」「おにいちゃんっ!」

 シウとミアの声を合図とするように、場が動く。


 繰り出される双剣は高速。しかも刃に毒が塗られている。掠るだけで命取りだ。次いで振り回される大鉄棒。味方の不死兵を巻き込むのもお構い無しの一振りを、アスライは跳躍して回避しつつ、大剣を双剣使いへ見舞うが、見切られる。

 目にも留まらぬ攻防が、不安定な足場の上で演じられる。


「オレに構うな! 他の不死兵を!」

 加勢しようとする者達をアスライは制する。

 不死兵は、もうこの二人以外は全て穴の中だ。登ってこようとする者も、間断なく土を浴びせられて、底へと転がり落ちている。あとは最後のこの二人を倒せば終いだ。

 アスライは打ち合いをしながら警戒していたのは、相手の神授だった。自分の神授はバレているのに相手の神授が分からないのは、どんなに有利な状況であっても一発逆転される恐れがあった。だがもう数十合武器を交わしているのに、一向に神授を使う気配が見られない。


(こいつら……もしや神授が使えないのか?)

 穴の不死兵どもも、神授無しで体だけで登っては、投石や土砂で押し戻されている。ここで一人として神授を使わないのは不合理だ。

 アスライの推測が、確信へと変わった。不死兵は神授を使えない。


(いや……もう使っているのか)

 胸に去来する感情をアスライは抑える。ならば、遠慮は無用。


「【雷よ、我が腕に剛力を】!」

 肉体を奔る雷が、両腕と体幹の筋力を極限まで引き上げる。


「オオオオオッ!」

 大男の振り下ろす大鉄棒を、アスライの大剣が弾き上げる。背後から双剣使いが迫るが、雷の如き速度で大剣が翻る。

 ザンッ! と双剣使いの左腕と左足を切断した大剣は、止まることなく足場となっている橋ごと叩き斬った。

 即席の橋が折れ、その上に居る者を重力のまま、穴の底へと誘う。


「ハアアアッ!」

 大重量の得物のせいでバランスを崩している大男を、アスライは蹴り落とす。

 目の端に、右腕だけとなった双剣使いが小剣の投擲動作を取っている様が映る。剣には毒が。空中にあるため、回避は困難。ならば。

 アスライは、共に落下する橋の破片を左手で叩き飛ばす。


 チィン! と小剣と破片が接触。アスライは体を捻り回避に成功する。

 落下する破片、石、土砂、そしてアスライと二人の不死兵。アスライは穴の底で既に串刺しになっていた他の不死兵の上に着地し難を逃れる。

 双剣使いは投擲のせいで体勢を崩し、杭に貫かれていた。大男も同様だ。


 穴の中から脱出するため跳躍しよう――とした瞬間、腕をガッと掴まれる。

 大男だった。大男のその野太い腕で、アスライの右腕は拘束されてしまう。


(ッ! しまったッ!)

 双剣使いが穴だらけになった体を引き千切り、地面の杭を掴んだ右腕で跳躍してくる。片腕と上半身だけになったからこそ可能になった芸当だった。

 喉元に喰らいついてきた双剣使いをアスライは左腕で阻止する。奴がもう一つの小剣を失っていたのは僥倖だった。


 が、体が後ろに倒される。首に巻きついて来たのは、大男の二の腕だった。貫かれた左の前腕を捨て、肘関節でアスライを絞め落としにかかってきた。

 呼吸が出来ず、視野の周辺が赤から黒へと変じていく。

 アスライが穴の中にいては、レードの住人も共和国兵も埋め戻しができない。現に降ってくる土の量が減っていた。これでは不死兵が甦ってしまう。


(何か、何か……)

 眼球を左右に走らせると、狭くなった視野に映るものがあった。

 杭に突き刺さったままの大男の左前腕。それが握っているのは……


「ぐ……あああ…………」

 呼吸が出来ない。声が出せなければ神授は使えない。だがアスライの両腕には、まだ使った神授の効力が残っていた。

 その剛力で、双剣使いを力ずくで引き離す。双剣使いがひっくり返り、自由になった左手を目的の物へ伸ばす。

それは大男の左手が握ったままの大鉄棒だった。

大鉄棒を掴み、双剣使いの頭部へ叩きつける。次いでアスライは大男の腕を振り払い、その顔面にヒタリと掌を付けた。


「終わ……りだ……」

 穴の中の闇が、烈光で祓われる。

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