2 相馬フミカの憂うつ

 相馬そうまフミカはゆううつだった。

 5年2組の教室は今日も朝から幽霊ゆうれい話題わだい騒々そうぞうしかったから。

 いまもクラスメイトのかじメイと野々宮ののみやサユリが、フミカの頭のうえで、幽霊についてあつい議論ぎろんをかわしているところだった。

司書ししょ神崎かんざきさん、きょうもお休みだって」メイがいう。

「きょうで三日目だね。図書室の悪霊あくりょうかれちゃったってはなし、ほんとうなのかも」サユリがいう。

 フミカはうんざりとこうおもった。

(なんで? なんで、わたしのまわりにあつまって、わざわざそんなはなしするわけ? こんなはなし一番したくないのは、

 5年2組のクラスメイトのだれもが──いや、この神農しんのう小学校のだれもかれもが──三日前の〈図書室幽霊事件〉に夢中むちゅうだった。

 事件の翌日に、図書室のまえに野次馬やじうま殺到さっとうしすぎたせいで、図書室がある校舎こうしゃ2階の西側にしがわエリアは、立ち入り禁止きんしになってしまった。いまでは階段かいだん前や廊下ろうかに〈KEEP OUT〉という文字が印刷いんさつされた黄色いテープがはりめぐらされている。

「フミちゃんはどうおもう?」メイがきいてきた。

「え?」

「司書の神崎さん。悪霊に取り憑かれたとおもう?」

「う、うん。そう……かもね」

「あ、そういえばみんな、あれ知ってる? 真夜中まよなか商店街しょうてんがい爆走ばくそうする〈いだてんくん〉のうわさ」サユリがいった。

「〈いだてんくん〉て、運動靴うんどうぐつの?」メイが興味きょうみをしめす。

〈いだてんくん〉とは、〈くだけ足が速くなる!〉のキャッチコピーで知られている子供用スポーツシューズのマスコットキャラクターの名前だ。赤い帽子ぼうし体操服たいそうふく姿の男の子で、足には〈いだてんくん〉を履いている。

「そうそう。あの〈いだてんくん〉が〈しんのう商店街〉をすごいはやさで走っていくのをみた人がいるんだって」サユリがいった。

「なにそれ。それって幽霊なの? それとも妖怪になるのかな?」

「コスプレしたおじさんなんじゃない」

「なにそれ。ウケる。ははははは」

 メイとサユリは大笑いしていた。

 メイは校内でもトップの秀才しゅうさいだし、サユリは学級がっきゅう委員長いいんちょうでクラス一のしっかり者だ。そんなふたりでさえ幽霊話には目がないことに、フミカは絶望ぜつぼうしていた。

「だったらこの話は知ってる?」メイがいった。

除霊師じょれいしの話」

 ドキンッ。フミカの心臓がねあがった。

「ええ! なにそれ、カッコいい!」サユリがおおげさに反応する。

「さいきんさ、幽霊みたとか、妖怪にあったとか、そんなのがおおいとおもわない? じっさい、神農町全体で超常ちょうじょう現象げんしょうがたくさんおきてるのはまちがいないらしくて、そのなかにはほんとにヤバいケースもあるんだって。霊にのろわれて死にそうになる人とかね。それでそういう人のところに、どこからともなくやってくるんだって、除霊師が」

「除霊師キター!」サユリが右拳みぎこぶしきあげてさけんだ。

 フミカは全身にいやなあせるのを感じた。

(だから幽霊さわぎなんかはやくおわってほしかったのに!)

 いつかその話題になるんじゃないか、とフミカはおそれていたことがあった。それがいま、おきてしまった。除霊師……。フミカには、クラスみんなに知られなくないがあったのだ。

 そのときだった。となりの5年1組が急にさわがしくなった。「なんだアレ?」「巫女みこさんがいるぞ」「除霊師なんだって」「なんだそりゃ?」「図書室の悪霊あくりょうをおはらいにきたんだ」そんな声がきこえる。

 メイとサユリは「除霊師!」と興奮こうふんして席を立ち、廊下ろうかのほうへ走った。

 ひらきっぱなしになっていた教室のとびらのむこうに二人の巫女のすがたがみえた。老年ろうねん中年ちゅうねんの女性二人組。そのうちの中年のほうの巫女が5年2組の教室の中をのぞきこんだ。そしてフミカの姿をみつけると、

「フミカ〜」と手をふった。

 クラスメイト全員がふりかえって、フミカをみた。だれかが「あれ、相馬んちのお母さんとおばあちゃんじゃないか?」と言った。とたんに「マジー!」「相馬の母ちゃんとばあちゃんが除霊師ってことか!」「ヤベー!」と教室は騒然そうぜんとなった。

「ええ! フミちゃんほうとうなの!」メイがさけんだ。

「うっそー! すごーい! なんでだまってたの、フミちゃん。いってよ~」サユリがいった。

 フミカは下をうつむいたまま、「……おわった」と、ちいさくつぶやいた。

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