4 将門神社

 神農しんのう小学校をみおろす高台たかだいのうえに将門しょうもん神社がある。その名前のとおり、平安へいあん時代にみずからを〈新皇しんのう〉と名のり関東に新国家をつくった武将・平将門たいらのまさかどにゆかりがある神社だ。

 フミカは将門神社につづくのぼり坂をあるいていた。いつもならしんどいきゅうな坂道も、いまはいかりのせいでつらさを感じない。

 坂をのぼりきり、境内けいだいに入る。拝殿はいでんのとなりにある一軒家いっけんやがフミカのすんでいる家だった。

 バンッ!

 フミカは、扉がこわれるのではないかというほどのいきおいで玄関の引戸ひきどを開けた。玄関をあがり、八畳間はちじょうまにいくと、ランドセルをほうり投げ、そして、どなった。

「なんで学校に来んのよ! しかもあんな格好かっこうで!」

 居間いまにいた三人のうち、母のチハルと母の妹のチナツは目をまんまるに見開いてフミカをみつめていた。もう一人、祖母そぼのキヨエは、バリバリとせんべいをたべながら、フミカの方へ一瞬いっしゅん視線をむけただけだった。ちなみに、母チハルと祖母キヨエは、いまは巫女みこ装束しょうぞくではなく、普段着だ。

「ど、どうしたの、フミカ」母チハルがきく。

「どうしたのじゃないわよ! あんな目立めだつ格好で学校に来るな!」

 そうてると、フミカは二階の自分の部屋にいってしまった。

 チハルとチナツが口をあんぐりとさせたまま呆然ぼうぜんとしている横で、キヨエはお茶をすすりながら、「はらいの儀式ぎしきなんじゃから巫女装束でいくのはあたり前じゃろ」といった。


 フミカは、自分の部屋にいってからも怒りがおさまらないままだった。

 コンコン。だれかがドアをノックした。

「フミちゃん。入ってもいい?」叔母おばのチナツだった。

「……うん。どうぞ」

 部屋にはいってきたチナツの手にはフミカのランドセルがあった。

「宿題とかあるのかなっておもって、もってきた」

「……ありがと、チナッちゃん」

 チナツはランドセルをフミカにわたすと「ちょっとお話しない?」と言った。

「うん」

「わたしもフミちゃんの気持ち、よくわかるんだ。わたしも自分の家が神社だってことがイヤでたまらなかったタイプだったからさ。しかも除霊師じょれいしとか! 絶対友達に知られたくないよねえ」

「……」

「でも今回は、ばあばもチハルちゃんもたいへんだったみたいだね。二人がかりで三日間もまりこんで除霊をしなきゃならないなんて、そうとうヤバい霊だったみたいよ。司書ししょの人は、命の危険もあったそうだからね」

「それは……わかってる」

 図書室の幽霊は、もともとはだれもいなくなった図書室でこっそりと読書をたのしむだけの、おとなしい地縛霊じばくれいだったらしい。それが人前ひとまえ堂々どうどうとあらわれ、人をおそうほど狂暴化きょうぼうかした。さらに、〈場所にしばられている〉はずの地縛霊が自分の場所をはなれ、人に憑依ひょういした。しかも殺意さついすらあった。

「なにかよくないことがおきているのかもしれない」チナツがぽつりとつぶやいた。「ここさいきん、二人の除霊の数も急にふえてきてるし、なにかがいつもとちがう。除霊師ぎらいのわたしがこんなこというのもおかしいんだけね」といって、チナツは笑った。

「なにがおきてるとおもう、チナッちゃん?」

「わからない。わたしにはそういう力ないしね。でも、実家が神社ってことはいやだったけど、二人の力は信じてるんだ。この世界に、幽霊やら妖怪やら、この世のものじゃないモノが存在してるってのもいやおうでも知らされる羽目はめになるしね、この家に生まれると」

「そう……だね」

「まあ、そういうことはばあばとチハルちゃんにまかせて、フミちゃんはまず宿題をしなさい」

「うん。ありがと、チナッちゃん」

 フミカはランドセルの中身をみて「あああ!」とさけんだ。

「どうした?」チナツがおどろいてランドセルの中をのぞきこむ。

「宿題、学校にわすれた」とフミカはいった。

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