6 すべらせ坊と岩男

「なんだこれ? 停電ていでんか?」ソウタが廊下ろうかにでてきた。

「停電じゃないでしょ。はじめから電気なんてついてなかったじゃない」

「ああ、そういえばそうか」

「ちょっ、おいてくなよソウタ」カジがあわてて廊下にでてきた。カジくんって、体は大きいくせに気はちいさいのね、とフミカはおもった。

「はやく外にでよう」フミカはソウタとカジにいった。

「え? いや、おれらまだ調査ちょうさがあるから──」といいかけたところで、

「そんなこといってる場合じゃない!」フミカが怒鳴どなった。

 二人はきょとんしていた。フミカは二人の返事をまっていることすらもどかしかった。

「なんでもいいからはやくここからにげなくちゃ。来ないなら私一人で行くから」フミカは二人をおいて走りだした。

 カジはそわそわとおちつきなく、

「ソウタ。おれもやばい気がする。はやくにげたほうがいいよ」

 といった。

「いやいや、これからまだ──」

 といいかけたソウタの手首を、カジがつかんだ。

「いたたたた!」カジの怪力でソウタの手首はにぎりつぶされそうになった。

 カジは有無うむをいわさずソウタを強引に引っぱって、フミカのあとを追った。

 フミカたちは五年生の教室がある三階から階段をかけおりて、正面しょうめん玄関ホールにでた。玄関ホールのドアは全部しめられていた。

 フミカはいちばんちかくのドアのをにぎって押してみたが、まったくうごかない。まるで壁にとりつけられた取っ手を押しているかのようだ。力いっぱい押したり引いたりしてもまったくダメだった。

「びくともしない……」

 恐怖にかられたカジは、手当てあたり次第しだいにすべてのドアをためしてみた。結果はおなじだった。最後には、両手でドアの取っ手をにぎり、力まかせにドアをあけようとした。ゴリラを連想れんそうさせる力強さはあったが、ドアはピクリともうごかなかった。

「はあはあ……ダメだ」カジは息を切らしながらいった。

「あっちに行ってみよう」フミカは西側にあるもうひとつの玄関ホールへと二人をうながした。

 西側玄関までの廊下は不気味ぶきみなほど暗く、非常灯ひじょうとうのあかりだけがぽっかりうかんでいた。

 先頭を走っていたフミカがいきなり立ち止まって、両腕をひろげると、うしろを走っていた二人を制止した。フミカの腕がちょうどみぞおちにぶつかって、二人はしばらく息ができなかった。

「なんだよ、急に止まるなよ」ソウタが抗議こうぎした。

「なにか、いる」フミカはいった。

 三人は目のまえの暗闇くらやみをにらんだ。

 べちゃ、べちゃ、という音がする。

 にらみつけた暗闇の中に人影がうっすらとみえた気がした。三人はあとずさった。

 べちゃ。べちゃ。

 非常灯にてらされ、の姿を目でとらえることができた。おぼうさんのような袈裟けさを着た老人だった。ニタニタと気味のわるいみをうかべ、両手でなにかをこねている。こねるたびに「べちゃ、べちゃ」という音がした。

「すべらせ坊」ソウタがつぶやいた。

「え?」フミカがききかえした。

「妖怪すべらせ坊。あいつの名前だ。でもなんで? 河原かわらにいるはずの妖怪なのに……もしかしてこの場所に引きよせられた?」

「引きかえそう!」カジが叫んだ。

 三人は正面玄関へと走った。

 正面玄関につくと、ホールのどまん中にさっきはなかった巨大な灰色はいいろのかたまりがあった。見上げるほど大きさだ。おそらく2メートル以上はある。それは岩だった。

(なんでこんなところに岩?)と三人ともおなじことをおもった。

 と、そのとき校舎こうしゃがゆれた。地震じしん? いや、どうやらこの岩がうごいているようだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 震動しんどうがどんどんはげしくなっていく。

 岩の表面がもりあがって二つのができた。こぶはどんどんとのびていって、それが二本の腕になった。次に岩の底から二本の足が生えた。岩が人のかたちになった。人型ひとがたに変形した岩は、玄関ホールの天井にぶつかって、天井にとりつけられていた蛍光灯をわった。

岩男いわおとこだ!」ソウタがいった。

「こっちにくるぞ!」カジがさけんだ。

 岩男は下駄箱げたばこを押したおしながら、三人のほうへむかってきた。

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