第2章 体育祭は一波乱あるらしい?
第5話
「制服よーし、持ち物よーし、眼鏡よーし、マリモよーし! うん、完璧だな!」
次の日の朝、俺は6時起きをして今日の準備をしていた。何事も始まりが肝心だからな。第一印象には特に気をつけている。この鷺宮学園の制服は紺色のブレザーで襟の部分に白と赤のラインが入っている。下は黒のズボンだ。カッコイイ。が、かなりの着こなしが必要となる代物だ。俺が着ても田舎者が頑張って背伸びしただけにしか見えない。制服を着てから、鏡の前でそっと涙をぬぐった。
「もう6時半過ぎか。簡単にトーストでも焼こう。」
部屋を出てリビングに行くと、まだ電気がついていなかった。どうやら西野は起きていないようだ。
そのままキッチンへ向かい、冷蔵庫から食パンや目玉焼き用の卵などを取り出す。キチンと牛乳を出すのも忘れない。
朝食の支度をしていると、7時を過ぎた辺りで西野が部屋から出てきた。
「ふわぁぁ……。おはよー、マリモ君……。」
目をこすりながらあくびをしている西野。寝起きのせいか目の焦点が合っておらず、ふらふらしている。……ちなみに西野は水玉のパジャマ着ていた。可愛い。可愛いけど、男子高校生が着ていいものなのか!? 可愛ければ許されるのか!?
「僕、顔洗ってくるね~。」
「待て、西野。そっちはキッチンだ。間違っても冷蔵庫のドアは洗面所のドアじゃないからな。」
「あれ~、ほんとだ……。どうりでひんやりすると思ったよ~。」
大丈夫かな、この子。俺が来るまで西野がどのように生活していたのか、かなり気になる。
西野を洗面所まで連れていった後、トースターに食パンを入れて焼く。これが終われば朝食の出来上がりだ。使い終わったフライパンなどを洗いながら、物思いにふける。
今日は記念すべき登校初日だ。確か職員室に行って、担任に挨拶しなければいけない。優しい先生だといいなぁ。
「マリモ君、朝ご飯の支度してくれたんだ! ありがとう! 片付けは僕がやるね。」
「どういたしまして。西野の目も覚めたみたいで良かった。あと、片付けは俺も手伝うから。」
「えっ、でも……。」
「いいから、いいから。二人で片付けた方が速いだろ? せっかく作った朝ご飯が冷めないうちに、早く食べようぜ。」
「うぅ、本当に何から何までありがとう、マリモ君。困ったことがあったら言ってね! 僕に出来ることなら、何でもするから!」
「ありがとう、西野。それじゃあ、いただきます。」
「いたただきます!」
それから西野と俺は雑談をしながら、朝ご飯を食べた。
「そういえば、西野。俺、今日先に学校行くから。」
「このスクランブルエッグ、ふわふわで美味しいよ~! って、え? 何で?」
「ほら、俺、今日が登校初日だろ。だから担任のところに行かなきゃいけないんだ。」
「あっ、そっかー。僕、マリモ君と一緒に登校したかったなぁ。」
「それじゃあ、明日から一緒に行こうぜ。あと、俺たちのクラスの担任ってどんな感じの人?」
「あぁ、えっとね、うん、良い先生なんだけどちょっと先生っぽく見えないというか……。まあ、けっこう癖がある人かな……。」
どこか遠くを見るようにして、西野はそう呟く。
「でもSクラスの担任なんだろ。やっぱり真面目な人なのかな?」
「いやぁ、それはない、かな? いや、でもああ見えて真面目な所もあるからなぁ。何とも言えないね。」
何だか随分と掴みどころがない先生だな。
「とにかくマリモ君! これだけは覚えておいて。平常心とスルースキルを身につけることが、あの人の一番の対処法だから。下手に口ごたえすると目をつけられちゃうからね! いい、マリモ君?」
「わ、わかった。」
西野の気迫に押されながら、首を縦に振る。平常心とスルースキルか……。これから会う担任に対して不安しか感じない。
「それにしてもこのスクランブルエッグ、美味しいなぁ! 昨日のカレーといい、やっぱりマリモ君は料理の天才だよ! マリモ君ならきっとどんな料理でも簡単に作っちゃいそう!」
どうしよう。卵を割るのに失敗して、急遽目玉焼きからスクランブルエッグに変更したなんて言いづらい。
食べ終わった後、西野に片づけを手伝ってもらい(手を滑らせて皿を落とす西野を、俺がフォローした回数は忘れた)皿を片付けてから鞄をとりに部屋へ戻る。
現在時刻7時45分。ここから校舎まで余裕をもって15分。HRが始まるのは8時半からだから、今から職員室に向かえば丁度いい時間のはずだ。
もう一度持ち物を確認してから、リビングに戻る。するとそこには既に制服を着た西野がちゃぶ台に座っていた。
「西野。俺、もう行くな。」
「あ、うん、行ってらっしゃい。僕はもう少しゆっくりしてから行くね。今日はマリモ君が朝ご飯を作ってくれたから、いつもより余裕があるよ。」
「そう言ってると遅刻するぞ。くれぐれも遅れないように気をつけろよ。」
「うん、わかった。またあとで!」
西野に別れを告げて、外へと向かう。寮を出たとこで寮監のハルさんが、花壇の花に水をやっていた。
「おはようございます。マリモ君。もう学校に行くんですか。」
「はい、今日が登校初日なので、職員室に行かなきゃいけないんですよ。」
「そうなんですか。ふふっ、頑張ってくださいね。」
「はい、行ってきます!」
目覚めもスッキリ。天気も快晴。今日はいいことがありそうだ!
