第20話 ミロイズ共和国03

 千統の下は『百統』。つまりスタンリーの階級である。百統とは九九九人以下の部隊を纏める階級のことで、それ以上を指揮した経験は無かった。またもフッと意識が遠のくが、自分の命令を今か今かと待ち構えている五〇〇名の部下がそれを許してくれない。


(か、勘弁してくれぇっ!)


 涙目になるが、弱音を吐くことは何とか堪える。ギリリッと歯を食いしばり前を見据える。


 共和国の仲間たちが、黒の兵士らに惨殺されていた。


「逃げるな!」スタンリーは声を張り上げる。「敵に背を向ければ殺されるだけだ!」


 そして手を掲げ、前に下ろす。


「ラック隊、前進!」


 スタンリーの旗下五〇〇が、統制された動作で前に出る。それに気付いた他の共和国兵たちが命からがら集まってきて、両脇からすり抜けていく。


「カーン・ゴイズス将軍に代わり、このスタンリー・ラックが指揮を取る。総員、槍を逆にし、石突を敵に向けよ!」


 その命令に、スタンリーの旗下に動揺が起きる。


「い、石突をッスか? それって槍の意味なくないッスか?」


 石突は槍の尻の部分。丸まっていて、穂先のような刺殺力は無い。


「よーし、それで合っているぞナマル上級兵。どうした! 命令を実行せよ!」


「「「や、槍を逆にし、石突を敵に向けます!」」」


 命令通り、全員が槍の尻を敵に向ける。

 周りにいる共和国兵を殺害した黒の兵士達は、標的をスタンリーたちに移す。


「う、うわあ! 来る、来るッス!」


「さあ、おいでなすった! ラック隊、奴らを突き飛ばせ!」


 ラック隊の面々は、ハッと上官の意図を理解し、戦意を漲らせ一斉に敵兵を突く。


 ドガッ、と横並びで突き出された無数の槍が黒の兵士を打ち、吹っ飛ばす。しかし黒の兵士らはすぐに立ち上がる。普通なら石突でも全力で突かれれば、肋骨を骨折したり内臓を損傷したりするはずなのだが。


 スタンリーは苦々しい顔をしながら認めざるを得ない――この黒の兵士達は死なないのだ。だが、それが分かれば対処のしようはある。槍で突き殺せなくとも、石突で突き飛ばすことはできる。


 それを確かめたスタンリーは、次の指示を出す。


「ラック隊、俺の右側から後退! 『それ以外』、俺の左側から前進!」


 スタンリーは自分の背後で震えていた共和国兵らの目を見、左手で前進を促す。


 兵らは怯えた目をしていたが、その中の一人が「うおおおおっ!」と槍を持って吠えると、他の者も続き、バタバタと前へ飛び出す。護国のため長く厳しい訓練を経てきた者達だ。易々とへし折られる矜持ではない。


「いいか、殺す必要は無い。近づいてきた敵を突き飛ばし、距離を取ることだけに集中しろ」


 スタンリーが言い含めいている間に、黒の兵士がにじり寄ってくる。


「『以外』、突き飛ばせ!」


 スタンリーは自分の旗下五〇〇人しか指揮したことが無い。だから『ラック隊』と『それ以外』の二つに分け、自分の左側から前進させ、右側から後退させるという単純な用兵を行った。スタンリーを中心に渦を描くイメージだ。


 『以外』の槍が、漆黒の兵士を吹っ飛ばす。


「よし、右側から後退。ラック隊、前進!」


 『以外』の後退に合わせ、スタンリーは数歩下がる。


 勢い良く前に出る部下を横目にスタンリーは判断する――このアドガン要塞は落ちる、と。


 将軍と傭兵一万が逃亡し、上位階級の将校のほとんどが死亡。スタンリーとは逆の左翼とは連絡の取りようがない。最早敗戦は決定した。


 ゴゴンッ、と足元から震動があった。確認しなくても分かる。要塞の門が敵の手によって開かれたのだ。やがて一三万の帝国軍が押し寄せてくるだろう。


「ラック隊、突き飛ばせ! 後退後、『その他』前進!」


 ラック隊の後退に合わせ、スタンリーも下がる。少しずつ距離を取り、撤退する。せめてここにいる部下達だけは生き残らせなければならない。


「今だ、突き飛ばせ!」

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