私だけのヒーロー

於田縫紀

私だけのヒーロー

 今日の夕食はお魚メイン。

  ○ 生魚と生野菜をドレッシングであえたサラダ

  ○ フミノが『サシミ』と呼ぶ生魚を小さめの切り身にしたもの

  ○ 小さめの魚の揚げ物

  ○ 根菜と鶏肉の煮物

  ○ 芋と葉野菜入りのスープ。

 あとはパンと米飯といういつもの主食とラルド等御飯のお供。


 こんなメニューにした理由は単純、フミノが好きなもの中心にまとめたから。


 街からここまで山を登って、そしてその後トンネル掘りで魔法やスキルを使いまくったのだ。フミノは相当疲れている筈だと思う。少なくとも私がそれだけ魔法を使いまくれば動きたくなくなる。


 ただ見ている限りではそれほど疲れているようには見えない。何処にそんなエネルギーを持っているのだろう。私より小柄なのに。


「ところでトンネル、どれくらいまで出来たのかな?」


 フミノは今、この山塊を越えるトンネルを掘っている。単独でだ。それも小さいものではない。見た限り馬車も通れそうな広さのトンネルで、長さも半離1kmくらいはあると言っていた。


 勿論こんな大きさのトンネルを1人で掘るなんて事は普通しない。

 私の知っている例では高レベルの土属性持ち魔法使いが最低2人、水属性魔法使いが最低1人、それに数十人程度の作業員が必要となる。


  ① 土属性魔法使いの1人が穴を掘って

  ② もう1人の土属性魔法使いが掘った穴の周囲を固めて

  ③ 掘り出した土を作業員が運び 

  ④ 出水事故が無いように水属性魔法使いが控えている。


 これが魔法使いを十分に集められた場合の理想的なトンネル掘削作業だ。

 実際にはトンネル工事で使えるようなレベルの魔法使いは少ない。だから能力が充分な者を希望の人数、集めるなんて事はほぼ不可能。人海戦術で行うというのが普通だとされている。


 しかしフミノはそれを1人でやってのける。それも理想的な魔法使い入り編成の数倍以上の速さで。


「8割くらい」


「もうそんなに掘ったの?」


 私はフミノの凄さに慣れている。それでもやっぱり驚きだ。


「大した事はない。スキルのおかげ」


 スキルも含めてフミノの実力。私はそう思うのだけれども違うのだろうか。

 しかもフミノが凄いのはスキルだけではない。遠くを見ることが出来る偵察魔法をはじめ、基本の火、土、風、水、空、全ての魔法が使える。


 自分が使えるだけではない。人が使えるように教える事も出来る。私もおかげで全属性の魔法を使えるようになった。風魔法なんて攻撃魔法まで使えるようになった。学校では『魔法を使う事は出来ない』と診断された私なのに。


「それよりリディナの方が凄い。私はトンネル作業だけ。リディナは周囲を警戒して、ゴブリンを倒して、さらにパンを焼いたりした。昼のパンもこの夕食もとっても美味しい。こっちの方が凄いし便利だし役に立つ」


 フミノは認識がおかしいと思う。フミノの方がどう考えても凄い。しかし彼女はきっと本気でそう思っている。そう長くないといえずっと一緒にいるから分かる。


 認識がおかしいと言えばこのトンネル掘削作業もそう。この作業は領主に頼まれた訳でもギルドで依頼として受けた訳でも無い。


 フミノの言い分はこうだ。


『単に山を登るのが面倒。それだけ』


 山を登るのが面倒だからトンネルを掘る。どう考えても普通の発想ではない。

 万が一本当にそうだと仮定しよう。それならばトンネルの大きさは自分達が通るのに必要な大きさで充分だろう。その方が掘る作業も楽な筈。

 しかし実際に掘っているのは中で馬車がすれ違えそうな大きさのトンネル。


 そしてフミノはこのトンネルを掘って向こう側へ行った後、このトンネルの件を冒険者ギルドに報告するという。


『あるものを使わないのは不合理』


 彼女曰くそんな理由で。


 フミノは目立ちたくないらしい。彼女ほどの魔法使いなら何処も高給でやとってくれそうなものなのに、それを望まない。

 

『ひっそり静かに生きていきたい。それでいい』


 かつて彼女が私に言った台詞だ。実際そう望んでいるらしいというのは一緒に暮らしてきて私もわかっている。

 しかしそれならこのトンネルの件を公にするのはおかしい。


 それならトンネルを作った事を秘密にすればいい。発見したと報告するよりよっぽど目立たないだろう。たとえこのトンネルを『掘った』ではなく『発見した』と言い張ったとしても。


