7 銀髪の少女

 フミカは校舎の二階の教室の中で、ひとり息をひそめていた。ソウタとカジとは、校舎内をにげまわっているうちにはぐれてしまった。

 下の階からすさまじい音がきこえてくる。岩男いわおとこ建物たてものをこわしている音だ。フミカは、校舎がくずれおちないか、心配になった。

 とおくから悲鳴のようなものがきこえた。

(ソウタ? カジ君?)

 フミカにはどちらの声か判別はんべつできなかった。

 しばらくして、別の方角から、また悲鳴。そして、静寂せいじゃく。さっきまでの工事現場のような騒音そうおんがうそのように、あたりはしずまりかえった。

(なんで急にしずかになったの? ふたりはどうなった?)フミカは恐怖に押しつぶされそうだった。

 そのときだった。

 フミカの視界しかいのすみっこに、なにやら黒いシミがあるようにかんじた。シミのほうへ視点をうつすと、シミだとおもったものは黒い楕円形だえんけいだった。およそ1メートルくらいの〈黒い円〉が、黒板の前の空間にぽっかり。円のところどころに、銀色の点がキラキラとまたたいている。

(え? いつからそこにあった?)フミカはおもった。

 フミカは黒い円にちかづいてみた。ふしぎと危険はかんじなかった。円にあつみはなかった。横からみると一瞬消えたようにみえるほど、厚みゼロだった。

 そうしているうちに、黒い円は大きくなっていき、2メートルほどの大きさになった。

 ブュン。

 SF映画にでてくる〈光るビームソード〉をふったときのような音がした。ひとりの少女がその黒い円から飛びだしてきた。銀髪ぎんぱつショートヘアの下には大きな黒いひとみ。白いそでなしのシャツと白いショートパンツから長い手足が伸びていた。くつはゴツい黒のブーツだった。としはたぶんフミカと同じくらい。

(かわいい)

 それがフミカの少女に対する第一印象だいいちいんしょうだった。フミカは、さっきまでの恐怖がどこかに消えていることに気がついた。

 少女は教室の床の上にふわりと着地をすると、あたりを見まわした。少女がフミカの存在に気がつき、少女とフミカは目があった。フミカはドキッとした。が、少女はフミカに関心をしめすことはなく、すぐに視線をはずし、教室の外へと走りってしまった。

「待って! あぶないから!」

 フミカは少女のあとを追って教室をでた。しかし、廊下に少女のすがたはすでになかった。

「!」

 背後に気配をかんじた。フミカがゆっくりとふりかえると、そこにソウタとカジが立っていた。

「よかった。二人とも無事だった……」そこまで言いかけて、フミカは二人の様子がおかしいことに気がついた。表情が能面のうめんのようにかたい。

「けええええええ!」

「ぐがががあああ!」

 とつぜん、ソウタとカジはけもののような雄叫おたけびをあげた。と同時に、二人の姿が変化していった。ソウタの服が袈裟けさ姿すがたに変わった。カジは体全体が土色になり、大きい体がさらに大きくなった。

 ソウタは妖怪すべらせ坊の姿に、カジは妖怪岩男いわおとこの姿に、なった。

 しかし、妖怪の顔に、どことなく二人の面影おもかげがのこっているようにみえた(すべらせ坊の顔にはソウタのメガネがあったし、岩男は気弱そうだった)。

 フミカはまたかたまりそうな体に「動け!」と心の中で命令した。ここでかたまってたら、おわる。フミカは勇気をふりしぼって、二人のあいだのすりぬけた。廊下を全速力で走る。うしろから妖怪になってしまったソウタとカジが追いかけてきているのがわかる。フミカは飛ぶように階段をくだり、一階にでた。二人がやってくる前に、すぐわきにあるトイレににげこんだ。

 フミカは息を殺して、耳をすました。ふたつの雄叫びがこっちにちかづいてくる。雄叫びは、トイレの前をとおりすぎると、だんだん小さくなっていった。

「はあああ」肺にたまっていた空気を一気にきだす。フミカは止めていた呼吸を再開した。

(どうしよう?)

 このままトイレにこもってかくれていることも考えたが、トイレの中だとみつかったときに逃げ場がないことが不安だった。結局、ここからでることをえらんだ。

 トイレの出入り口から顔をだして、あたりの様子をうかがう。妖怪の気配はない。フミカはトイレから出て、来た道をもどり、二階にあがった。

 そのときだった。まばゆい光がフミカの両目をした。

 フミカは最初さいしょ、先生のだれかが懐中電灯かいちゅうでんとうをもって助けにきてくれたんだ、とおもった。しかし、ちがった。

 そこにいたのは先生ではなく、〈天使〉だった。

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