夕食の1騒動
「ただし今回肉は一人分しかないからな」
「むう、まるで私が肉しか食わないように言って」
頬を膨らませ抗議するレティシアだが、俺から見たらただ可愛いだけ。
そしてそんなふうに可愛らしく頬を膨らませているレティシアを見ているとついついからかいたくなってしまうのは仕方ないこと……というより最早脊髄反射、本能と言えよう。
「安心して大丈夫だよ、肉は全部レティシアにあげるから」
鍋に入ったスープの味見をしながら仕掛ける。
「だから私は肉だけを食べてるわけじゃないんだ。しっかり野菜も食べている」
よし食いついた。
ここからどこまでからかえるか。
「そうか、じゃぁあ肉は俺が食べても良いよね?」
ニタニタしてしまうのを必死で抑えてごく普通な口調で言う。
「な!? そそれは……そこは普通、半分だろ」
まぁ当然そうなるよな。
「えー、だって一人分の肉だし半分にすると全然味わえないよ。さっきレティシア野菜も食べてるって言ったじゃん。」
レティシアの目がものすごく泳いでる。
「なら俺が全部もらっても良いんじゃないかな?」
「それは……」
レティシアの頭のなかでは様々な考えが浮かんでいることだろう。
村長から肉をもらったのは俺なわけでどうするかも俺の自由だとはもちろんわかっていることだろう。
しかしやっぱり肉を食べたい。そこで半分にしようと持ちかけたわけだがそれは嫌だと俺が言ったためなしになった。
俺がもらってきた肉を図々しく肉を食べたいアピールなどは礼儀正しいレティシアがするわけはなく野菜もしっかり食べていると言ってしまっているため墓穴を掘ってしまった。
まぁこんなところだろう。さてどうくる。
「た……頼む半分だけ……いや1/3だけで良いから肉をついでくれ」
あ、これヤバい鼻血出る。上目遣いかつ涙目で分けてほしいとお願いしてくるレティシアの姿が尊……
「ヒグッ……頼む、にぐ、ひどかげらでもいいからぁ」
瞳に大粒の涙を貯めたレティシアは、その場に倒れるように座り込むと泣き出した。
「ガチ泣き!?わかった!わかったから泣くのは止めて!俺が悪かったから、1/3ぐらい分けるから!」
からかうだけのつもりが泣かせてしまった。そこまで肉が欲しかったか。レティシアに肉関係でからかおうとするときはしっかり見極めよう。
「ほんどに?にぐをくれるの?」
涙でグショグショになった顔を拭おうともせずに問いかけてくるその姿はあまりにも哀れでこの状況にしてしまった当事者である俺は、穴があったらマントルまで掘り下げてから入りたいほどの深い罪悪感と後悔に往復ビンタを繰り出され続けていた。
「やるよ、ごめんそこまで肉が食べたかったとは知らなかった。後レティシア」
レティシアは返事はせず無表情にただ俺を見上げた。
「そんなふうにさせてしまった俺が言うのもなんだけど顔が大変なことになってる。綺麗な顔が台無しだよ」
俺が言わんとしていることを把握したレティシアは無表情のまま無造作に袖で涙を拭おうとした。
「待って、今タオル持ってくるからそんなことしたら顔が荒れちゃうかもしれない」
慌てて止めると急いでタオルを取りに行き瞬間移動するぐらいの速さのつもりで全速力で戻ってレティシアに手渡すとレティシアは涙で濡れた顔をふき始めた。
「レティシア、どうした?」
がふき終わった瞬間、レティシアはタオルに顔をうずめたまま動きを止めた。
「……龍之介のいじわる」
タオルから目から上だけを出して一言そう言うとまたタオルに顔をうずめた。
「そろそろ機嫌を直してくれないかな。折角の料理も哀しみに浸かっては美味しくない。」
反応はないレティシアはタオルに顔をうずめたままだだが俺のせいで泣かせてしまったのだ。俺がレティシアをほっといてなにかすることは断じて許されない。それが女性を泣かせてしまった男の責任であり義務であり罰でもある。
「……わかった。」
それからすこし経ったころ短い応答とともにレティシアはタオルから顔を上げ立ち上がった。
「本当にごめん。悪ふざけが過ぎた」
「龍之介、その件はいいんだが……あれ、大丈夫なのか?」
顔に涙の跡を残したレティシアは、スープを煮込んでいる鍋のほうを指さした。
「大丈夫て……吹きこぼれてる!」
レティシアが指さした方向に振り返った俺の目には、今まさに鍋からスープが吹きこぼれようとしている瞬間だった。
「魔導具の火を消し忘れてた!」
魔力がガスみたいに可燃性なのかはわからないが、急いで魔導具内に供給されていた魔力を止めて火を消す。
「ふう~危なかった」
火の始末を無事に済ませた後に気になるのは、レティシアと一緒に食べるはずだったスープだ。
煮込みすぎて味がおかしくなっていないだろうか。
「……こっちも大丈夫……良かった」
味も色も香りもとくに目に見えて落ちているものはない。
「どうだったか?」
