第24話 ミロイズ共和国07
アドガン要塞へ向かう。
リルヴ族へ、ミロイズ共和国からディグナ帝国との戦争の救援要請があったが、期日はとっくに過ぎていた。アスライは遅れながらも、この戦争に合流するつもりだった。
(遅参し、数もまるで足りない。下手をすれば違約金を請求されるかもしれないが…………)
アスライは、ウルクに跨りながら頭を悩ませる。
本来なら、闇狼に乗った一〇〇騎のリルヴ族が参戦する手はずだった。今は一七騎いるが、子供達は勘定に含まれないから、実質アスライ一騎のみだ。拒絶される公算が高いが、やりようはある。敵の上級将校の首でも手土産にすれば、交渉の余地はあるだろう。
(まあ、金ならあるしな)
救援要請の前金と、換金できそうな貴金属類は闇狼に括り付けてあった。森にはリルヴ族しか知らない緊急避難用の安全地帯が各所にある。金と住居があるので、最悪共和国に突っぱねられても、生活に困ることはない。
トワとライデンの首を取り戻すためには、絶対に共和国に受け入れて貰わなければならないのだが、そこは何とかなるだろうと、アスライは末っ子気質の楽天的さを発揮する。
「アス兄、あれッ!」
隣を併走していたリフが空を指差す。木々の切れ間から、赤い煙が立ち昇っていた。アドガン要塞の方角であった。
(あれは狼煙……? 何の合図だ?)
イヤな予感がし、アスライは渋面を作る。
「森も騒がしいですね……」
シウの言うとおり、普段の森とは異なる人の叫び声や金属が打ち合わされる耳障りな音が響いていた。
「様子を見よう」
アスライはウルクらを止め、茂みに紛れる。
わらわらと、鎧の男達が通過していく。青く塗られた鎧だ。
(こいつらは、共和国の兵士か?)
ミロイズ共和国のシンボルカラーである青に身を包んだ男達は、共和国の兵士で間違いない。ではなぜそんな彼らが、こんな森の中で必死に逃げ惑っているのか。
(まさか、要塞が落ちた……?)
しかし建造以来二〇〇年にも渡りディグナ帝国の侵攻を撥ね退けてきたあの要塞が、たった十数日で陥落するだろうか? だがアスライの懸念を証明するように、這う這うの体で共和国の兵が逃げていく。
「…………」
アスライの脳裏に、殺しても死なない不死兵の姿が過ぎる。
と、ジャラジャラという異音が、思考を現実へと戻す。
「なあに、あのヒト?」
思わずといった感じで呟いたミアに目をやると、サッと逸らされ、アスライは気持ちが沈む。
とりあえず物音を確かめる。そこには鎧に華美な装飾を施した五〇がらみの鷲鼻の男が、ゼイゼイと口元から涎を垂らしながら何かをがなり立てていた。
「わ、わたしはぁ、ミ、ミロイズ共和国のぉ、カーン・ゴイズス、将軍なるぞぉっ! わ、わたしはぁ、元帥になる、男ぉっ! し、失敗することなど、ありえなぁぁぁいっ! おのれバンレノめぇ、バンレノの裏切り者めぇっ!」
男はそれなりの地位にあるらしいが、見苦しいことこの上ない。それにこのストロキシュ大樹海でそんな大声を出すのは自殺行為だ。
そう思うアスライから間もなく上空から何かが飛来し、喚く男をむんずと掴むと、再び空へと舞い上がっていった。
「わ、わたしはぁ、共和国の頂点にいぃぃぃぃ――――…………」
鳥型の魔獣の餌食となった男は、叫びと共に空へと消えていった。
「あれ……なあに?」
「「「…………」」」
誰も答えられなかった。
背中にミア達、一六人の視線が刺さるのをアスライは感じる。
あんなのが高位にある国へ本当に行くのかと、アスライの決定に疑念を抱いているようだった。顔には出さないがアスライも、己の判断に自信が持てなくなっていた。
「…………ぞ! ……………………れ!」
