第38話 レードの決戦06
帝国陣営から離脱した共和国騎兵・四〇〇〇が合流し、レードへと向かう。被害は軽微。寡兵で帝国軍に眠れない夜をプレゼントしたと思えば、十分な戦果であった。
(……む?)
騎兵部隊の先頭に立つアスライは、進路を左へずらす。進行方向に槍や兜が多く散乱していた為だ。日中の戦闘で逃げ出した帝国兵が捨てていった物だろう。
後方を確認する。追っ手はなかった。諦めたのか。
「速度を落す。足元に気をつけ――」
バッ、とアスライは正面へ意識を戻す。不快な気配。何か来る。
暗闇に無数の光。それが闇夜を切り裂いてくる。
「【其は雷の友、我が身を避くる――
【雷】の神授を発動し、矢を弾く雷の幕を展開する。しかし光は、それを素通りしてしまう。
(火矢ではなく、神授かッ!)
「ぐああっ!」「ぎゃああああっ! も、燃えるっ! 誰か消してくれぇっ!」
直撃を受けた兵士が燃え上がり、火を恐れた馬が棹立ちになり落馬。そこへ後続が衝突する。
「な、何事でありますかこれはっ!」
チチリーが暴れる馬を御しながら状況を問う。
「【迸れ雷――
雷を光が飛んできた方向へ放つ。何者かが闇の中動いた。
「やぁだ、あの子の言うとおりじゃなぁい?」
「うむ。ペレウス殿の知謀、誠に侮れぬものなり」
現れたのは二人。一人は真っ赤な髪を天に届けとばかりに固めた、肌も露な女。もう一人は一本も無い髪の代わりに長い髭を蓄えた、粗末な服に肥満体を押し込めた男。兵は一人も引き連れていないようだが、その神授力の高さは見ただけで分かった。
「……帝国の神授兵か」
神授は全ての人間が使える力だが、それを戦闘に活用できるほどの者は一〇〇〇人に一人ほどだ。さらに帝国の神授兵に選抜されるのは、相当なエリートだと聞く。実際にリルヴ族以外でアスライがこれほどの神授力を持つ強者と出会うのは、これが初めてであった。
扇情的な衣装の女が、舐めるように観察してくる。
「ふぅん? 研究の失敗作って話だけどぉ、けっこういい神授力じゃなぁい?」
「然り。過去の出来損ないとはいえ、卑しくも帝国の英才達が手がけただけのことはありましょう」
神授兵どもの話しぶりは、ただただ不快だった。
「……族長、敵はこの二人のみです」
シウが、怒りを押し殺し告げてくる。その怒りはアスライも同じく感じていた。
「分かっている。五分待て。このゴミを掃除する」
シウに馬の手綱を渡し、馬から降りる。
「……聞いたぁ? あの坊や、自分の立場を分かってないみたいよぉ?」
「無知なのでありましょうや。若さとは憐れなものです」
口ぶりに憤懣を滲ませる二人に、アスライは歩み寄っていく。
「リルヴ族族長・アスライ。お前達を地獄へ落す者の名だ」
「フラーヒ子爵が子女、『業火のイエッリ』! 消し炭になり後悔なさぁいっ!」
女――イエッリの周囲に、無数の光点が生まれる。イエッリの【火】の神授である。
「昼間の戦い見てたわぁ。確かに【雷】の神授は強力だけどぉ、雷で火は防げないでしょうぉ?」
「試してみるといい」
「ナマイキねぇ――じゃあお望みどおりぃ、そうさせてもらうわぁっ!」光点の光量が増大する。「【火よ降り注げ、雨の如く――火雨】!」
五〇を超える火の弾丸が、アスライを狙い撃つ。
着弾と同時に噴煙が次々に上がり、アスライの姿を覆い隠す。
「やぁだ、ちょっと本気になっちゃったわぁ」イエッリがケラケラと嘲笑する。「所詮、失敗作ねぇ――…………え?」
もうもうとした煙が晴れると、そこにあったのは壁だった。
盾や兜、剣で出来た鉄の壁。そこら中に転がっている帝国軍の放置物で、それは作られていた。
「お前の言うとおり、雷で火は防げない」壁の中央が開き、アスライの顔が覗く。「ならば別のもので防げばいい」
ガラララー、と武器と防具が集まってできた鉄の塊が動く。【雷】の神授を使えば磁力が発生する。その磁力で金属を操作するのは、リルヴ族なら造作も無いことだった。
「さて、では次はオレがお前に問おう――火で、鉄は防げるか?」
鉄塊が、蛇のように鎌首をもたげる。
「【雷の友、寄りて集いて巨塊となる――
「わあああああっ! ひ、【火よ降り注げ、雨の如く――火雨】っ!」
さらに武器や防具を招き寄せ巨大化した鉄塊が、獲物に喰らいつくようにイエッリを襲う。
火の弾丸が鉄塊を迎え撃つが、いくつかの剣や兜が剥落しただけで終わる。
イエッリの断末魔は、鉄の大河に飲まれ消えた。
さらにそれは、肥満体の髭を次の標的に定めた。
「【土よ土、雄大なる大地の土よ。我を守る兵を授けたまえ――土兵衆】」
