第4話
おばちゃん達と別れた後、そのまま気分良く、寮の近くのコンビニに入った。ぐるっと見渡すとかなり広めの店舗で、品揃えも豊富だ。特にお菓子、雑誌、ジュース類のコーナーが充実していた。野菜や肉は奥の方に置かれてあるようだ。
「なんだよ、これ。高すぎだろ……!」
あまりの値段の高さに、思わず固まる。俺の前世知識と照らし合わせても、これはちょっと高すぎる。
「きゅうり一本230円だと!おまけにこっちは豚肉100gで512円……! 絶対お坊ちゃん学校だと思ってボラれてる! ふざけんな!」
こんなに高すぎたら買う気になれない。まぁ、晩御飯のために買うけど。だがずっとここで買い続けるわけにはいかない。そういえば、駅前にスーパーがあったはずだ……。よし、今度の日曜日にそこに買い物に行こう。
「あと買うものは……あ、牛乳。うん、買いだな。」
俺の今後の輝かしい未来のための必須アイテムだ。……身長、伸びるかな。
その後会計を済ませ、俺はまっすぐ寮まで戻ることにした。幸いなことに、今のところ人には会っていない。
それに今度の土曜日に、おばちゃんたちから漬物の作り方を教えてもらうことを西野に伝えることを考えると、自然と駆け足になる。気づけば部屋の前まで戻ってきていた。はやる気持ちを抑えられずに、勢いよく扉を開けた。
「ただいまー! 西野、聞いてくれ! 俺、今度の土曜日にデートすることになった!!」
「ブフォッッ!! ……ゲホッ、ゲホッ」
「西野、大丈夫か!?」
報告したら、西野が飲んでいたお茶を吹いた。俺は慌てて西野のそばに駆け寄り、背中をさする。
「ゲホッ、……ハァ、えっとマリモ君? そのデートって?」
「ああ、今度の土曜日に食堂のおばちゃんたちから、漬物の作り方を教えてもらうことになったんだ。」
「そっか、なるほど、そういう意味ね……。僕はてっきり、『ノンケ宣言』をしたマリモ君に、もう恋人ができたのかと思っちゃったよ。」
「恋人? いやぁ、ナイナイ。俺みたいな平凡に、恋人なんて出来るわけないだろー。ましてやここ男子校だぜ。うん、ないわー。」
「……そっか、そうだよね。ごめんね、変なこと言っちゃって。」
「いや、俺の方こそ誤解させるような言い方して悪かった。それじゃあ俺、これからカレー作るから、キッチン使うな。」
「あ、僕も手伝おうか?」
「おお、助かる。よろしくな。」
そのまま俺たちはキッチンの方に向かった。見たところ最新機器がばっちり完備されている。さすが金持ち学校だな……。
「よし、今日のメニューはカレーとサラダ、あと野菜とベーコンのスープにしようと思う。」
「美味しそうだね! 頑張ろう!!」
「ああ、2人で力を合わせれば楽勝だぜ!」
―― 10分後
「西野、気をつけろ! ピーラーで指を切りそうだぞ!」
「あっ、わわっ。危なかった。ありがと、マリモ君。」
―― 30分後
「うぅ、このジャガイモ、切るのが難しいね……。」
「大丈夫か、西野?」
「うん……。って、わっ、手が滑ってジャガイモが転がって行っちゃった!」
「西野、包丁を持ったまま走っちゃだめだ! 危ないから、包丁はまな板の上に置いてくれ!」
―― 1時間後
「……西野、カレーは俺が作るからさ、スープの味付けを頼んでもいいか? 塩と胡椒で頼む。」
「うん、わかった! えっと大さじ一杯でいいかな?」
「……西野って意外と豪快というか、かなり大雑把な面があるよな。えーと、味付けは少しずつ、味を確かめながらでいいから。」
「はーい! じゃあ、入れるね!」
「……! 待て、西野、それは塩じゃなくて砂糖だ!」
―― 2時間後
「頼む、西野! ここは俺に任せて、お前はゆっくり風呂にでも浸かっていてほしい!」
「えっ、でも全部マリモ君に任せちゃうのは悪いよ……。」
「いいや! もとはといえば、俺が西野にお礼として作るはずだったんだ。俺は西野への感謝の気持ちを、全力で料理に表現したい。だからここは全てを俺に委ねて、西野は見守っていてほしいんだ!」
