第7話 弄ばれし者達04

祝宴は、深夜になっても続いた。


 広い天幕の隅々までをランプが照らし、どれだけ飲み食いしても、酒と料理が尽きることは無かった。


リルヴ族・族長のライデンには、三人の妻と九人の子がいる。その末子であるアスライであっても、慶事に金の糸目はつけなかったらしい。それが嬉しく、アスライは入れ替わり立ち代りやってくる大人達からの祝い酒を飲み干していた。杯を空にするごとにアスライは、リルヴ族の男の仲間入りを果たしたことを実感していた。


「…………ライ。アスライ」


「……んあ? ……ああ、兄上」


 頭の上からボルドラの声。


「随分と飲まされたな」


「酔ってないです……。オレは……全然……酔ってない……」


「へべれけではないか」


 呆れ顔のボルドラが三人居た。


 まだ大丈夫。人が五人になるまでは酔っていないと、誰かが言っていた。……誰だっただろうか? アスライは、ふわふわする心地のなか考えたが、すぐにどうでも良くなる。


「うみぁああああ~~っ。しゅぷぷぷ…………」


 奇怪な鳴き声が、ボルドラの背後からする。


「姉上。寝るなら家に着いてからにしてください」


「寝てなーいっ! 寝てないし、アタシはまだ負けてないぞおっ! ……あえ? アスライが五人いる。弟のくせにナマイキだぞぉっ!」


 ピシャーンッ! とボルドラにおんぶされているライラがつるつる頭を叩き、ケタケタと笑う。そうだこの人だったと、アスライは思い出す。


「珍しい。酔っ払っている、姉上が」


「酔ってなーいっ」


 うわばみのライラが足腰が立たないほど泥酔している。ライラは力無くボルドラの頭を叩くと、「しゅぷぷぷ」と謎の音声を出して寝落ちする。


「姉上が絡んでな」


 後ろに向けたボルドラの視線の先に、トワがいた。


 話によれば、ライラがトワに絡み、呑み比べを挑んだらしい。ところが返り討ちにあった。


 祝宴が始まる前にライラに連れて行かれ何をされているかと心配していたが、そんなことになっていたとは。


「酒、強いのか?」


 みっともない姉に、いくらか酔いが醒める。


「平気、みたいです……。お酒、初めてですが……」


 トワの顔色は、ランプの明かりの下でも分かるほど白い。


「というわけで呑み直しだ。付き合えるな?」


 ボルドラが、片脇に抱えていた酒樽を示す。


「しかし、いいのですか? こんな有様ですが……」


 ぐでんぐでんになっている者や、腹を出して高イビキをかいている者で、天幕は足の踏み場もない。金色の頭がそこら中に転がっていた。


「なあに、こんなことで風邪を引くようなお上品な連中じゃないさ。それにコイツは特別なものなのだぞ?」


「特別?」


 アスライが聞くと、ボルドラがニンマリする。「お前が生まれた年の酒だ」


「……なんと」


「父上がお前の生まれた時に買って、この日のために大事に寝かせておいたのだ」


「ああ見えて、父上はロマンチストだからね~。こういう事は欠かさないのよ。さっすが三人の嫁とよろしくやっている男は違うわ~」


 自分もまた同じような祝われ方をされたのだろうか。夢うつつなライラも、どこか嬉しそうだ。そうだった。父は、三人の妻も九人の子も大切にする男だった。


「よし、呑み直しましょう!」ライラがピョンッとボルドラの背から下りる。「トワちゃん、勝負よ!」


 酩酊状態から回復したライラが快活に言うのに対し、「はい」と答えたトワは、まるで涙を堪えているように哀しげだった。




リルヴ族は、一族全体を一つの家族と捉えている。故に子供時代は安全な村の中心部で守られ、成人として認められると、外周部に家を与えられる。新たに成人したアスライの為に建てられた木造の家は小さいが、真新しい木の香りがした。