 だからきっと、フミノがこのトンネルを掘っている理由は『山を登るのが面倒』だからではない。ここフェルマ伯爵領が山に分断され困っている。それを手助けしたい。そんなところだ。


 彼女にはそんな優しさというかお人好しな面がある。困っている人を見ると手助けせずにはいられないというか。

 フミノ自身は対人恐怖症と言っていい位に他人が苦手なくせに。会話すら普通に出来ない位だし、男性が近くにいるだけで固まりそうになる位のくせに。


 ついこの前だって魔狼の出現で孤立した村の救援をやった。魔狼を退治した上、足りなくなりそうな食料を大量に持っていって原価で渡すなんて事までして。

 本人は手触りがいいシーツ用の布が欲しかったからと弁解していたけれど。


「このサラダ用のドレッシング、新作?」


 フミノがそう言って私の方を見る。どうやら生野菜と生魚、そして茹で芋のサラダにかけたソースの事のようだ。

 

「前にフミノが言っていたよね。ゴマを潰して和えたドレッシングが前にいたところにあったって。だから試しに作ってみたんだけれども、どうかな?」


「美味しい。刺身にも野菜にも芋にもよくあう。やっぱりリディナ、凄い」


「フミノの方が凄いと思うよ。1人でトンネル工事が出来るなんて」


 実際そうだと私は思うのだ。

 フミノはアイテムボックスのスキルのおかげだと言う。しかしきっとそれだけではない。


『本体はまだ3割行かない。あと水抜き坑を2本掘った』


 フミノはお昼御飯の時、そう言っていた。つまりトンネル本体をただ掘るだけではない。トンネルを掘りやすくする為に、または安全に維持出来るようにする為に何か私にはわからない工夫をしているのだろう。


 実はフミノ、魔法の力よりもそういった知識の方が特異かつ優れているのかもしれない。そんな事も時々感じる。

 ただその分、この国の事はあまり知らない。本人も『この国の事はほとんど知らない』と言っていたし。

 

「大した事はない。スキルのおかげ」


 フミノはいつも通りそう言うだけ。そして多分本気でそう思っているようだけれども。 


「美味しかった。今日もありがとう」


 フミノがそう言って食器を収納する。美味しそうに食べてくれるのは嬉しい。しかし今日もやはり小食だ。そこが少しだけ気になる。


 フミノ、私と同じ年齢の筈なのに小さすぎるし痩せすぎている。食もかなり細い。食べている量だって私の3割くらいだろう。


 だからもっといっぱい食べて大きくなって欲しい。勿論フミノは健康だと思うし病気とかそういった気配もない。体力も魔力も私と同等以上はある。


 だから心配する必要はないのかもしれない。それでもフミノの小さくて華奢な身体を見ると気になってしまうのだ。余計なお節介となってしまうから言わないけれど。


 いつまでフミノと一緒にいられるかな。ふとそんな事を思ってしまう。


 最初は打算だった。私の方からフミノに雇ってくれと御願いした。私を雇っていた商会が潰れる事が確実だったから、生計の為に。

 その時フミノに言われた。『雇用はしない。パーティを組む』、『対等な仲間』。

 以来私はフミノと一緒にいる。


 一緒にいたい、このままずっと。今の私はそう思っている。

 ぶっきらぼうで対人恐怖症。だけれど実は優しくてお人好し。強力なスキルと多様な魔法を持っていて、人が知らない事を知っているけれど誰もが知っている事を知らなかったりする、時に危なっかしいフミノと。


 ただフミノ、この国に大分慣れてきてきた。対人恐怖症もかなり治ってきている。他人との会話だってその気になれば出来るようになっている。


 だからそれほど遠くない未来、フミノは私を必要としなくなる。それでもフミノは私と一緒にいてくれるだろうか。私が一緒にいていいのだろうか。

 私としてはずっと一緒にいたい。フミノが近くにいる事を感じていたいのだけれども。


 ただその日が来るまでは、私はフミノの近くにいようと思うし一緒にいたい。フミノが何をやりたくて実際何をやるのか、すぐ側で感じたい。


 だから私はフミノのお手伝いをしている。御飯をつくったり、手続きや契約等をしたり、買い物をしたり、その他対人折衝関係を請け負ったり。

 

 勿論これは私がしたいからしている事だ。フミノ自身が思ったとおりに力を振るって欲しいから。それを側で感じていたいから。


 だからトンネル掘りなんて事も目立つなからやるなとは言わない。

 フミノがやりたい様にやって貰いつつ、そこで問題が出ないようにする。それが私の役目だ。


 目立ちたくない。ひっそり静かに生きていきたい。そんな思いから歴史上の偉人以上の事をやっている癖に名を残すなんて事がない。

 そんな私だけのヒーローの傍らで。

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