第36話 レードの決戦04

 帝国軍が退いていく。


 レード北門を守るアスライは、感覚を研ぎ澄ます。すると東西南北を担当するリルヴ族の子供たちから、『帝国軍、撤退』とのが伝わってくる。


 アスライは指をリズミカルに弾き、『よくやった』と労うと、すぐに南側のシウから『やりました』と返ってくる。西と東からも同様だったが、北の防壁のミアは、『楽しかった!』と興奮していたが。

 指を接触させる時間の長短で電流を発生させ、文章を伝達する手法・【電指通信】は、リルヴ族の子供が【雷】の神授を使って最初に覚える遊びだ。三〇字程度の文字数なら、一〇キロ圏内での対話が可能。レードの東西南北にリルヴ族の子供たちを配置し、作戦をほとんど同時に伝達することができた。


「策が嵌ったな」


「ああ。緒戦はオレたちの勝利だ」

 スタンリーが隣に立ち、平原に展開していた帝国軍が後退していくのを眺める。


「うおおおおお――っ! 勝ったぞーっ!」「バーカバーカ! 帝国なんざ怖かねえや!」「お尻ペンペーンっとくらあっ!」

 口々に勝ち鬨を上げる兵士らは、死体も、それが焼け焦げる匂いも、勝利に浮かれ気にならないようだった。


「しっかし、ヒヤヒヤもんだったぜ」


「言っただろう? 鎧を着た兵は、オレの敵ではないと」

 北門を無防備にしたのは、アスライとスタンリーが考えた策だった。


 金属は電気を通すから、【雷】の神授を自在に扱うアスライにとって、鎧で身を固める兵士は絶好のカモ。

北門を開いておけば、攻城戦で使う当てのない騎兵を切りたくなるのが指揮官というもの。人馬とも鎧った重装騎兵なら尚良かった。

 スタンリーの読み通り、重装騎兵に大打撃を与え、共和国兵は弥が上にも士気が高まった。ついでに矢玉が手に入るおまけ付だ。

 そもそも、ディグナ帝国がリルヴ族を創り出したのは、今回のように大軍を相手取るためであったのに、もう忘れてしまっていたらしい。それがアスライには腹立たしくもあり、哀しくもあった。


「……アスライ様…………」

 壮年の女性が、沈痛な面持ちでそこにいた。


「どうか……主人の最後を、看取ってやってくださいまし…………」

 弱々しく掠れる声に、アスライは頷く。


 帝国軍歩兵・八万のうち、死傷者は一万を超えるだろう。大勝である。そうであっても、共和国に犠牲が出ていないわけではなかった。

 勝利に沸く兵士らの間を縫い、救護所となっている広場へ着くと、痛みと出血に苦しむ怪我人で溢れかえっていた。

 その中の壮年の男の所へアスライは導かれる。


「お……おおっ、アスライ様っ。……帝国の豚どもに……目にもの、見せてやりましたわい…………」

 壮年の男が苦しげに喘ぎながらも笑う。腹部の包帯は血でぐっしょりと濡れていた。治療系の神授でも治せない、致命傷だった。


「ああ。勇敢な戦いぶりだったぞ、キーヌ。奴らの無様な逃げ様は、胸のすく思いだった」


「おお……ワシなんぞの名を……ありがてえ…………グボッ」

 吐血したキーヌの口元を、アスライは手で拭う。


「よくぞ戦い抜いた、誇り高き共和国の戦士よ。お前がいなければ、このような快勝にはならなかっただろう。心からの感謝を」


「も、もったいねえ、ことを……ゴフッ…………。ああ、もっと、戦いてえなあ……。すまねえ、アスライ様……すまねえ、ローナ…………」

 キーヌが妻の名を呼び、ローナはその傍らで涙を流す。


「キーヌよ。お前の妻と子らには、決して苦労をさせないと、リルヴ族族長・アスライが約束する。どうか安心してくれ」


「ああ……ありがとう、ございます…………ありがと、う…………あり……う…………」

 キーヌは穏やかな表情で息を引き取る。ローナがキーヌに縋り、むせび泣いた。


「始祖よ。我が一族の英霊達よ。一人の勇者があなた方の御許へ旅立ちました。どうか、彼の者の魂に永遠の安息を…………」

 アスライは、死者の冥福を祈った。


「アスライ……それは不味いぜ」

 アスライの耳に口寄せたスタンリーが、声を潜める。


「この戦い、例え勝ったとしても戦死者は百や二百じゃねえ。数千になる。そんな大人数に十分な慰労金や遺族年金を支払う余裕は、今の共和国にはねえ。後々、面倒なことになるぜ?」

 祈りを終えたアスライは、立ち上がって彼方を指差した。それにスタンリーばかりでなく、周りの者達も目を向ける。


「あれを見ろ」

 あれとは、帝国軍の兵馬のことであった。


「一三万の敵が持つ剣や鎧兜、軍馬、食糧、それを運ぶ荷馬車、その総額はいくらになる?」


「ッ! そうか! その手があった! さらに帝国の高官を生け捕れば、身代金も取れるっ!」

 スタンリーがソロバンを弾くのに、アスライは眉根を顰める。


「お前、案外外道だな……」


「あーん? 何でだよ、そういう話だろうがっ!」

 二人のやり取りに、周囲から笑いが起こった。皆が話に聞き耳を立てていた。


「聞いていたな? あそこにいるのは敵であると同時に、宝の山だ。敵を殺した数だけ、戦友とその家族に報いることができる」


「「「おおっ、やったるぜ!」」」

 意気込みを新たにする兵士の中、アスライは宣言する。


「次だ」

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