悪代官さまと越後〇さま

信仙夜祭

悪代官さまと越後〇さま

「越後〇……、お主も悪よの~。くっくっく」


「いえいえ、悪代官さまには敵いませぬ。ぬふふ……」


 そう言って、二人が笑い出した。


 私は、庄屋のしがない小間使い。13歳の美少女だ。名は、お玉。

 自分で、『美少女』と言うな?

 看板娘なんですけど?

 それに、悪代官さまにも覚えがいい。

 この容姿に生んでくれた両親には、少しだけ感謝するけど、奉公に出されたので、尊敬はしていない。


 そして、今日は月一の会談だ。

 悪代官さまが、嘘の情報を流して、私の主人である越後〇さまが、薬やお米の価格調整を行う。

 町民は、皆知っている事だ。

 でもこの町では、越後〇のお店でしか買えない様になっている。

 商売敵は、ことごとく閉店に追い込み、他の街から商品を運んで来る人は、荒くれ者に襲わせる。

 こうして、この町は成り立っていた。


 悪代官さまが、お帰りになる。

 私は、お見送りだ。

 営業スマイルを送ると、頬を撫でられた。

 とても嫌だけど、遊郭に売られるのだけは避けたい。

 ここは、甘んじて受けた。

 そして、悪代官さまが帰られた。


「お玉、今日もご苦労だった。今日は休みなさい」


「はい、ありがとうございます。越後〇さま」


 ふう~。緊張した。

 もう寝よう。

 体を拭いて、自分の大部屋に移動する。


「「「お疲れさま、お玉ちゃん」」」


「うん、ありがとう」


 同室の娘が、布団を敷いてくれていたので、横になる。


「今日も何もなし? お玉ちゃんは気に入られていそうなんだけどな~」


 皆分かってないな~。悪代官さまも、越後〇さまもそんな人じゃないんだよ。


「二人共、愛妻家なのは知ってるでしょ? 私なんか目に入ってないって」


「「「ふ~ん」」」


 悪代官さまも、越後〇さまも、根はいい人なのだ。

 私だけが知っている。

 悪どい方法で、お金を巻き上げているけど、それを還元しているので、この町は好景気なんだけどな。

 それと、私達みたいな、行き場のない娘を数百人も抱えてくれている。

 縁談が決まれば、町はお祭り騒ぎとなる。

 ここは、私達にとって天国と言っていいところだった。


「寝よう。明日もがんばろうね」


「「「うん」」」


 下を向いて歩く娘などいない。私達は、胸を張って生きていられた。





 悪代官さまが、捕まった……。

 連座制で、越後〇さまもだ。


 そして、河原で晒し首だ。

 町民は、石を投げて、罵詈雑言を発していた。

 私は、我慢できずに泣き出してしまった。その場に崩れ落ちる。


「お嬢ちゃん、辛かったんだね。でも、もう大丈夫だよ」


 知らないおばさんが、声をかけてくれた。

 誰も、悪代官さまと越後〇さまの功績が分からないんだ……。

 私は、震える体を無理やり動かして、庄屋へ帰った。


 庄屋は、役人が入って来て、家探し中だ。

 蔵を開けるけど、商品しかない。


「金だ、大判小判を探せ!」


 この人達も、分っていない。

 越後〇さまは、お金を手元に置かない人だった。

 収入があれば、そのほとんどを品物に変えていた。そのうち、帳簿が調べられて、後から知られる事になるんだろうな……。


 私と言うか、私達は、離散となった。

 他の庄屋へ移る者、故郷へ帰る者、遊郭へ向かう者……。

 私達の居場所は、無くなってしまった。


 私は、隣町の庄屋へ奉公へ行く事になった。

 若旦那に見初められたんだ。

 妾だけど、断れなかった……。





 一年が過ぎた。

 私は、数日の休暇を貰い、以前住んでいた町へ向かった。

 そして、知ってしまった……。


「お店が、ほとんど閉まっている?」


 町に活気はなかった。

 越後〇さまの庄屋は、他の商人が貰い受けて商売は継続のはずだったのに……。

 新しいお代官さまも、清廉潔白を地で行く人で頭が固く、融通が利かないんだとか。

 全然お金が回らなくなり、町は一年で経済破綻。

 新しい庄屋さんは、夜逃げしたらしい……。

 商人だけでなく、農民や職人もこの冬を越すために物資をかき集めているのだとか。

 もっと酷いのが、お役人さまかな。リストラの嵐で、治安が悪くなり始めているらしい。

 井戸端会議の近くを通り過ぎる。


「越後〇さんの時代は、良かったよな~」「「「んだ、んだ」」」


 私は、その人達を睨みつける。

 石を投げた癖に……。

 罵詈雑言を浴びせたいけど、ぐっと飲み込んで、歩を進めた。


 墓前に着いた。

 私は、墓前にお花を添えて、両手を合わせた。


「皆、後から知ったんだ。遅いって。悪代官さまと越後〇さまは、この町の英雄ヒーローだったのに……。でも、私だけが知っていればいいか。

 私だけの英雄ヒーロー

 悪代官さま、越後〇さま。お玉は、今日も上を向いて歩けています。感謝しております」


 また、来年もお墓参りに来よう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪代官さまと越後〇さま 信仙夜祭 @tomi1070

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