「うーん、そっか、分かったよ。それじゃあ僕は、先にお風呂に入ってくるね。夕食、楽しみにしてるから!」
着替えを取りに部屋へ戻った西野を眺めながら、俺は改めて西野がドジっ子属性であることを身に染みて感じていた。前世知識をもとにして料理をしているが、知識があるだけでなかなか思い通りに料理をするのは難しかった。なんせ包丁を持ったのは、今日が初めてだからな。何度か指を切りそうになったり、火傷をしそうになったが、西野ほどではない。
塩と砂糖を間違えるなんて、西野、お前はどこのドジっ子だ。狙ってやっているのか。その後に胡椒を入れようとして、蓋まで外れたときは俺も焦ったぞ。胡椒が全てスープに入る前に、なんとか阻止したから良かったけど。そして極めつけはあれだ、滑ったジャガイモが俺の方に転がってきて、包丁を持った西野が突進してきたときは、さすがに身の危険を感じた。恐ろしや、ドジっ子。
「えーと、スープはこれで良し。カレーはもう少し煮込んで……。後はサラダか。」
西野が風呂に入った後、途中何度か失敗しながらも、もうすぐ完成というところまでこぎつけた。作り始めてからかなりの時間が経っているが、後はサラダを盛りつければ終わりだ。レタスをちぎりながら、ぼんやりと考えにふける。
今日は色んなことがあったな……。さすがに会長を膝蹴りしたのはまずかったなぁ。あれでかなりの生徒から反感を買ったのは確実だ。それでも西野がいる。食堂のおばちゃんたちがいる。俺とそばにいてくれる人はここにいる。
「俺、頑張るからさ。だから……。」
――― もう一人にはなりたくないんだ
「うわぁ、美味しそうな匂い! マリモ君、もう出来たの?」
風呂から上がった西野の声に、はっと我に返る。
「ああ、今出来た所だ。手、洗って来いよ。あと食べる場所は、ダイニングテーブルじゃなくて、ちゃぶ台のほうでいいか?」
「うん、いいよ! すぐ行くね!」
パタパタと流しの方に小走りに行った西野を見ながら、ちゃぶ台に出来上がった料理を並べていく。皿、スプーン、箸、コップ、……良し、完璧だ。誰かに自分の作った料理を食べてもらうと思うと、少し、いやかなり緊張する。
「「いただきます」」
西野がスプーンでカレーをすくうのをドキドキしながら見る。これで不味いとか言われたらどうしよう。たぶん一週間ぐらい立ち直れない。
「……! 美味しい! すごく美味しいよ、マリモ君!」
その言葉を聞いて、無意識に止めていた息を吐きだした。良かった、西野の口に合って。
「ありがとな、西野。口にあって良かった。」
「これ、僕が今まで食べてきたカレーの中で一番美味しいよ! 何か隠し味とか使っているの?」
「いや、普通にレシピ通り作っただけだ。一般家庭のカレーだよ。西野の場合、普段は食べない味だから、美味しく感じているんじゃないか?」
だって西野っていいとこのお坊ちゃんだし。庶民の味とかあんまり知らないから、物珍しいだけじゃないかな。
「ええー! 絶対そんなことない! 僕、これお代わりするね。」
「……え、西野、お前もう食い終わったのか!? ちょっと早くない?」
俺のカレー、まだ半分以上残っているのだが。
自分の手を見れば、指に絆創膏がところどころ貼られている、だが幸せそうに食べている西野の顔を見て、慣れない料理をして良かったと、心から思った。
それと後で気付いたことだが、西野は意外と大食いらしい。気づけば3杯目のカレーに突入していた。恐ろしや、西野。ドジっ子に加えて、大食い属性もあったのか。
「ごちそうさまー! 美味しすぎて、ちょっと食べすぎちゃったよ。」
「……お粗末様でした。」
引き攣った笑みを浮かべながら、何とか返事をする。結局、西野は7杯ものカレーを完食した。食べ過ぎたと言いながら、けろっとした顔をしている。あの細い体のどこに入る場所があるのだろうか……?
