レミントンM700と鹿肉
まず1番に目に入ったのは熊に薙ぎ払われた脇腹の傷。
「やっぱり脇腹の裂傷か。ギリ素人でも縫合できるレベルかな」
露わになった傷口も出血は大分治まり、少し縫えば大丈夫そうだ。
針を
焚火に火を起こし、針を炙る。熱で針を殺菌するためだ。
「命がけで助けたんだから生きていてもらわないと割に合わない。どんなことがあっても俺は君を助ける」
うろ覚えの知識と手先の良さを信じて、慣れない縫合に集中した。
□ □ □
「ん……寝てたか」
縫合を終わらせた後、精神を相当削ったのか、体が限界を迎えていつの間にか寝てしまっていたようだ。
「はぁ……っ」
すぐ近くから苦しげな吐息が聞こえた。
「!?おい、大丈夫か!」
辛そうに顔を歪め、大量の汗をかいて時折呻き声をあげている。彼女の額に置いた手からは火傷しそうなほどの熱が返ってきた。
「熱い、ハンカチとか持っていたかな」
ポケットを探るとタオルハンカチが出てきた。それを川で濡らして絞ると、彼女の頭に載せる。
「傷を受けたせいとは分かるが、何が原因なのか、解決法も見つからない。クソッ。こんな時になって自分の頭の悪さが嫌になる」
悪態をつくが、それで彼女の熱が下がるわけでもない。こうしている間にも彼女の体力は刻一刻と失われていっている。
「助けるって言ったんだから守らせろ!」
ぬるくなったハンカチを再度川の水に浸けて固く絞り、全身の汗を拭いてやる。
「これで少しは楽になるか」
無駄な汗を拭いたことである程度は熱を下げる効果が得られるだろうが、こんな応急措置じゃこのままでは命が危ないことには変わりない。
「なにか手だてはないか……」
「大変そうだね~☆龍之介」
「!?」
振り向くと、さっきまで何もいなかった場所に無邪気な微笑みを浮かべたロリ神が立っていた。
「な、なんでここに・・・」
「なんでとは失礼な~。1日の終わりに様子を見に来てあげたってのに☆」
跳ねるように歩くロリ神は彼女の傍までやってきて顔を覗き見る。
「これはこれは・・・このままじゃこの娘今日中に死んじゃうね」
真面目な顔をしたロリ神は、残酷なまでの確かな響きを持たせて宣言する。
「そんな・・・。何か・・・何か救う方法はないのか?必要なものがあるなら死んででもとってくる。俺は彼女を絶対に助けると誓ったんだ!」
「そんなこと言われても~。それに龍之介君が死んじゃったら取っても届かないじゃん。でも安心して!私ならこの程度あっという間に治せちゃうから☆ただ足りないものがあるんだよな~?☆」
「何が足りない、何でもする。だから助けてやってくれ」
「じゃあ~。君の命を頂戴☆」
エへッ☆と無邪気に告げる。
「は?」
「ウソウソ冗談☆今回は特別に神様パワーで助けてあげる☆勇者にはパーティーメンバーが必要だもんね☆」
「本当か!?」
「うんホントホント。ただその娘とキスするだけでオッケーだよ☆」
今、ロリ神がこの状況に似つかわしくない言葉を言った気がする。
「今なんて言った?」
「何って、キスだよ、キッス☆王子様からの目覚めの口づけ☆それが1番簡単な方法だよ~」
キスだと?中学の時からクラスの女子と会話ひとつまともに出来なかった陰キャ童貞のこの俺が?この娘に?いやいやいやいや。急いでいる状況なのは分かるけど、さすがにそれは出来ません。
「他に方法ないのか・・・?」
「あるけど『ピー』とか『ピー』とかしないといけないよ?」
見た目は幼いロリ神の口からは出てはいけない単語が出てきたので伏字。
「分かった、分かったから。キスすれば良いんだろ」
そして俺は倒れている彼女の顔を見る。見れば見るほど可愛くて見とれてしまいそうになる。そんな彼女の唇に唇をそっと重ねる。
時間にして2,3秒。体感では100時間ほどの口づけを交わす。
恥ずかしさと罪悪感とよく分からないその他の感情がごちゃ混ぜになりだした頃に勢いよく仰け反る。
「キャ~!お兄さんエッチ~☆」
「・・・何も起きない?」
特に体が光るとか、そういう演出はない。
「そんなことないよ。ほら☆」
ロリ神が指差した彼女の顔からは、苦し気な吐息も汗も無くなり、すーすーと静かな寝息を立ている。
「良かった・・・」
安心した途端腰が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「ありがとな。お前が来てくれなかったら俺は彼女を助けれなかった。・・・って、何ニタニタしてんだ?」
「いや~?アッサリとキスしちゃうんだな~って☆別にする必要はなかったんだけど、ちょっとした冗談だったのに~☆」
「えっ!ちょっと待って」
「はい、これでお兄さんはこの娘の唇を奪った確信犯ってことで☆これからの冒険を楽しんでね~☆」
「あ、ちょ、待てー!」
追いかけようとするが腰が抜けていてすぐに立てない。まごついている間にロリ神は音もなく姿を消してしまった。
「今度会ったらゼッテー仕返ししてやる・・・!」
◻︎ ◻︎ ◻︎
元気な男の子と可愛らしい女の子が2人で、鬼ごっこをしている。のどかで、平和で、こんな日がずっと続いて欲しいと心の底から願う。しかし、現実とは残酷なものだ。2人の後ろに現れた、真っ黒い悪夢の入り口が底なし沼のような口を開けながら、ゆっくりと2人を飲み込んでいく。
(ダメだ。今すぐ逃げるんだ!そこから、逃げるんだッ!)
