第三章
わたしは知らないということを知っている
第21話 厳戒態勢
◆◆◆
殺人事件は、瞬く間に連続して起こっていった。
神出鬼没の
犠牲者の数は一週間で三十人を超え、驚くべき事にそのすべてが、反MASK組織〈セルフ〉のパトロンとなってくれていた、MASK社内の内部告発組だった。
あの〈秘密結社ペルソナ〉に代表される、人体実験などの
連日ニュースが報道される中、
兵器開発の街にして、世界一平和な街……兜都。
その喧伝にも関わらず、犠牲者は日増しに増え、人々は恐怖と混乱に見舞われた。
――神出鬼没の殺人鬼。
いつしか人々は、あの黒衣の暗殺者を〈シャドウ〉と呼ぶようになっていた……。
その日俺は、ホテルの通信機を使い悲痛な気持ちで連絡を図っていた。
『こちら〈アニムス〉。大佐、応答してください』
しばらくするも返事がない。
まさか、すでにユング大佐までもがシャドウの毒牙にかかってしまっているのでは。
そんな嫌な予感が脳裏をよぎり、冷や汗が背筋を流れていく。
どうか無事でいてくれ。
そんな祈るような気持ちで返答を待っていると、渋い声がスピーカーの奥から聞こえてきた。
『夏也! 生きていたか! まず無事で何よりだ。こちら、ユング大佐である』
『良かった……ご無事だったんですね』
思わず胸をなでおろす。
矢継ぎ早に仲間が殺されているという状況で、安堵の気持ちに俺はほっとした気持ちになった。
『もしも襲撃されたときのために、我々も対策を練っておってな』
『大佐、奴は……シャドウとはいったい何者です? どうして〈セルフ〉の同志ばかりを狙うんですか!?』
『分からんッ! 知りたいのはこちらの方だ!! 本当に、忌々しい奴だよ。……憶測だが、我々セルフに対しMASKが放った刺客かも知れん』
MASKが放った暗殺者、というのは至極まっとうな意見だと思った。
月影陽子のパソコンを漁っていた時でさえ、兵器の秘密に勘づいた者たちを、MASKの暗殺部隊が葬ったというやりとりが残されていたからだ。
で、あるならばMASKの転覆をたくらむ〈セルフ〉の仲間が執拗に狙われるのも、順当な展開だと頷けたからである。
『MASKの連中に感づかれた? ……俺のミスですか。下の名前に偽名を使わず、〈悪魔〉調査のために潜入していると』
『いや! こちらの情報でその件に関しては影響無しと裏が取れている。敵の可能性としては……〈悪魔〉を利用している過激派か、まったく別の第三勢力だ』
悪魔と聞いてふと脳裏に浮かんだのは、薬学部で見た培養タンクの化け物だ。
あれが完全に受肉したときの姿がどんな見た目になるのかはわからないが、遺伝子操作によって凶暴性を高められた猛獣として扱われることに異論はない。
しかしあのシャドウとは体格がまったく異なることに思い至り、自分の中でその線はないなと考え直す。
と、するならば、あの雨合羽そのものが人外の化生である可能性はどうだろか?
『あのシャドウが〈悪魔〉そのものである可能性は? ヤツは既に傭兵部隊の三個中隊を返り討ちにしたと聞いています。噂が事実なら……人間の力ではない……』
ニュースでその内容が流れたときは、冗談かと思ったものだ。
あの時に見えた奴の武装は、金属製の刀が一振りだ。
白兵戦しかできないのに、どうやって六百名からなる傭兵部隊を全滅させられるというんだ?
何か爆弾でも持っていなければ、その大勢を相手にするのは不可能なはず。
しかしこの世界において近代兵器を持つ者なら、それはMASKの支配下も同然。
武器に内蔵されたセンサーによって情報なんて筒抜けになるはずだ。
いや、むしろだからこそ、センサーに引っ掛からない古めかしい日本刀なんて所持しているのだろうか?
『ふむ、シャドウが〈悪魔〉か。……たしかにその可能性も捨てきれん。〈アニムス〉よ、調査は十分に注意しろ』
『もしも接敵したら、いかがいたします?』
『迷わず逃げろ。お前と……奴が、接触するのは、何か良くないことが起きる気がする』
『俺の力をお忘れですか? 奇襲であるならば、俺にだって六百人を相手するのは造作もない』
俺の変身能力なら、おそらく対複数戦とてこなせるはずだ。
試したことはないが……。
『ならんッ!!』
しかし大佐の反応は、直情的なまでに否定的だった。
『良いか!? 絶対に接触はするな! 奴の……奴の力を侮ることは許さん。もしもお前の身に何かあったら……私は……ッ』
強烈な言葉の裏に、こちらの身を案じる気配が感じられ、俺は息をのむ。
冷徹な軍人と思っていたが、これほどまでに部下思いな一面がある人だったのか。
『わかりました、勝手を言ってしまい申し訳ありません』
『ああ……分かってくれればいいんだ。すまんな、声を荒げてしまって』
わずかに毒気を抜かれた気持ちで交信を終える。
なんとなくホテルを出ると、外の景色はまるで戦時下のようだった。
武装した兵隊が都市群の中をうろつき、道路を走行車や戦車が巡回している。
さらに兜都市内をうろつく傭兵部隊の一団を目にした途端、俺は体が強張るのを感じた。
骸骨を模した、暗視ゴーグルとガスマスクを兼ね備えたマスクをした兵士たち。
灰色の強化外骨格で全身を覆った特異な風貌の連中がいたからだ。
間違いない。〈超我兵〉だ。
思考の共有粒子〈アニマ〉の注入と催眠暗示により作られた、死を恐れない最強の兵士たち。
例の超人機関……〈秘密結社ペルソナ〉によって作られた特殊部隊までもが動員されているようだ。
もし俺の顔を知っている者がいたらまずい。
俺はいそいそと裏路地へと向かうと、彼らから姿を隠す。
俺は学校外では空木夏也であることを可能な限り止め、常に別人の姿を身に纏うことで生活を送っていた。
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