と思っていた15分前の俺。今日は厄日だ、馬鹿野郎。
どうしよう、俺。今さらながら全力で登校拒否したいんだけど。切実に。
………なんか校門のところに風紀っぽい人達がいるんですけどォおお!?
いや、ぽいじゃなくて風紀だったよ!? だって腕章にでかでかと『風紀』って書いてあったし!
え、これ、あれですか。昨日の会長を膝蹴りして、敵前逃亡をした俺に事情聴取をしたい的な感じですか。そうですよねー。いやぁ、今風紀の人に捕まるのはちょっとなぁ。だって絶対に事情聴取とか時間がかかるよな。登校初日から風紀のお世話になりたくない。それにこれから職員室に行かなきゃいけないので、風紀の人と話をするのは後が良いだろう。
というわけで、如何にして風紀の人達に捕まらずに校舎内に入れるか模索する。
1.一般生徒に混じって登校する。
俺の周りに人がいない時点で無理だわ。
2.マリモであることを利用して、花壇の茂みに隠れて移動する。
いや、俺のマリモ黒いし。隠れきれてないし。すぐに見つかって捕獲される。
3.木に登って2階から校舎に入る。
……うん、これがいいかな。他に案思いつかないし。あのでっかい門を登り切
った俺なら、木くらい余裕、余裕!
そうと決まったら、即実行! 木の上なんて誰も見ないだろ!
「あんさん、今すぐ木から降りぃ! 落ちたら危ないで! あと、木登りは校則違反やから、あとで覚悟しとき。」
と、思っていたら即バレした。なんで!? ていうか木登りって校則違反なの!? 知っていたら実行しなかった!
「すいませーん! ちょっと木から降りられなくなった猫を助けようと思いまして!」
必死に理由を捻りだす。ナイス、俺。
「猫なんて、どこにも見当たらんよ?」
「……えっとですね、はい、そうかもしれませんね。無事に木から降りられたようですね!」
「………ほお。ならさっさと降りんかい。」
Oh……。死亡フラグがたった。
………嘘だぁあ!!! 風紀との接触を避けようとして、どうして死亡フラグがたつんだ!?
「あんさん聞いとる? はよ降りてこないと……。」
「わぁあ、すいませんすいません。俺ちょっと木から降りられなくなっちゃったので、2階の窓から入りますね!!」
「あっ、ちょっ、待ち!!」
逃げ足だけは自信があるからな! 丁度良く開いていた窓から、窓枠に足をかけて中に飛び込む。フハハハハハ、ここまで追ってはこれまい!
「ぐぇっ!!!」
あ、誰か下敷きにした。
慌てて下を見る。そこで俺の目に映ったのは―――
「えっ、なんで学校にホストがいるんだ!?」
「……………おい、さっさと俺の上からどきやがれ。このクソ毛玉……!」
Oh……。本日2本目の死亡フラグゥ!!
