よいやみのなかでわらう
家賃水光熱費は折半、家電と家具は同じくらいの費用になるよう分けて買った。ここから出ていく時はそれぞれの家電と家具を持っていくことにした。
因みに雪柳家へ挨拶に行くか、という話では。
「しなくて良いって」
「それは本当に行かなくて良いやつか?」
「目白を試してどうすんの」
「確かに」
冷静になり、良い贈答菓子を雪柳の実家に送った。目白の両親がトラックで家具を運んでくれたこともあり、雪柳は挨拶をしていた。
雪柳の母、華名は二人が入居する前に家だけを見に来ていたが、目白たちが来た頃には母は帰っていた。
大学生活が始まると、面白いくらいに二人はすれ違った。
同じ文系だが学部と生活スタイルの違いがあることから、平日一度も顔を合わさず終えることもあった。
雪柳は夜型で、0時以降に眠りにつく。風呂に入るのも夜で、朝はギリギリまで寝ており、休みの日は昼まで起きない。目白は朝型で、バイトから帰ったらすぐに眠りにつき、朝にシャワーを浴びる。平日休日関係なく朝は早く起きて、雪柳が持ってきたベランダの苺に水をやる。花が落ちて、実が大きくなっていくのを見るのが楽しみになっている。
お互い自室を持ち、リビングは共用。雑費や食費は自分で持つことにしたが、どちらも金欠なので結局自炊して料理を分けたりして、持ちつ持たれつだ。
「あ、目白ママ」
食堂で目白の姿を見つけて近付く。目白も顔を上げた。
その横には樋野ではなく、目白と同じ学部の男子が座っていた。目が合ったが、雪柳は逸らして目白へ顔を向ける。
「なんか久しぶりだな」
「ね。この前の肉巻き美味しかった」
「だろ、この前行った居酒屋で出てきて美味かったやつ」
「再現したの? ゆたぽん天才」
「ゆたぽん言うな」
目白の隣に座ろうかと思っていたが、連れが居るのなら止めようと離れようとした。
「目白の彼女?」
「いや。高校一緒」
「超美人だね。読モとかやってんの?」
尋ねるのが名前でも学部でもなくそれか。
内心呆れながら雪柳は少し笑って首を振る。
「マジで? 彼氏いる?」
「同じ学科の海堂、最近合コン行ったけど彼女できなくて募集中の男」
目白の紹介に、へえ、と雪柳が頷く。目白が海堂の方へ視線を向けた。
「高校同じだった雪柳、文学部」
「なら、樋野も同じか」
「うん。樋野は考古学科で私は日文」
「あと俺と海堂も同じ学友会」
「あの生徒会と文化祭実行委員を合体したみたいなの?」
「言い方はあれだけど言わんとすることはわかる」
目白は学友会という、雪柳の説明したように学祭やスポーツ大会や夏祭りなど、行事に関するところで主体となって動く委員会に入った。つまるところ、生徒会のもっと手広くやる場所だ。一方雪柳は陶芸サークルに江長と共に所属した。二週間に一度の活動で、好きに陶芸作品を作るという緩いところが魅力的だった。
「樋野にも会わないっていうか姿すら見かけないんだけど、大学来てる?」
「一応いるけど、あいつ合唱部入ったらしくて練習漬けで俺もあんまり会わねえな」
「樋野って謎の生態してるよね。なんか生きることに手抜いてそうだけど、興味あることには熱心で。まあ江長ちゃんとエンカウントしないなら良いんだけど」
未だに江長には会っていない。江長も樋野が同じ大学に来ているとは知らず生活している。このまま平穏に過ごせれば良いのだが。
目白は隣の椅子に置いていた荷物を退かし、下ろした。雪柳はするりとそこへ座る。
「飯持ってきたんか」
「ううん、学食食べる」
荷物を見ていて欲しくて目白の横を狙っていた。財布を持ち、雪柳はルンルンと券売機の方へ歩いて行く。
親子丼を持って戻ると、海堂の姿が無くなっていた。
「先輩に連行された」
「罪でも犯したの?」
「部室の鍵を寮に忘れて取りに行った」
「それは罪深い」
いただきます、と手を併せて親子丼を頬張る雪柳。頬杖をつきながらその横顔を見る目白。
