5 MRI

 フミカが校門のインターホンのボタンをおすと「はい。職員室しょくいんしつです」と声がした。女のひとの声だったが、どの先生かまではわからなかった。

「5年2組の相馬です。忘れ物をしてしまったのでとりにきました」

「17時で鍵をめるからいそいでね」

「はい」

 玄関でうわばきにきかえて、校舎内にはいる。玄関のかべかけ時計の針は4時52分をさしていた。あと8分で鍵をかけられてしまう。フミカは早足で廊下をすすんだ。

 廊下は西日がさしてまぶしかったが、5年2組の教室にはいると日の光はさえぎられ、中はうす暗かった。ちょっとこわかったが、フミカは気をとりなおして自分の席へとすすんだ。

 宿題のプリントは机の中にあった。

(よかったあ。でも……だれもいない教室……なんかきもちわるいからさっさと帰ろ)とフミカがおもった。そのときだった。

 ガタン!

 教室の前のほう、教卓きょうたくちかくで物音がした。

「きゃっ」フミカのみじかい悲鳴をあげた。

(そういえば……)とフミカはおもいだした。

(朝の会で先生が、「さいきん学校のまわりで不審者ふしんしゃがうろついているという情報じょうほうがあります。みなさん、下校のときなど気をつけてください」といってた。もしかしたら不審者!)

 フミカは物音がしたほうをじっとみつめる。というより、こわさのあまり目をそらすことができなかった。

 しばらくすると、ぬっとふたつのかげがあらわれた。片方だけが異様いように大きく、大人と子供の二人組のような影だった。フミカは恐怖のあまり声を出すことさえできなかった。

(にげなきゃ)

 そう思っても体が動かない。

「ごめんなさい」大きいほうの影がしゃべった。

(え? 子供の声?)フミカはおもった。

「ぼく、3組のカジといいます。びっくりしましたよね? ごめんなさい。おどろかすつもりはなかったんです。ちょっとしらべものをしてて。すみません」

 かじヒデキ。かれは学校の中でも一番の体が大きいことで知られていた。高さだけではなく、横幅よこはばも大きかった。

 フミカは、不審者ではないことにほっとした。

「しらべもの? こんな時間に?」

「あれ? フミカじゃね?」小さいほうの影がいった。

「おれだよ。ソウタ、伊原ソウタ」

「げっ」

 フミカとソウタは一年生から四年生まで同じクラスだった。ソウタは学年一のおさわがせ者で、授業中にいきなりおどり出すような男子だったから、五年生になったときやっと別々のクラスになって、フミカは心のそこからせいせいしていたところだった。

「あんた3組でしょ。人の教室でなにやってんの?」

調査ちょうさだよ。超常現象ちょうじょうげんしょうの」

「超常現象?」

「そう。おれらMRIだからね」

「MRI? なにそれ?」

「ミステリー・リサーチ・インスチチュート。日本語に訳すと超常現象研究所かな」

「はあ……」フミカはあきれていた。

「こないだの図書室の幽霊のほかにも、学校のなかで幽霊とか妖怪の目撃情報もくげきじょうほうがいくつもあってさ、夜になればおれたちもなにかに遭遇そうぐうできるかなあっておもって」ソウタがいった。

「え? もしかして放課後ほうかごからずっとかくれてたの?」

「まあね。これからまだ調査ちょうさはつづくけど」ソウタはメガネを指でなおしながらいった。

「ああそう。それはごくろうさま」これはかかわらないほうがいい、とフミカはおもった。はやくここから立ち去ろう。

「そういえば、お前んちの母ちゃんとばあちゃんが学校きてたな。除霊師じょれいしってさ──」とソウタがいい終わらないうちに、

「ああ、やばい! 59分じゃん! 5時に鍵かけるって。あんたらもはやく帰ったほうがいいよ」とフミカは言って教室を出た。

 フミカが廊下に出たときには起きた。

 あれほどまぶしかった西日の光が、フミカが廊下に出た瞬間しゅんかん、電気のスイッチを切ったみたいに唐突とうとつ

 廊下の窓からみえる外の景色は、くもり空の下の景色のように色のあざやかさが消え、にぶい色あいになっっていた。校舎の中は暗くなり、廊下の先がみえないくらいだった。

(閉じこめられた)

 フミカはなぜだか、直感ちょっかんでそうおもった。そして(これは相当ヤバい状況じょうきょうだ)とも考えていた。

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