「あ、片付けは僕がやるね!」
西野の優しさが垣間見える言葉に、俺は一瞬固まった。彼に任せて大丈夫なのだろうか? だが料理の最中にドジっ子の片鱗を見せた西野に対して、不安しかない。俺がやった方がいい気がする。
「いや、俺がやるよ。」
「でも僕、こう見えても片づけは得意なんだよー。」
その謎の自信はどこから来るんだ。どちらにせよ、西野一人に任せられない。
「わかった。じゃあ、一緒に片付けよう。」
「ええ、でもマリモ君に悪いよ……。」
「2人でやった方が早く終わるだろ? これぐらい別にいいって。そのかわり、後で俺に勉強を教えてくれないか? たぶん俺が前にいた学校と、だいぶ進度が違うと思うからさ。」
「なるほど、ギブアンドテイクというわけだね。それぐらいお安い御用だよ! 後で教えてあげるね! えっと、それじゃあ手伝い、お願いします。」
「わかった。」
その後、俺たちは皿洗いをした。意外なことに、本当に西野は片付けが出来るようだ。たまに西野がお皿を落としかけて、それを俺がスライディングキャッチをする場面もあったが、特に問題なく片付けは終了した。
「髪はこれぐらい乾かせば十分かな。」
片付けが終わった後、俺は風呂に入ることにした。その際に、西野に風呂を覗かない様にさりげなく言うも忘れていない。たとえ同室者であっても、出来る限り俺の姿を見せたくないからだ。なぜなら俺の容姿といえば、白い肌に黄色い頭、背も高くなく、ひょろっとした体型……。うん、完璧モヤシだ。実を言うと小・中共に、まともに女の子と会話したことがなく、まして告白されたことは一度もない。女子と目が合うとすぐ逸らされたし、話しかけても返事さえ貰えないことがほとんどだった。彼女たちの気持ちを代弁するならば、「話しかけんじゃねーよ、このモヤシが!」という心境だったのだろう。あの頃の自分の性格がねじ曲がっていたことは認めるが、女の子から無視までされる容姿だったのだ、俺は。というわけで、自分の容姿に関してコンプレックスしかない。このモヤシなら、まだマリモの方がマシだ。
「はぁ、風呂上がりにかつら被るのは、嫌なんだけどなぁ……。まあ、背に腹は代えられないか。」
棚に隠しておいたマリモヘアーを取り出し、頭にセットする。ただのヅラ、されどヅラ。セットするのに繊細な微調整が必要なのである。いかに野暮ったくなく、カッコよく見えるか。見え方一つにこだわるのが、流行の最先端をいく男だ……!
「うーん、これでいいかな。なかなか良い出来栄えだ。特に頭に手を置いた瞬間に、まるで羽毛の如く柔らかな感触に包まれるのが素晴らしい。」
何度も試行錯誤を繰り返し、ようやく納得のいくセットになった頃にはすでに30分経過していた。そしてここで、西野に今やっている範囲を教えてもらったらあとはもう寝るだけ、という事実に気付く俺。あほやん。……西野起きてるかな?