座って昼ご飯を食べているだけでも視線を集めている。見慣れた横顔だが、惚れた強みか、ずっと見ていられる。
「大学入って告白されたか?」
「んーされてはないけど、連絡先は聞かれる」
「躱せてんのか」
「江長ちゃんが入ってくれたり、てきとーに逃げたり」
「大変だな」
「高校の時に比べたらちょっと楽かも。毎日顔合わせるわけじゃないし、気まずくない」
高校の頃は嫌でも同じ階で授業を受けるので、廊下や階段ですれ違うことがある。しかし大学では毎日違う授業なので、姿を見かけることはあっても静かに避けることが可能だ。雪柳にとっては幾分か生きやすくなった。
目白は鞄からペットボトルを取り出す。
「なんかあったら言えよ」
「学友会の職権で追放してくれる?」
「そんな権利はねえよ」
「じゃあ目白が私の代わりに告白断ってくれる? うちの娘に近寄らないでくださいって」
「良いけど違う意味で誤解されそうだから止めとくわ。二人とも深傷を負いそうだ」
「あ、あと」
まだ何かあったのか、と目白はペットボトルを口につけながら雪柳を見る。
「苺に水遣ってくれてありがとう」
ボトルの口から出たお茶をそのまま零しそうになった。
新しいバイト先もまた中華食堂のキッチンになった。経験があることを伝えれば、快くキッチンへと回してもらえた。夜の締めを終えて家に帰れば、珍しく電気が点いていた。
短い廊下を通り、ダイニングキッチンへと行く。テレビでやっている金曜ロードショーを観る目白がいた。
「おかえり」
「ただいまー。アルポルトだ、2?」
「ああ。アクションが強い回」
「目白が遅くまで観てるの珍しい」
「これを観て寝ようと思ってた」
CMに入り、目白が雪柳を見上げる。ダイニングキッチンには、一つのテーブルと二つの一人掛けソファーが置かれていた。雪柳はもう一つに座る。
「アルポルト4やるらしい。週末公開」
「え、そうなの? 楽しみ」
「行くか?」
「行こ!」
壁にかけられたカレンダーには、二人のバイトの予定や外出予定が書き込まれている。ぽっかりと空いた日曜を確認した目白の提案。
「映画行くの久しぶり。なんで映画館とゲーセンって併設してるんだろうね、いつも入っちゃう」
「あー……プリクラとかに引っ張られるあれが辛いよな」
「え、目白プリクラ撮ったことあるの? 私ない。見せて」
「ねえよ捨てたわ」
「あ、なるほど……」
「やめなさいその察した顔」
「可愛い元彼女との思い出なのね」
「黙ってろ」
本編が始まったが、二人はテレビへ向くことなく話し続ける。雪柳は楽しそうに笑った。
「デートの定番だろ、映画行ってゲーセン入るの」
「私デートしたことないし」
「ああそういう……は?」
目白と海へ行ったのは、デートでは無かったのか?
いや、それは今は置いておく。雪柳は首を傾げ、目白は眉を顰める。
「中学の時も?」
「そもそも恋人いたことないもん」
「告白されてたろ。付き合いたい男子とか居なかったのか?」
中学。遠い昔のことのようなのに、記憶は波のように押し寄せる。返っていってくれないのだけが、難点だ。
雪柳は一瞬遠い目をして笑った。
「うーん、振られたというか……」
「お前が? 相手、生徒だよな?」
「同級生だったけど……。目白は元彼女に告白したの?」
話題をすり替える。しかし、それに目白が流されるわけもなく、話題は続行だ。
「その話はいい。お前、中学の時からそうだったのか?」
「そうって」
「好きとか、信じられないって」
宵闇。暗く、月が見えない。
雪柳は立ち上がった。
「目白は、私のこと好きじゃないよね?」
目白は咄嗟に返答ができなかった。雪柳の瞳の奥が夜のように昏く、見たこともないほど揺れていたので、答えるしかなかった。
「だから一緒にいるんだろ」
その答えに安堵する。
夜の闇の中で雪柳が笑うので、それ以上何も言わず、目白はテレビへと視線を戻した。
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