「……うん?」
微かな声。だが、そこには強い気迫と意思があった。
「行ってみるか」
ウルクに移動を頼むと、後ろから子供達も付いてくる。しかし足取りはどうにも遅い。
マズイな、とアスライは思う。早くも子供達からの信頼が揺らぎだしている。
「族長」
「うん? ……ほお」
シウに促され前を向くと、隊列を組む二つの集団があった。その見事さに思わず声が漏れる。
一つは五〇〇〇ほどで、もう一つは二〇〇〇ほど。より大きな集団が小さい集団を潰そうとしていた。
だが小さい集団は丘の上に陣取り、線を引いたかのように綺麗な隊列を作っているのに対し、大きな集団は地形のことを鑑みても、出っ張った所と引っ込んだ所がチグハグで、統率が乱れていた。小さい集団が青い鎧のミロイズ共和国。大きい集団が赤い鎧のディグナ帝国だ。指揮官の実力差が目に見える形に表れていることに、アスライは感嘆の念を禁じえなかった。
「いいか、惨めだろうと生きる道が残されている限り、絶対に諦めんなッ! 俺達は必ず生き残るぞッ!」
薄茶色の三〇ほどの男の鼓舞に、共和国兵らが奮い立つ。あの男が指揮官か。
「おー、やべぇ」
リフがニマニマと笑っていた。共和国の指揮官が気に入ったらしい。それはアスライも同様だった。
「助けるか」
「おー」
子供達も同意し頷く。いずれにせよ、帝国とは決着をつけねばならない。その為にここで共和国に恩を売れることは好都合だ。アスライは腹を括り、移動音を殺して共和国兵らの背後から近づく。共和国兵は正面の帝国兵に気を取られ、アスライ達には気が付いていない。
「おい」
アスライが声を掛けると、指揮官の隣に居たカエル顔の小太りな男が飛び跳ねる。いきなり一七体の闇狼の群れが現れれば驚くのは当然だが、跳躍力は中々だった。
「ひ、ひいっ! 百統、百統―っ!」
「あ? なん――うおぁっ!」
指揮官も驚き、それが配下にも伝播していく。槍や弓を向けられるが、闇狼に騎乗しているアスライは動じない。
「お前たちは、ミロイズ共和国の兵士たちだな?」
「あ、ああ、そうだ」指揮官の男は動揺を隠しながらアスライに答え、逆に問う。「あ、あんたは何者だ? 敵だったりしたら、ちょーっと困るんだけどなぁ?」
指揮官の頬はヒクヒクしていた。あまり隠し事が得意ではないらしい。
敵か味方か確認できるまでは警戒を解く気が無いのか、いつでも攻撃に移れるよう配下に目配せをしている。
「味方だ。共和国へ加勢にきた。話を聞きたい。座ってくれ」
「いや敵が、」
「座れ。死にたくなければ」
アスライがウルクから飛び降り、ドカッと座る。シウ、ミア、リフら一六人も同じようにし、闇狼らも揃って伏せをする。
魔獣たる闇狼が言われるがままにするのに、共和国兵らは目をパチクリしている。
「……あー、分かった。座ろう」
「ひゃ、百統?」
指揮官がアスライに倣うのを見て、カエル顔が慌てふためく。敵は目と鼻の先にいるのだ。
「総員、座れ!」
指揮官が強く命じると、戸惑いながらも指揮官の周りから座り始める。
「もっと寄せ合った方がいい」
「もっと寄せろ! ぎゅうぎゅうにだ!」
敵との最前線で槍を構えていた兵らも、不安を顔に出しながらも命令に従う。立っている者がいなくなったことに満足し、アスライは上方を見上げる。
「ここは良い場所だ」
木が密集している好立地だ。
「いや、すぐそこに帝国兵がうじゃうじゃいるんだが? 陣形もクソも無くなっちまったから、このままだとアンタら共々皆殺しにされるぞ? できれば説明が欲しいんだが?」
「うん」アスライは了承し、指を刺す。「あそこを見ろ」
――オオオオオッッッ!
