第21話 ミロイズ共和国04
漆黒の兵士を突き飛ばしては後退を繰り返しながら共和国の残兵を吸収し、四〇〇〇となった兵を抱え、スタンリーはアドガン要塞の脱出に成功した。しかし、
「進路はストロキシュ大樹海! 総員進め!」
スタンリーの決定に、兵達がどよめく。
「だ、だだ大樹海に入るんスか? む、ムリッス! 絶対ムリ! 魔獣に食べられるッスっよ!」
蒼白になったナマルが拒絶する。
「その疑問はもっともだ、ナマル上級兵。だが見てみろ」
スタンリーが指し示したのは、助けられなかった共和国兵が、帝国兵に追われている姿だ。その数の差は圧倒的であった。
「街道を進み易いのは敵も味方も一緒。大樹海が危険なのも一緒だ。だが帝国兵は十数万、魔獣は数体。さらにあの黒い兵士は殺せないが、魔獣は殺せる。どっちがやり易い?」
「…………どっちもやらない、って選択肢は無いんスかね?」
「はっはっは。理想主義者だな、ナマル上級兵は。だが現実は、」
「生き残りが居たぞ、殺せッ!」
モタモタしている間に、帝国兵に発見させる。
「厳しいな現実は――森に入るぞ! 密集隊形を維持しろ!」
「ひいいいいんんっっっ!」
スタンリーが先頭をきってストロキシュ大樹海に踏み入ると、兵達も怯えながら、泣きながら付いて行くしかなかった。頼れる指揮官は、彼一人だけなのだから。
大樹海は昼だというのに、鬱蒼とした木々のせいで薄暗い。ここは人ではなく魔獣の領域だ。スタンリーは恐怖で足が竦みそうになるが、それは帝国兵も同様らしい。森の境界でまごついていた。
(おーし、そのままでいろ。こっち来るんじゃねーぞ!)
おそらく帝国の追撃は激しくない。アドガン要塞を陥落させたことは大戦果だ。追撃するにしても、兵を損耗させるリスクの高い大樹海ではなく、街道沿いに逃げた共和国兵へ向かうはず。こんな魔獣だらけの魔境に入りたがるのは、敗戦した逃亡兵か、リルヴ族くらいなものだ。
――ズガッ! 帝国の動きを予測していたスタンリーのすぐ傍の木に、矢が突き立つ。帝国兵が「殺せッ! 射殺せッ!」と、矢を放っていた。
「進め進めッ! こんな森の中で矢なんか当たらんっ!」
不運な者が餌食になるものの、ほとんどが木や枝葉のお陰で難を避けられた。
「ひいっひいっ、ひいいいっ」
スタンリーを追い越す者が、槍や弓やらを投げ捨てていく。帝国兵が森に入り、追い立ててきていた。危険を顧みない帝国兵の忠犬っぷりが恨めしい。
「待て! 武器を捨てるな!」
人の習性か、パニックになった者達が明るい方へと走っていく。見捨てることも出来ず、スタンリーもそちらへと兵を誘導する。
まぶしさに目をすぼめる。森の切れ間から空が見えた。人生で最後かもしれない空は、清々しいまでの青空だった。
スタンリーは背後を振り返る。ダメだ、尻に喰いつかれる。
(一戦やるっきゃねえか。どこかいい場所は……)
森が切れていたのはほんの五メートルほど。再び森に入り、スタンリーは目を凝らして戦闘に有利な地形を探す。
帝国兵がここまで追ってきているのは、戦勝の高揚によるものだろう。夜になるまで耐えれば奴らは森の恐ろしさを思い出し、撤退するはずだ。スタンリーはそうであれと願う。
「あそこに陣取るぞ! ケツを掘られたくなきゃ、走れ走れっ!」
小高く、木の密集している場所へ進むスタンリーに、遅れている兵達も慌てて集まってくる。ある程度の数が結集したところで指示を飛ばす。
「反転! 槍を持っている良い子は前に出ろ! 弓兵は木に登れ!」
「や、槍捨ててきちゃったッス! どうすればいいッスか!」
「何で統官つきの副官が、いの一番に武器捨ててんだバカっ! そこらの石を拾って投げろ!」
バタバタとみっともなくだが陣形が整う。見回すが、兵はこれで全員のようだ。
(……ぐっ、四〇〇〇はいたのに、たったこれだけか!)
ざっと半分の二〇〇〇ほどしかいない。残りは散り散りになったか殺されたか。自分の無能さに怒りが沸く。
帝国兵も陣形を作っていた。樹木のせいで数は推測できないが、スタンリーたちの数倍の横幅を取り、締め付けるように囲みを狭めてきていた。
「いいか、惨めだろうと生きる道が残されている限り、絶対に諦めんなッ! 俺達は必ず生き残るぞッ!」
「「「おおっ!」」」
スタンリーの檄に残兵が応じるが、それを上回る帝国兵の軍靴の音が辺りに響き渡る。ごくりと唾を飲み込み、スタンリーが右手を上げる。「弓兵、用意――」
「――おい」
戦場の重圧をものともしない、涼やかな声。
「ひ、ひいっ! 百統、百統―っ!」
ナマルにバンバンと肩を叩かれる。
「あ? なん――うおぁっ!」
人間の三倍はある黒い魔獣が、いつの間にか部隊の背後で群れていた。接近されたことにまるで気付かなかった。
ヤバイ、と思った直後、その先頭にいる最も大きい魔獣から、人の声が降ってきた。
「お前たちは、ミロイズ共和国の兵士たちだな?」
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