声は届くことも無く、俺の視界は黒に染まっていく——————
◻︎ ◻︎ ◻︎
「ッ!!ハアハア...また、あの夢か」
気が付けば空が赤く夕日に染まっていた。また寝落ちしていたらしい。ただ、焚火が消えていないので長い時間寝ていたわけではなさそうだ。頭を触ると、じわっと汗が滲んでいた。
未だに悪夢として出てくるあの光景。俺の人生の転換点。出来ることなら、消してほしい思い出。
でも、この記憶が消えると、俺は俺で無くなってしまうから、どうしても捨てきれない。
眠気でぼーっとする頭を振り前を見ていると、視界の端にキラっと何かが瞬いた。
「手を上げろ」
半分に折れた剣が、俺ののど元にあてがわれていた。先程とは違う冷や汗をかきながら、そっと手を上げる。
彼女は俺をあくまでも冷静に睨みつけていたので、少しだけ牽制してみた。
「覚えてない?」
「何のことだ」
「さっきでかい熊に襲われたこと」
それを聞いた途端、彼女はバッと俺から離れると、辺りを警戒し始めた。あまりにも綺麗な慌てっぷりに思わず笑いが漏れる。
「あいつは、あいつはどうなった!」
「そんなに近づかなくても教えるから」
気絶する前の熊が脳裏に焼き付いているのか、勢いよく俺に詰め寄ってきた。思わず一瞬ドキッとしたことは認めよう。さっきのあれがフラッシュバックしてしまうんだ。許せ、思春期。
右側の方を指すと、死闘を繰り広げた大熊の死体が転がっている。ロリ神が消しといてくれたのか仕様なのか、そこら辺に放置していたデグチャレPTRD1941は消えていた。
「あれはお前が倒したのか?あいつはドーラグリズリーと呼ばれる魔物で、よほどの手練れじゃなければ倒せないはずだが」
「そうなんだ。なんかまずかった?」
「いや問題ない。ところでこの傷はお前が縫ったんだな」
「そうだけど」
瞬間空気が凍り付いた。
「そうか・・・つまりお前は、私のを、見たわけだな・・・?」
その瞬間悟った、自分のしでかした事を。彼女の顔はしっかりと笑っていたが、背景が全然笑っていなかった。
「いやいや見てない見てません見てないです神に誓いますもし噓だったら切腹します!!」
俺はそれ以上のことをあのロリ神のせいでやってしまったわけだが不可抗力ってことで許してもらおう。・・・あれ?俺そうとうは事してね?日本じゃそくお巡りさんとパトカーデートコースだぞ?
