第32話 王者の行進04

フォルス暦六月一九日。(帝国軍襲来、当日)


 高さ一八メートルの防壁と、深さ一八メートルの空堀が完成した。レードの街をグルリと囲み、出入り口は北門の一ヵ所のみ。帝国軍を迎え撃つ準備は万端であった。


「アスライ様」

 テンタールがアスライに敬礼してくる。アスライは彼の上司ではないので様付けは止めるように言ったが、改める気はないらしい。テンタールは禁酒と日々の労働で、兵士時代の気概を取り戻していた。


「ご命令あらば、いつでも行けます」

 アスライは首肯し、防壁最上部に並ぶ戦士達に心を震わせる。


「感謝を」

 声を張り上げずとも、アスライの声は皆の耳に届いた。


「オレ達は、生まれも育った環境も違う。しかし同じ目的のため手を取り合った。元の六〇〇〇では、この防壁は絶対に完成しなかった。五万六〇〇〇もの人間が協力したことにより、今このとき、帝国に勝利しうる状態にあることを、強く誇りに思う」

 アスライは瞼を閉じる。


「帝国は強い」アスライは自らの言葉を噛み締める。「だがもしここでオレ達が敗れたなら、滅びるのはミロイズ共和国だけではない。世界中、あらゆる国々が、奴らの手に落ちることになる。これが過言でないことは、アドガン要塞の敗北を喫した者達なら知っているはずだ」

 うめき声がそこかしこから起きる。


「オレたちリルヴ族は、かつてディグナ帝国の民だった」

 共和国の人間が、知らない情報にどよめく。それが静まるのを待って、アスライは話す。


「【雷】の神授が戦争に有用だという理由で、オレ達の祖先は帝国中から集められ、強制的に交配させられた。【雷】の神授を安定的に発現させるデータを集めるためだ。父上は曽祖父からその時の体験をこう聞かされたそうだ――『あのとき俺たちは人間ではなく、実験動物だった』と」

 人々の間からは、咳一つしない。


「実験場から同胞を率い逃亡したのが、始祖となるリルヴだった。偉大な彼の功績を忘れぬ為、オレ達はリルヴ族と名乗るようになり、ストロキシュ大樹海で平和に暮らしていた。だがそれも……一ヵ月と少し前に終わった。帝国の襲撃を受け村は滅び、八〇〇人いた同胞も、今は一七人だけだ」

 ミアが泣いていた。シウもリフもだ。しかし周りの者達が慰めてくれているのが、アスライは嬉しかった。


「自国の仲間を動物扱いする下劣な者達が、他国の、敗戦国の人間を、人間らしく扱ってくれるだろうか? 家族が、妻が、子が、年老いた父母が安心して暮らせる環境を約束してくれるだろうか? そんな能天気なことを、オレは考えられない」

 そこかしこで、「そうだそうだ!」「帝国なんぞ信用できるか!」と賛同の声が上がる。


「――戦おう」

 アスライは決意に満ちた眼差しを送る。


「これは、自分と母国を守る為の戦いではない。人が人らしく生きられる世界を守る為の戦いだ!」


 「戦うぞ!」「やったらぁっ!」と、兵が叫ぶ。


「勝とう、誇り高き共和国の戦士たちよ。帝国の豚どもを、この地から駆逐するのだ!」


「「「おお――――っっっ!」」」

 五万六〇〇〇もの人々の咆哮が、天も割れよと轟く。それに合わせるかのように、北方から赤い軍勢が波のように出現する。


「来たか」

 アスライは、帝国軍一三万を睥睨し、金色の髪を棚引かせながら宣言する。


「お前たちに、人の力を見せてやろう」

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