第39話 レードの決戦07

 翌朝、日の昇るとともに共和国軍は動き出した。それに比べ、眠れない夜を過ごした帝国軍の反応は鈍かった。


 レードで唯一の出入り口である北門が開かれ、そこから溢れ出る馬、馬、馬。それは保有していた共和国軍騎兵・四〇〇〇を超えても尚、湧き出し続けた。


「な、なんだあの騎兵の数はっ! 共和国にあれほどの騎兵がいるとは聞いてないぞっ!」「どういうことだ? 兵力で圧倒しているというのは嘘だったのかよっ!」

 帝国兵がうろたえている内に共和国騎兵は、ずらりと隊列を組む。


 昨晩、アスライ達が帝国陣営を夜襲したのは、大将首を取ることが目的ではなかった。馬である。夜襲の混乱に乗じ厩舎から馬を奪い、森を通ってレードへと運び入れるのが狙いだった。

 目的は達成され、騎兵の数は四〇〇〇から一万にまで増加した。


 戦場に轟く大音声で、号令が発せられる。

「とおおおおつげきいぃぃぃぃぃぃぃ――――っっっ!」


「「「オオオオオオオオオオオオオオ――――ッッッ!」」」

 騎兵・一万が馬蹄を響かせ、津波のように帝国軍へ押し寄せる。


「い、いきなり、騎兵突撃だとおっ!」

 両軍による矢の応酬も歩兵同士の消耗戦も省き、戦の花形である騎兵突撃が実行された。

 篭城戦が野戦へ。定石を無視した策だった。


『くっ! 矢を射かけよ! 歩兵は槍衾を作れ! 数が多くとも、所詮は一万程度。我らはまだ、一〇万もいるのだっ!』

 帝国軍の総指揮官・オビィ・プルーブリィは、神授【下達】にて、兵に命令を飛ばす。

 その命の下、降り注ぐ矢嵐。しかしそれはあらぬ方向へと曲がり命中することは無かった。騎兵の先頭を走る、金色の髪を靡かせる若者の為だ。

 【雷】の神授によって広く張られた電流の幕が鏃を跳ね返し、幾千幾万の弓射を無効にする。


「『破城』のリルヴ族……」「金色の悪魔っ!」「あの化物めっ!」

 帝国兵が恐怖のあまり罵る。


「来るぞッ! 槍をしっかり立てろぉっ!」

 六万の歩兵が五メートルの長槍を地面を支えに突き出す様は圧巻の一言。この槍の壁を突破しようなどというのは無謀の極みである。

 だがアスライが掌を上に返すと、突き出されていた槍がそれに従うように、一斉に上げられた。あたかも、「どうぞお通りください」とでも言うように。

 槍衾を自ら放棄した帝国歩兵達に訪れたのは、凄惨な殺戮であった。


「ぎゃああああっ!」「お、おれらは、何を相手にしてんだぁ?」「ダメだ勝てねえっ! 逃げろ、逃げろーっ!」

 共和国騎兵の容赦のない蹂躙に、逃亡する帝国兵が続出する。


『き、貴様ら、逃げるな! それでも名誉あるディグナ帝国の兵士かっ! 戦え、戦え――っっっ!』

 オビィの糾弾も、兵士らの耳には入らなかった。




 戦争とは、こんなに簡単なものだったか?

 スタンリーは、馬上で槍を扱きながら身を震わす。


「【拘束せよ雷――縛雷クバイン】」

 共和国騎兵・一万の先頭にいるアスライが、網のように広がった雷を飛ばすと、帝国兵は赤子のように丸くなり、槍は空を向く。頭が下がったお陰で無防備になった首の後ろの延髄へ槍を突き入れれば、労無く敵は絶命する。

 命のやり取りをする戦争をこれほど簡易化する【雷】の神授と、それを扱うアスライに、スタンリーは言いようのない怖気を覚える。


「わははははっ! 帝国兵は皆殺しであります!」


「軍功! 出世! 報奨金! おいら、モテモテッスよぉっ!」

 チチリーとナマルが、鮮血を浴びながら笑っている。二人の目は血走り、明らかに平常ではない。他の兵らも同様に血に酔い、一方的な殺戮に狂喜していた。

 戦場は異常な場所だ。だがスタンリーの戦争経験の中でも、この状況は異常だった。その全ての原因がアスライにあることは明白だった。

 もし、今回の戦いで帝国を退けたとしても、共和国はその内部にアスライという不穏な存在を抱えることになる。それは帝国と敵対するよりも恐ろしいことではないか、とスタンリーは一抹の不安を拭えなかった。




「…………戦え、戦え――っっっ!」

 帝国本陣で大声を張り上げる紺色の髭の男。装備品が他の兵より上等で、護衛の数も物々しい。


「あれだな」

 敵将らしき男をアスライが視界に捉え、馬速を上げる。

 騎兵部隊が帝国軍の中央歩兵群を突破すると、千々に乱れる敵兵を屠り、帝国本陣へ一挙に雪崩れ込む。


「ひっ…………」

雷喰力換ラグリカン』を抜刀したアスライは、擦れ違いざま敵将に刃を繰り出す。


ギィィィィィンッ! 

 がその一撃は、赤の斧槍に阻まれる。

 アスライは敵将の首を守った者に目にし、敵陣を喰い破り続ける味方の元を離れ、馬を返す。騎兵の指揮はスタンリーが担っている。


「居たな……やはり居た」

 よく居てくれた、という思いすらあった。

 アスライは赤の全身鎧の男に、赫怒の炎をぶつける。


「父上の……族長・ライデンの首を返せッ! リオネイブ・エレジアンッッッ!」

 リオネイブは、素顔の見えぬ兜の中からくぐもった声を出す。


「小僧……貴様、確かに殺したはズ。なぜ生きていル……? まさカっ」

 ザザザッ、といつのまにか幽鬼のような兵士たちが現れていた。不死兵だ。


「おおっ! サイスクルスの不死兵どもか! 殺せ! 奴を殺せ――っ!」

 敵将が唾を飛ばし命じるが、不死兵は身動ぎもしない。


「な、なぜ動かん? 殺せ! 殺せと言うのにっ!」

 敵将が喚こうと殴ろうと、不死兵は無反応だった。

 状況の悪化を悟ったアスライは、馬腹を蹴る。


「アスライ。オレの名はアスライだ。父上の首、必ず取り戻す」

 宣言し、帝国本陣を抜けた騎兵部隊へ馬を走らせる。


「アスライ…………。追エ。あの小僧を殺してこイ」

 不死兵はリオネイブの命に従い、音も無くアスライの追走を始める。

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