「切腹?・・・・・・まあ、命を助けられたことに免じて、今回は許してやろう」
顔では鬱憤が露わになっていたが、一応彼女の口からお許しの言葉を貰い、首の皮1枚繋がった。
「では、これにて失礼させてもらう。助けられたことは貸しで頼むよ。生憎今は手持ちがなくてね。君に返せるものなんてないからな」
彼女はそう言うとすくっと立ち上がり、スタスタ立ち去ろうとする。
「まって、また傷口が・・・」
しかし、3歩も行かないうちにその場にぶっ倒れた。慌てて彼女が起き上れるように手を差し出す。
「不覚っ!まさか人前で倒れるとは」
なんか武士みたいなことを言っているが、いくら縫合したとはいえ重症なのだ。無理もない。実際1回死にかけている。
「傷は相当深かったから、しばらく休んで行けば良いよ。出立は明日でも遅くないはずだ」
「しかし、そんなことをしてはますます君に迷惑を・・・」
「こっちもあの熊に殺されそうになったのを助けてもらったんだから、これくらい気にしなくていいよ」
「しかし・・・」
「いいから!俺も助けて貰った恩を返したいんだ。受け取ってくれないか?」
「・・・わかったよこの傷が癒えるまで世話になる」
「おう!世話にさせるぜ。んじゃ、俺は食べ物を探してくるよ」
「待て。私も手伝おう」
「怪我人は安静に!」
しょぼくれる彼女を置いて俺は川へ向かった。
「さてと、怪我人もいることだしそこそこ栄養価のあるものを捕りたいものだけどな」
昨日の戦闘で、残り1匹の焼きうさぎもどこかへ吹っ飛んっでいってしまった。無くなったものは仕方ない。明日からのストックも欲しいし、大漁といこうか。
□ □ □
日が沈み、山の中は真っ暗になった。さっきの熊みたいな動物がどこから襲ってくるかぐらい分からないと、圧倒的に不利になってしまう。
「暗視機能が付いた双眼鏡を作るか。どこから熊が出てくるかわからないし、熱源を感知できるようにサーモグラフィ機能も付けて・・・っと、できた」
あまり見栄えは良くなかったが、目的の機能は使えそうだ。
「そろそろ遠距離から撃てるようにしなきゃな。毎回至近距離で撃ってると、毎回命に危険が及ぶからな」
っということで、銃身長26インチのレミントンM700(スコープ付き)を手にしばらく歩いていると、今晩のメイン食材として不足無しの獲物を見つけた。
「距離は200mくらいかな?鹿っぽいのが1匹いるな。結構でかいけど、解体して無駄な所は埋めれば何とか運べるな」
スコープを覗くと立派な巻角を持った鹿が1匹佇まっていた。458WinMag…M700が撃てる最大の弾丸である。
「凄いな、流石は異世界。自分が撃ちたいと思った対象に風とか諸々入れてゼロインにしてくれてる」
予想していなかった新機能に感心しながら引き金を引く。狙いたがわず鹿の頭に命中し即死させた。
苦労してそれぞれの部位に切り分け、後始末をした後、戻ってくるまでに1時間かかってしまった。
「待ちくたびれたぞ。お前がまるで子猫のように置いていくものだから寂しいし、それにお前が何か怪我でもしていないかと心配したぞ」
「大丈夫、俺は別に怪我とかしてないよ。それよりもそっちが心配だ」
彼女はちらっと脇腹のあたりを見る。
「そうだな・・・あと1週間ほどで完治するだろうな」
「そうか、じゃあそれまでは安静にしとけよ?あ、それと、1週間もいるんだから気楽にしていいんだぞ?」
「気遣い感謝するが、これが普通なのでな・・・ん?この肉はビックホーンディアか?よく仕留めれたな。こいつの肉は焼くと美味い」
彼女は相当お腹が空いているのか、手がフラフラと肉に近づいている。お腹も可愛らしい音を奏でている。恐らく無意識なのだろうが、早く焼かないと生のまま食べてしまいそうだ。
「じゃあ早速焼こうか」
特に調味料はないのでそのまま串焼きで頂く。頂きます。言うと大きく一口頬張る。噛めば噛むほど口の中が肉汁で満たされていく。ジビエ料理は生臭いと有名だが、この肉は全く感じない。むしろ香ばしい匂いが食べても食べても食欲を刺激してくる。
「確かに美味いな!って食べるの早っ!」
俺が美味しさに浸りながら串焼きを1本食べている間に、彼女は3本も食べていた。恍惚としたその表情は、満足以外の何物でもなかった。
「「ふうー」」
そのまま残りの肉もあっという間に平らげ、俺たちは揃ってケプッと小さく息をつく。
ふと、俺はまだ自分が名乗っていないのに気が付いた。
「そう言えば名前を名乗っていなかったな。俺は今井龍之介だ。龍之介が名前で、今井が苗字だ。出身は・・・極東の方だ」
「ん、そうだったな。私はレティシアだ。こんな田舎に家名持ちがいるなんて珍しいな」
「そうなのか?家名は貴族ぐらいしか持ってないのか?」
「ああそうだ。この国では王族や貴族しか家名を持っていない。しかもその大半は王都にいてこんな所にはいない。リュウノスケは極東人のようだが、ここでなにをしていたんだ?」
ロリ神に転生させられたなんて言うわけにはいかないので、適当に誤魔化す。
「それが、気が付いたらこの辺りに立っていたんだ。覚えているのも名前とちょっとしたことだけだ」
「不思議なこともあるのだな・・・そうだ!リュウノスケは行くところがないのだろう?なら、私の村に来ると良い。ここから歩いて1時間ほどのところにあるんだが、どうだろう?」
お礼もしたいしな、と言うレティシアの誘いに俺は喜んで、と笑顔で頷いた。
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