「西野ー? 起きてる?」
「あっ、マリモ君! けっこうお風呂長かったね。それにまだ8時だよ。」
支度を終えて居間の扉を開けると、西野はちゃぶ台に教科書を広げて待っていた。
「もうそんな時間か。まぁちょっと色々支度に手間取ってな……。」
「そっかー。まだ今日来たばかりだから、慣れていないだろうしね。あと、これが今やっている範囲だよ。どうかな?」
そう言って西野は数学の教科書を見せてくる。
「うーん、やっぱり俺がいた学校よりも進んでるな。」
「じゃあ、分からないところがあったら何でも聞いて! けっこう勉強は得意だから、僕に任せてよ!」
「ありがとな、よろしく頼む。」
「じゃあまず、基本的な問題から始めるね。この計算式とかどうかな?」
「……………x=4?」
「うーん、正解は7かな。」
はい、基本的な問題から躓きました。確かに小学校の頃は特に勉強しなくても良い成績が取れた。しかしその後ろくに勉強していなかったため、全く勉強が出来ない。どうしよう、未来に不安しかない。
「まぁ、最初だからこんなこともあるよ! 気にしないでどんどん確認していこう。」
西野はそう言って笑いかける。
「えっとね、さっきのマリモ君の解答はここで計算間違いしてるよ」
「あ、ホントだ。」
「そう、それでこの公式を当てはめれば……。」
「x=7だな。」
「うん、正解だよ。」
時間をかけて、何とか正解にたどり着く。ありがとう、西野。
その後は西野に一つずつ解説してもらいながら、少しずつ問題を解いていった。だが10時半を過ぎた頃に、西野がうつらうつらと眠たげに頭を揺らすようになった。
「西野、眠いのか?」
「うん…… ちょっと今日片付けをするために早起きをしたから。ふぁぁ~。」
そう言って西野は目をこすりながらあくびをする。
「じゃあ早く寝た方がいいな。」
「でもマリモ君が……。」
「別に俺なんかいいって。その代わり西野の教科書借りてもいいか?」
「うん、それ位全然いいよ。分からない所があったら、遠慮なく聞いてね。」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、おやすみ。西野。」
「うん、おやすみ。マリモ君。」
西野はふんわりと微笑んで、右の部屋に入っていった。
「ええっと、この英文はどう訳すんだろ……。『トムはシャーペンを持ってタンザニアの森にいるジャックの所へ果し合いに行きました。』ダメだ、シャーペンで果し合いの時点で負ける未来しか見えない。」
上手く訳せず諦めて顔を上げれば、既に日付が変わろうとしていた。
「はぁ。前世をぼんやり思い出したのに、どうして真っ先に思い出すのがBL知識なんだろ。普通そこは学力チートだろ。」
いや、確かに前世知識は役立っているんだけどね。もっと他に思い出していいものがあるはずだと思うんだ。
西野から借りた教科書を片付けて部屋に戻ると、ドアのそばに置いてあった備え付けの鏡に、もっさりした髪型の俺が映っていた。さすがに寝る時くらいは変装はいらないだろ。鏡の前でマリモヘアーと瓶底眼鏡をとる。すると鏡の中にはモヤシみたいな少年が頼りなさげに立っていた。
「やっぱり男らしさから程遠いなぁ。確かこの学校ってトレーニングルームがあったな。よし、今度の日曜日に買い物の後行こう。」
そしてゆくゆくは背が高くて筋肉がムキムキの、大人の男になってみせる……!
「……もう、寝るか。」
夜更かしは身体に良くないからな! そして身長も伸びないからな!
マリモヘアーと瓶底眼鏡をベッドの脇にある、サイドテーブルの上に載せて、そのままベッドに潜り込む。
今日は色々あったけど、西野や食堂のおばちゃんたちと仲良くなれたから良かった。明日から学校が始まるけど、友達とか出来るかな……? どうか上手くクラスの皆と仲良くできますように。
そして俺は、睡魔に誘われるがまま、深い眠りに落ちていった。
「今日の昼に会長様を膝蹴りしたあの毛玉は、1年生でSクラスに入る予定なの?」
「はい、そのように伺っております。」
「……ふーん、目障りだね。」
「ええ、そうですね。そして今回の件で多くの生徒が、あの毛玉に対してかなりの反感を抱いています。ただ厄介なことに、毛玉の同室者が西野悠であるそうです。」
「ああ、あの『風紀のお気に入り』ね。じゃあ、あの子が巻き込まれたら、風紀も黙っていないね。」
「ええ、ですが逆に巻き込まなければ……。」
「まぁ、多少のオイタは、ね。」
「今後どのようになされますか?」
「僕自ら動いてもいいんだけどね。幸い会長様や他の生徒会役員の方々もあの毛玉を良く思っていないようから、今はまだ様子見。あの毛玉を完全に排除する準備をしなきゃ。」
「では……?」
「ふふっ、それじゃあまず、生徒たちを扇動することにしようかな」
彼は無邪気な様子で嗤うと、窓から空を眺める。雲の中にぽっかりと浮かぶ、白い三日月だけが、静かに部屋を照らしていた。
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