8 天使

 のからだ全体からはっせられている光で、さっきまでうす暗かった廊下ろうかは、電灯がついたみたいに明るくなっていた。

 身長1メートルほどの人のかたちをしたの背中には一対いっついの真っ白いつばさが生えていた。翼同様どうように全身も真っ白で、両方の目の中にも黒目くろめはなかった。

 その見た目のせいで、フミカはを〈天使〉だと認識にんしきした。が、天使からつたわってくるものは、慈愛じあいやあたたかみではなく、こおりつくような冷気だった。「冷酷れいこくさ」といいかえてもいいかもしれない。フミカは全身に悪寒おかんが走るのをかんじた。

 おそらくこの天使も、すべらせ坊や岩男いわおとこらとおなじ超自然ちょうしぜん的な存在にちがいないのだろうが、妖怪たちにくらべて圧倒あっとう的な〈かく〉のちがいをかんじた。妖怪たちが河原かわらころがる小石なら、この天使は川をせき止めるほど巨大な岩だ。たぶんくらべものにならないくらい、強い。

 天使はフミカのほうに体の正面しょうめんをむけて立っていた。観察かんさつしているのか、しばらくフミカをみていた(ようにフミカには感じられた)。

 天使がゆっくりと口をひらいた。体の白さとは対照たいしょう的に口の中は真っ黒だった。

やみ──)フミカはおもった。

 闇の中に小さな青い光の点があらわれた。点はどんどん大きくなり、天使の口の中は青い光でいっぱいになった。

(──殺される)フミカは直感ちょっかんでわかった。

 天使の口の中の青い光は、青い光線となって、フミカにむかってはなたれた。フミカは反射はんしゃ的に目をつぶった。

 はげしい衝撃しょうげき爆発ばくはつ音に体がゆれた。

 フミカはゆっくり目をあけた。

(まだ死んでない?)

 横をみると、廊下の窓側まどがわかべがなくなっていた。

 目の前にはだれかの背中があった。銀髪ぎんぱつがゆれている。

(──さっきの女の子)

 少女の肩ごしに前方ぜんぽうをのぞくと、少女は天使にむかって両手をつき出していた。

(「止まれ」のジェスチャーだろうか?)とフミカはおもった。しかしそんなジェスチャーが通用する相手には到底とうていおもえない。

 天使はふたたび口をけた。そこが見えない穴みたいだった。穴の中で青い光がふくらんでいく。

(今度こそ終わった)

 ふたたび青い光線が発射される。が、少女がつき出していた両手の手前で光線ははじかれ、軌道きどうを変えた。一瞬だが、少女の両手の前に光のたてのようなものがみえた気がした。

 光線は床と教室側の壁を破壊はかいした。廊下の床がくずれ、フミカと少女は一階に落ちた。

 少女は華麗かれい着地ちゃくちに成功したが、フミカはおしりをおもいっきり打った。

「いったあい」

 フミカがいためたおしりをさすっていると、少女は今おちた天井てんじょうの穴にむかってジャンプし、軽々かるがると二階へもどっていった。信じられないジャンプりょくだ。

 そのあとしばらくのあいだ、二階の様子をうかがっていたが、しーんと静まりかえったままだった。天使も銀髪の少女もどこかへ行ってしまったらしい。

 不意ふいに、フミカは視線しせんをかんじた。だれかがこっちをみている。そちらのほうをみると、すべらせ坊と岩男が立っていた。

(はあ、ほっとするヒマもない)フミカはうんざりした。

 すべらせ坊と岩男がこちらに突進とっしんしてくる。が、おしりが痛すぎて、フミカは立ち上がることができなかった。

(ああ、は本当に終わった)フミカはなすすべなくその場にすわりこんだ。

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