共和国兵が陣を解いたことで、帝国兵が活性化する。攻めてくる気だ。
「あそこだけ、土が剥き出しになっているだろう?」
五〇〇〇の敵兵が突撃してくるにも関わらず、アスライはのんびりと説明を続ける。
「あー、来たよ、来やがったよ! 何で言うこと聞いちまったかなあっ!」
「ひ、ひひ百統! 敵が、敵がぁっ! ど、どどど、どーするんッスか! どーするんッスかっ!」
指揮官が天を仰ぎ、カエル顔が無様に喚きたてる。
アスライは「来るぞ」と言うが、目が向いているのは帝国兵ではなかった。
森の切れ間、光差し込む空間へ、帝国兵がドオッと飛び出してくる。
「ひゃははははっ! もう観念したのかあ、この青もやしども! 泣いて命乞いすりゃあ、助けてやるかもしんねえぞぉっ?」
槍を手に突撃してきた先頭の帝国兵が、哄笑を上げながら言う。
――グチャ。
「ははははっ! …………は?」
その帝国兵の背後で、柔らかな果実が潰れるような音が連続する。
グチャ、グチャ、グチャ、と潰され、悲鳴と血飛沫を散らすのは、帝国兵たちであった。
「うわ……わああああっっっっっ!」
空から高速で何かが降ってきて、帝国兵を二、三人潰しては舞い上がっていく。それが森の切れ間のそこかしこで起っていた。
逃げようとするも帝国兵は五〇〇〇もおり、事態を飲み込めていない者が壁となり、どこにも行けぬまま圧殺されていく。
「アギャッ! あ、ああ、あれ?」
アスライが、幸運にも被害を免れた帝国兵らを、非情にも阿鼻叫喚となっている場所へ蹴り飛ばす。そしてその帝国兵も、同じ末路を辿る。
土も木も赤く染まり、一兵とて動く者がいなくなった。
その惨状へ、空から次々と巨大な鳥が翼を畳み降りてくる。足は一本しかないが胴体と同じ太さをしており、単眼の、人の五倍はありそうな怪鳥だった。
「あれは『
アスライは、共和国の指揮官に教える。
「そこかしこに、草の生えていない不自然な窪みがあるだろう? 大足鷲は空から降下し、その巨大な一本足で標的を踏み潰す。だからあの窪みがあり、空が開けている場所は要注意なんだ」
ここのように木々の密集した地点では襲われる危険性は低い。共和国兵らは、自分たちが帝国の脅威から救われたことよりも、死体となった帝国兵が魔獣に啄ばまれている光景を声もなく眺めていた。
「こ、ここは大丈夫ッスよね?」
「おそらく。が、物事に絶対は無い」
カエル顔の男が恐々と尋ねてきたのでアスライは答える。その右手を剣の柄に掛けたままに。カエル顔が神に祈りだすのを横目に、事態の推移を見守る。
「……どうやら、奴らの腹は満たされたようだ」
大足鷲どもが翼を広げ、空へと消える。一体どれほどの数の兵士を平らげたのか。地面には大量の血痕と、武器防具が散乱していた。
魔獣の饗宴が嘘だったような静寂が森に満ちる。
「た、助かった……のか?」
誰かが言うと、歓声が爆発した。泣いている者も少なくなかった。戦死することから逃れられたことに安堵していたのは、指揮官も同じらしく、ホッとした顔をしていた。
「どうする?」
「…………どうする、とは?」
「森に留まるのは勧めない。陽が落ちる前に、ネアイかキアンの砦に行くべきだ」
指揮官はポリポリと頬を掻く。
「あー……。すまんが、ちゃんと顔を見て話したい」
申し訳無さそうに言われ、アスライは自分が外套のフードを被ったままだったことに気付く。
「ああ、すまない」
フードを外すと髪が溢れ出た。赤くなった一房の前髪を撫で付け、挨拶をする。
「オレの名は、」
「ふおおおおおっっっ! すっごい美女ッス! ヤバいッス! マジパないッス! おいらはナマル・ペーニョ、個人的に仲良くなりたいッス! お願いしますッス!」
勢い込んで握手を求めてきたカエル顔のナマルにアスライが微笑みかけると、腰がヘコッとなった。
「オレはアスライ。見てのとおり男だ。どうぞよろしく」
「……へ? 男? …………いだだだだっ! 痛い! 痛いッス! 手が砕ける、腕がもげるッス! 離してほしいッス! ごめんなさいッス!」
「フフフフフ」
アスライはにこやかに、泣いて謝るナマルの腕を捩じ上げる。
「そろそろ、許してやってくれ……」
