3 超常現象マップ

 5年3組。

 伊原いはらソウタは、机のうえにひろげたA3サイズの用紙に一心不乱いっしんふらんになにか書きこんでいる。夢中になりすぎてメガネがずれおちてきていることにすら気づいていない。

 用紙は、インターネットからひっぱってきた、神農しんのう町の地図だった。地図のいたるところに赤ペンでバツ印がつけられ、バツ印のちかくにメモがられていた。

 たとえば、地図の北側に東西をよこぎるおおきな川があり、そこにバツ印がひとつあった。そのよこに貼られたメモにはこまかい字でこう書きしるされていた。


〈すべってころぶ人おおぜい。かせんじきをさんぽ・ジョギングしてる人のあしもとにドロのようなものがとんでくる。むかしから妖怪「すべらせ坊」のうわさアリ〉


 また、地図の東側にある〈しんのう商店街しょうてんがい〉にもバツ印があった。


〈しんやに、ものすごいはやさではしる「いだてんくん」がもくげきされる〉


 地図の南側は高台たかだいになっており、そこに「将門しょうもん神社」という名前の神社があった。そこにもバツ印があり、メモには、


〈きんにくムキムキのジジイ幽霊、もくげき者おおぜい。「マッスルじじい」といわれている〉


 そのほかのメモにも、幽霊、妖怪、UFOなどにかんする情報じょうほうが書きこまれていた。そして、メモが集中して貼られている場所が地図のまんなかにあり、それがここ神農小学校だった。さいきん神農小では超常ちょうじょう現象げんしょうが多発していた。そのなかでもいちばんあたらしいのが〈図書室幽霊事件〉だ。

 ソウタがいま書きおえたばかりのメモにはこう書かれていた。


〈7月16日夕がた。としょしつのかんざきさんが女の子の幽霊とコンタクトし、ケガ。としょしつ立ちいりキンシ〉


 ソウタはそれをみて「よし」とつぶやきながら、ずれたメガネをなおした。

 立ちあがり、いすを前後逆にしてすわりなおす。ソウタのうしろの席はカジだった。

「カジ、これみてくれよ」

 背もたれに腹をつけるような格好かっこうになったソウタは、カジの机の上にさっきの地図をおく。

超常現象ちょうじょうげんしょうマップ、完成したぜ。この町、前から霊の目撃もくげき情報とかちょこちょこあったけど、やっぱりここ二ヶ月間の数はふつうじゃない。43件もあんだぜ」

「え……ちょ……ソウタ」カジのいかにも気弱そうな顔には困惑こんわくの表情がうかんでいたが、話すことに集中しすぎているソウタにはそれがみえていない。

「で、みてくれよ、これ。おもったとおり、神農小付近に目撃例が集中してる。俺がおもうに、この学校のどこかに霊的なものをひきよせる〈〉があるんだよ。磁石じしゃくみたいに幽霊や妖怪をひきよせる〈場〉が。ヤバくないか、これ」

「ソウタ……その話、いまじゃないとダメか?」カジは視線をキョロキョロさせ、口調くちょうもオドオドしていた。

「はあ? なにいったんだよ。いまじゃないとダメにきまってんだろ。おれはすぐにでもこの〈場〉を探しにいきたいんだよ。カジもいくだろ?」

「伊原くん」

 3組担任たんにんの加藤先生の声だった。ふりかえると加藤先生が黒板の前に立っていた。加藤先生は生徒たちからは〈おじいちゃん〉と陰口かげぐちをいわれるほどけているが、じっさいは50代なかばくらいのはずだ。黒板にはチョークでなにやら書かれていて、〈主語〉とか〈述語〉といった文字がみえる。

「先生もいまじゃないとダメな話をしてるんだけどね。だって、いまは国語の授業中だから」

「え?」

 ソウタがまわりをみると、クラスメイトたちのつめたい視線しせんがぜんぶ、ソウタにむいていた。

 ソウタはなにかに集中するとまわりがみえなくなるクセがあった。

「……」

(いつものことだ。いつもどおりふるまおう)とソウタはかんがえた。

「あっちゃー! すんません、先生! またやっちゃいました、えへへ」

 ソウタはあえて明るくふるまった。しかし、まわりに笑い声はおきなかった。

 正面に座りなおすと、さっきの地図を机の中にしまい、国語の教科書をひらいた。

「ごめんな、ソウタ」カジがソウタにだけとどく小さな声でいった。

「56ページです、伊原くん。ではつづけます。主語と……」

 その後、授業はなにごともなかったかのようにすすめられた。

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