男が両手を地に付けると、地面がボコボコと盛り上がり、土が人の形を成す。その数は優に一〇〇を超えていた。
剣や盾の奔流が、土の兵士を砕かんと殺到する。が、土兵に触れると勢いを失い、そのままその体内へと取り込まれてしまう。
「…………ほお」
アスライは感嘆する。【雷】の神授を他の神授で防がれるのは初めてだった。
「鉄は土より出でしもの。あなたにとっての友は、【土】の神授を授けられし者には我が身そのもの。操ることは叶いませぬ」
「そのようだ。名を聞きたい」
「フェイメイ宗が一僧、ソダートと申しまする」
「ソダート、殺すには惜しい。投降する気はないか?」
「悪戯れを」
「だろうな」
交渉は決裂し、戦闘が再開される。
アスライは『雷喰力換』を大剣に変え、土兵へと斬りかかる。
土兵の動きは鈍い。三体を瞬時に斬る。しかし土兵は斬られたことなど無かったかのように断面を繋ぎ、アスライへと攻撃を仕掛けてくる。
土兵の腕が槍のように鋭くなり突いてくる。槌のように固まり叩いてくる。己の体に刺さったままの剣を引き抜き、武器とする土兵もあった。
「土にて創造された命無き兵は、剣で斬ろうと槍で突こうと倒すことは出来ませぬ。拙僧の命尽きるまで戦いを止めぬ、無敵の兵でございます」
「そうは思わん」
「なんですと?」
ニタリと嗤うソダートを、アスライは一蹴する。
アスライは跳躍すると、土兵のど真ん中に飛び込む。
「愚かなり! 自ら死地に入るは、火に入る羽虫の如き愚行! そのお命、頂戴いたしますぞ!」
前後左右から命を奪わんとする土兵に対し、アスライは剣を納める。
するり、と正面の土兵の股を潜る。とその一体が、他の土兵の攻撃からアスライを身を挺し守る。
「なっ、なっ、ななっ…………」
ソダートが目を点にする。
アスライが別の土兵に触れると、その土兵も同じようにアスライを攻撃から守る。土兵同士が攻撃しあっても倒すことは出来ず、何の意味も成さない。
自らが触れた五体の土兵に守られながら、悠々とアスライはソダートの真正面に辿り着いた。
「続けるか?」
背後では五体の土兵に対し、一〇〇ほどの土兵が襲い掛かっているが、一体一体が無敵ゆえ突破できず、同じ光景が繰り返されているだけだった。
ソダートは膝を屈し、声も無く首を振ると、神授を解除した。土兵が土塊へと戻る。
「なぜ……拙僧の土兵らが、あなたの意のままに? 【土】の神授が土を操ることにおいて、【雷】に負ける道理はありますまいのに……?」
「お前は、神授というものを勘違いしている」
ソダートは、教えを請う徒弟のようにアスライを見上げる。
「拙僧が何を間違ったのか、ご教授してくださいませぬか……」
アスライは頷き、ソダートの目を見る。
「神授とは、とどのつまりは『支配力』なのだ。お前の一〇〇体以上の土人形を操る技は見事。しかし一体に費やされる神授の支配力は、一〇〇分の一以下でしかない。それならば土に対する支配力で劣る【雷】の神授でも、その操作権を奪い取ることは簡単だった。土人形の素材となった土には、昼の戦闘で鉄分を含んだ血液がたっぷりと染み込んでいたからな」
「なんと……そこまでの考えをあの僅かな間に……。油断、いえ拙僧の慢心が全ての敗因といえましょうか…………」
両手を地に付け、ソダートはがっくりと項垂れる。
「安心しろ。命は保証する。お前ほどの実力者なら、帝国も相応の身代金を支払うだろうから」
その言葉に、顔面の肉に埋もれてしまいそうなソダートの両目が見開かれる。
「身代金……ですと? 勝つおつもりですか、これほどの兵力差のある戦いに?」
「無論だ」
何を当然のことを、と言わんばかりのアスライの態度に、土気色だったソダートの顔色に赤みが差す。
「ふ、ふふふっ……はははははっ! 驚天動地とは正にこのこと! いいでしょう、よろしいでしょう! 貴方がただの大口叩きか、それとも真なる強者か、この両の眼で見定めさせていただきましょう。さあ、どこへでも連れて行ってくだされぃっ!」
「なんでありますかコイツ……。捕虜になるくせに偉そうであります!」
凄まじい神授戦に圧倒されていた共和国兵の中からチチリーが出てきて、ソダートを縄にかける。
「一三分でした、族長」
シウが何かを指摘してくる。
「うん? ……ああ、五分というのはものの例えだ」
確かに五分で片付けるといったが。
「一三分でした」
「しつこいぞ」
アスライが顔を顰めると、シウが「ふふ」と笑う。
アスライは共和国騎兵と捕虜にしたソダートを引きつれ、レードへ帰還する。
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