「すいませんでしたぁぁああ!!!!」
その日の朝、俺の全力で謝った声が校舎に響き渡った。
「……なるほど、風紀がいたから木に登ってやり過ごそうとしたら、逆に風紀に目をつけられ、慌てて窓に飛び込んで、その結果俺を下敷きにしたと。そういうわけで、どこぞの猿がここにいるわけだ。」
「……その節は、大変申し訳ありませんでした。」
はい。俺は今、職員室でさっき下敷きにした先生の前で土下座しています。うぅ、周りの先生からの視線がイタイ。
「あ゛? 考え事とは余裕だな。」
「すいませんでしたぁ! 先生を下敷きにしたことは、マリアナ海溝よりも深く、深く、反省しております!」
「…チッ、この頭が猿の毛玉が俺の受け持ちのクラスかよ。最悪だぜ。」
「えっ!?」
このホス、失礼、先生が俺のクラスの担任だと!? 驚いて、床にこすりつけていた頭を思わず上げる。そこで俺の目には、不機嫌そうな顔をしているイケメンの顔が映った。このイケメンの名前は桐生颯真。さっきちらりと見えた出席簿に、そう書かれていたから間違いない。軽くセットされた黒髪、シャープな顎にスッと通った鼻梁。薄く開いた唇と気だるげにこちらを見る切れ長の瞳が、艶めかしい。大人の色気がダダ漏れだ。理事長はストイックな雰囲気だったが、こっちは夜の男のようなどことなく危うげな雰囲気を持っている。ホントにこいつ教師か? どう見てもホストだろ。
「あー、先生。就職先、間違えてませんか?」
そう尋ねたら、問答無用で蹴られた。イタイ。
「てめえには関係ねぇだろうが。いちいち口出しすんな、クソ毛玉。」
「……すいません。」
自分の不躾な発言に後悔する。まして先生とはさっき会ったばかりだ。相手を怒らせるようなことを言うのは、昔からある俺の悪い癖だ。そのせいで、今までも知り合った皆から嫌われてきた。
「だいたいてめえの見た目だって、どうこう言えるもんじゃねえだろ。何だよ、その眼鏡。マジでダセぇ。」
これは、そう、神が俺に与えし試練だ。忍耐力をつけるための訓練だ。
「それにそのぼさぼさ頭。もはや毛玉じゃねえか。それ素なのか? それともネタか?」
ほら、西野の言葉を思い出せ。担任の先生は平常心とスルースキルを身につけることが、一番の対処法だと言っていたじゃないか。菩薩の如くすべてを受け入れろ。般若波羅蜜多、般若波羅蜜多………。
「ハッ、どっちにしろお前の見た目、ダサすぎ。それに加えて中身が猿。この学園ではまずは見た目を重視する。そんなことじゃお前、ここで絶対友達なんて出来や「なあ、せんせー」……っ」
………ふっ、どうやら俺の辞書に平常心とスルースキルという言葉はないようだ。
「俺が友達できるかどうかなんて、そんなのわかんないだろ!! この学園では見た目が重要なことは知ってる。確かに俺はマリモなモヤシだから、ここのカースト的には最下位なのは分かる。けどなぁ、見た目が何だよっ! そんなので人間の価値が決まるわけないだろ! カッコよくて、ちやほやされている勝ち組の先生には、平凡な奴の気持ちなんて分からないんだ! 一度も告白されたことのないこの悔しさも、女の子を口説きに行っても全てイケメンに連れていかれるこの哀しみも!! ……クソだな、イケメンまじ滅びろ。」
「………おい、最後の方、明らかに私情が入ってないか?」
「イイエ、そんなマサカ。」
「……はぁ、わかったよ。お前の言い分も一理ある。この件はもうこれで終わりだ。お前もさっさと立て。」
「あー、ええと、それがですね、 慣れない正座をしたもので足が痺れたんですけど……。」
「あ? それで俺に手を貸せと。」
「ええ、はい、お願いします。」
「チッ、仕方ねえなぁ……。」
「あっ、ちょっ、せんせー!! そんな急に引っ張られたら……!」
先生は俺の腕を掴んで、勢い良く引っ張る。だが足が痺れて、生まれたての小鹿みたいにがくがくな俺だ。そんなことされてたら案の定――
「うわぁっ!!」
「……てめっ、ざけんなっ!!!」
明らかに硬い床の感触ではなく、誰かの体温を感じる。……ということは、あれですよね。
恐る恐る目を開けると、俺の目の前には額に青筋を立てた、唇の端を吊り上げて笑う桐生せんせーがいらっしゃいました。でも目が笑ってない。……ハハッ、これなら床と熱い抱擁を交わした方が100倍マシだった。
「……おい、クソ毛玉。どうやらてめえは、反省という言葉を知らないらしいな。」
「……! でも今のは、先生が急に引っ張ったからっ!」
「うるせぇ! さっさとどけ。」
今だにバンビな足を叱咤し、力を入れて無理やり立ち上がると、桐生先生に蹴られた。イタイ。
「先生!! 流石にこれ理不尽じゃないですか!?」
「ふざけんな! 2回も下敷きにされた俺の気持ちを考えてみろ!」
「でもあれは不可抗力です!!」
「本当なら殴るところを、優しく蹴るだけに止めているんだ。感謝しろ!」
「殴るも蹴るも一緒だ! 恨みこそすれ、感謝なんて出来るか!」
「るせえな、このクソ毛玉。」
「毛玉じゃない、マリモだ!」
「てめえはマリモなんて高尚なものより、毛玉で十分だ。」
「ひどい!! なら先生はホストで十分だ!」
「んだとっ!!」
こうして俺と桐生先生の口論は、朝のHRが始まる時間まで続いた。
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