 家に入り、ランプに火を灯し酒樽の蓋を割る。なみなみと満たされた葡萄色の液体が、部屋中に甘い香気を広げる。


 葡萄酒を注いだ杯を、四人で掲げる。


「アスライの成人を祝って、乾杯!」


 ライラの挨拶で杯を打ち合わせ、中身を呷る。


「……美味い」


 美味い、としか言えない。今まで呑んだどの酒にも無い、深く心地良い味わいだった。


「うん、おいしい。これは良い酒ね。……ねえ、これアタシの時より高いヤツじゃない? ねえ?」


「……そんなこと無いですよ姉上。どちらも同じくらい良い酒です」


「そうかなあ? うーん……トワちゃんどう思う?」


「さ、さあ……どう、でしょうか……?」


 頻りに首を捻るライラがトワに問う。いなかった人間に聞いてもしょうがないだろうに、とアスライは呆れた。


 トワは、ライラに後ろから抱きすくめられ、為されるがままになっていた。一七〇センチあるライラにそうされていると、一四〇センチ程度のトワはより小さく見えた。時々、猫が匂い付けをするようにグリグリしている所から、トワのことを随分と気に入ったらしい。


(可愛い物好きの姉上の目に適ったか)


 男でも女でも、気に入った者を愛玩動物扱いするのは、ライラの悪い癖だった。アスライは子供の頃のことを思い出し、顔を顰めた。


「ほらトワちゃん、どんどん呑んで!」


「は、はい……」


 ライラは自分の杯の後、トワの杯に酒をドバドバと注ぐ。


「姉上、そいつはまだ未成年です。もうそれくらいにしといてください」


「大丈夫大丈夫。ね~」


「は、はい……」


 トワは怯えているが、逃げられない。トワなら健康に害が出るとは思えないが、未成年に飲酒させるのは抵抗がある。が、弟というものは姉のやることに強く言えないよう調教させられているものなのであった。


「で、どうするの、結婚?」


 ブフッとアスライは酒を吐き出す。一頻りむせた後、喉を整える。酔わないトワが赤くなっていた。


「……結婚はしません」


「えー? なんでよー? トワちゃん、こんなに可愛いのにー?」


「さっきはあんなに反対していたではないですか」


「え? してないわよ?」


 冗談だろうか、とアスライはライラを窺うが、真顔だった。おそらく本当に自分が結婚に反対していたことを忘れてしまったのだろう。都合の悪いことは全部忘却することができる、ある意味うらやましい性格の姉だった。


「とにかくオレはですね……」


 ライラとボルドラにどうしたいのか説明する。トワが不死であることは伏せ、一人でディグナ帝国から逃げてきたことを伝えると、二人は驚きつつも納得したようだった。ただアスライとトワが出会ってまだ半日足らずだという点には、正気を疑われたのだが。


「つまり、帝国から逃亡してきた天涯孤独の娘を助けてやりたかった、と?」


「家族にするってことは、結婚じゃなく養子にするってことかしら? ……アンタ、この子の父親になる気?」


 父親? 思わぬ単語にトワを見つめる。彼女は目をパチクリしていた。


「それで納まりがいいのでしたら、そうします」


「いやダメでしょ! 子供デカすぎだから!」


「まあ、我らは全員成人しているから、アスライでなくともいいのだが……」


「アタシはイヤよ! 処女なのに子持ちなんて!」


 姉の失言を、弟二人は黙殺する。


「これは、父上にお願いするのが妥当であろうな。何らかの条件を提示されるのは間違いないが」


「九人も子供がいるんだから構いやしないわよ。むしろ一〇人になってキリがいいわ」


 父のライデンに、トワと養子縁組をしてもらうことを頼むことで話はまとまる。


「父上の説得に、力を貸してくださいますか?」


「酒樽一つ」


「アタシは二つ」


 アスライの申し出に、ボルドラは指一本、ライラは二本を立ててニンマリする。きっとミロイズ共和国産ではなく、カド神王国産の上等な物でなければならないんだろうなと、アスライはソロバンを弾く。魔獣の毛皮ニ頭分は覚悟しなければならないだろう。


「……分かりました。それでお願いします」


「よっしゃ、商談成立ね。じゃ、トワちゃんがアタシ等の妹になることに、カンパーイ!」


「ま、待ってくださいっ!」

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