近づいてきたレティシアが心配そうにたずねてくる。
「スープも無事だったよ」
「それは良かった」
「もちろん中に入っている肉もね」
懲りずにまたからかってしまう。
「龍之介、肉になって私の糧になってくれるか?」
レティシアから出てくるオーラみたいなものが殺気を帯びたような気がした。
「……やめておきます」
からかうの度が過ぎないようにしないと。
「それはそれで、料理できたよ」
オーブンのデザートも煮込んでいたスープも完成した。後は盛り付けるだけだ。
「レティシア、悪いけど二人分の皿とカップを出してくれないか?」
声をかけたがレティシアからの返事はない。
どうしたのだろうか。
「はあ……なんて良い匂いだ」
もしもし?レティシア?見えていないものが見えているような目をしているけど大丈夫か?これ。
「おーい」
不安になってきてさっきより少し声を大きくして声を掛ける。
「っは!皿だなわかった今出す」
正気に戻ったらしいレティシアは皿を出しに動きだした。
「何を鼻を押さえているんだ?」
レティシアが小首を傾げる。
「いや大丈夫少し考え事をしていてね、真剣に考えてるとつい鼻を押さえてしまうんだ」
言えない、言えるわけないレティシアが頬をぷくっと膨らませたり尻尾振りながらウキウキと皿を出している姿のダブルパンチで鼻血が出そうになったなんて、さらに小首を傾げる?やめてくれ!ここでアッパーをくらったら尊さで死んでしまう!
理性をフル回転させ全力で鼻血が出ないように努める。
「レティシア、できたぞ、テーブルまで運んでくれ」
鼻血が出るのを必死で抑えレティシアと食べ物を運んでいく。
それぞれ自分の夕飯を対面でおく。
「さあ食べy…」
言う前にレティシアの人差し指が俺唇に当てられた。
「そっちじゃないぞ」
俺の唇に当ていた人差し指で、自分の席の右側にある椅子を指す。
「わかりました」
レティシアを泣かせてしまっているので断るわけにはいかない。テーブル上で俺の分をレティシアの隣の席のほうにスライドさせる。
「失礼します」
続いて自分もレティシアの隣に移動した。
「ここは龍之介の家だろう?なにを緊張しているんだ」
レティシアが俺の顔を覗き込もうとする。
「はい食べる!頂きます!」
尊さで死んでしまわないように急いで手を合わせると食べ始める。
このときついでに俺のほうに盛り付けていた肉はお詫びということで全てレティシアに献上した。
「いただきます?なんだそれはまあいっか、ん!美味い!」
目をキラキラと輝かせ勢い良く食べ始めたそれにつられるようにして尻尾もさらに上機嫌に揺れ出す。
「良かったそれコンソメスープって言うんだシンプルで作りやすい」
俺も自分の作った料理をこんなに美味しそうに食べてくれると作り甲斐があったと思う。
さあ俺もと器を手にとろうとしたときフワフワな感触が左手に伝わってきた。
何を隠そうまたレティシアの至高のフワフワ、モフモフ尻尾が巻き付いてきたのだ。
「レティシアさん!?」
まったく気づいていない食べるのに夢中だ。つまりこの拘束はレティシアの食事がひと段落するまで絶対に外れないわけだ。俺は器を持つことを諦めてフワフワの尻尾の感触を楽しみながら片手で食べることとなった。ちなみに左手のみの拘束はデザートに入る前にといてもらった。
やはり無意識だったようで気づいたレティシアはすっと尻尾を左手から素早く外した。
オーブンで保温しておいたデザートを取り出す。
「これは何というやつだ?」
レティシアは初めて見るらしく興味津々である。
「これはアップルパイってやつだ、なんか料理関係のことはぼんやりと覚えてたんだ」
「ふーんもしかしたら龍之介は料理人だったのかもな、でも家名持ちってことは貴族だし貴族が料理なんかするのか?」
「俺は物好きな貴族だったのかもな特に気にしなくていいよ正直どうでもいいことだし」
レティシアに噓をつき続けるのは胸が痛いが転生ほど馬鹿げたことはないしそれで混乱させるわけにもいかない。
「ほら早く食べないとせっかくのアップルパイが冷める」
俺は手早くナイフでアップルパイを切り分ける。四分の三をレティシアの皿に移し残った片割れをフォークで一口サイズにして口に放り込む。
「そうだったな私も食べるか」
レティシアも俺に倣ってフォークで一口サイズにして食べる。
「!!これも美味い!あと3皿はいけそうだ」
「ああ、ひさしぶりに作ったけどこれは文句なしだな」
あっという間にアップルパイを食べ終え満足気な溜息をもらす。
「さて食べ終わったことだしレティシアも家に帰るだろ?」
レティシアは一瞬名残惜しそうな顔をしたが
「そうだな、帰れなくなる前に帰ろうかな」
レティシアの家は知らないが流石にそろそろ帰らないと危ないだろう。
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