指揮官の取り成しにナマルを解放する。薄茶色の髪をした三〇がらみの指揮官は、スタンリー・ラックという名らしい。
スタンリーは、アスライの勧めとは違う所への案内を頼んできた。
「レード?」
アスライはスタンリーに問い返す。そこは砦ではない、ただの街だ。そしてここからだと随分と遠い。
「構わないが、なぜだ? レードはここからだと一〇日は掛かる。森を突っ切ることになるから魔獣との戦闘は避けられない。危険だぞ?」
「そうそう! そうッスよ! なに言ってんッスかっ!」
ナマルがスタンリーとの会話に割り込んでくる。さっき泣いていたのに、もう元気になっていた。
「百統、バカなんスか? バカなんスね! 死ぬなら一人で死んでくださいッス! おいらは近くの砦がいいッス! 安心安全な砦で、せっかく助かった命を大切にしたいッス!」
「よーし、よく言ったナマル上級兵。上官侮辱罪で斬首刑だ」
スタンリーが腰の剣に手を掛ける。
「あ~! ウソウソ! ウソッス! おいらもレードに行くべきだと考えていたところだったんス! 百統の考えに間違いはないッス! チックショー!」
前言を翻し、ナマルは揉み手をする。スタンリーは「やれやれ」と肩を竦めながら、剣から手を離す。
「……っても、お前の言っていることも分かる。口には出さなくとも、お前と同じように思っている奴は他にもいるだろう」
「だ、だったらっ!」
「でもなあ、ナマル上級兵。俺らは、ミロイズ共和国の兵士なんだ」
スタンリーは、むずがる子供をあやす様に語りかける。
「兵士は、国民を守ることが仕事だ。だから国民は汗水垂らして稼いだ金を税金として納め、俺らを養ってくれる。なのにヤバくなったら自分だけ安全な所に引き篭もるってな、男としても人しても、あまりにも情けなさすぎだと思わないか?」
「そ、それは……それは、ああ~、う~~っ」
ナマルが煩悶する。この卑小さを隠そうとしない男にも、人としての矜持があったらしい。
「それにな、ナマル。ここで勝ったら……モテるぞ」
「…………モテ、る?」
頭を抱え七転八倒していたナマルが、ピタリと動きを止める。
「絶対にモテる。ディグナ帝国の侵略、アドガン要塞の陥落、ミロイズ共和国は存亡の危機にある。それを食い止め勝利した救国の英雄が――モテないはずがない」
「モテないはずが……ない?」
ナマルの顔が、見る見るうちに情欲に染まっていく。アスライは前言を撤回する。この卑小なる男に、人としての矜持はなかった。
「ふおおおお――――っっっ! とうとうおいらにも、モテ期の大チャンスが! ここで立たなきゃ男じゃないッス! 巨乳美女と酒池肉林ッス! いざ行かん、オトナの桃源郷へッス!」
鼻息荒くナマルが発奮すると、他の共和国兵も苦笑しつつ雰囲気が明るくなる。
「ということで頼む」
部下を纏め上げたスタンリーが、してやったりの表情で頼んでくる。アスライはそんなスタンリーを、じっと見つめていた。
「あん? どうした?」
怪訝そうなスタンリーに、アスライは笑みを浮かべた。それは心からの称賛の笑顔だった。
「いいな、お前」
「お……おおぅ…………」
スタンリーはなぜか頭をフラつかせ、顔を赤らめる。
「族長、いけません」
「何がだ?」
「知らない者には刺激が強すぎます」
「何がだ?」
シウが、訳の分からないことを言う。「ダメなものはダメなのです」と、重ねて叱責された。
意味が分からん。まあいい、とアスライは考えることを止める。
「レードまで案内する。ただし、オレの指示には絶対に従え。いいな?」
「わ、分かった」
スタンリーはまだ赤くなっている。病気ではないだろうな?
「言っておくが、タダではないぞ」
「あー……と。帝国を何とかするまで待ってもらえんだろうか?」
スタンリーが申し訳無さそうにする。
「かまわん。帝国はオレたちの敵でもある。……リフ、レードに移動する。先導しろ」
「あーい」
リフがスササッと木に登り、枝から枝へと渡っていく。
「遅れずについてこい。静かにな」
アスライの後に、共和国兵たちがついていく。
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