第20話 貌無騎士-カオナシ-

 尾行対象であるワイズマン博士を見失わないよう確認してみるが、博士も人と待ち合わせでもしているのか、夜の公園の入り口までくると足を止めていたようだった。


 一方、シズ姉ぇ達は賑やかな所でデートでもしていた帰りなのか、孝太郎は両手にいくつもの紙袋を握っており、ていの良い荷物持ちにされているらしい。


「ちょっとちょっと、シズ姉ぇ待ってってば。これ重いんだけど……」


「もう、だらしないわねぇ。ウチの男共はみんなモヤシなんだからっ」


「いくらなんでもこの量はないよ。本当にきついんだけど」


「フンだ。せっかくのデートに、巫女服着てくるバカ彼氏が何言ってんのよ……」


「き、キミだって笑ってたじゃないか!」


「そりゃあ笑いましたよ。でもその後、結局恥ずかしいからって着替えに戻って、私は一時間待ちぼうけ喰らったのよ? 荷物持ちぐらいで済んだことに感謝なさいっ? それ軽いでしょ」


 どうやら孝太郎のヤツ、馬鹿正直に巫女服を着込んでいったらしい。


「たはは。シズ姉ぇの怪力が異常なんだよ。僕も夏也も、頭脳労働担当なのにさぁ」


「そうお? まぁそうだったかもね。……でもさ、夏也ってすっごく鍛えてるみたいじゃない。う~ん、やっぱり恋人にするなら頼もしい人が良いわよね~?」


 これみよがしにチラッと視線を投げかけ、煽るシズ姉ぇに孝太郎は憮然となる。


「……シズ姉ぇはさ、夏也を魅力的に思うのかい?」


「フフッ、なあに? 妬いてるのかな孝太郎クンは?」


「茶化さないでくれ。僕は真面目に聞いてるんだ」


「…………残念だけど、そういう甘い要素、彼にはないみたいよ。……むぅ、夏也のヤツ~、いつからあんな遠~い目するようになったのかしら」


「そうかな? 確かに久しぶりに会った夏也は鋭い目をしてる時があるけど……シズ姉ぇの前じゃ、優しい目をしてたと思うな」


「……へぇ、よく見てるのね?」


「そりゃあ、昔からのライバルだからね」


「ねえ、やっぱり夏也って私達のこと怒ってないかしら」


「あぁそれなら大丈夫だよ。実はね、何を隠そうきょうのデートは夏也にお膳立てしてもらったんだ。いやあ、やっぱり持つべきものは親友だよね!」


「それをデート中に言う彼氏はどうかと思うんですけど。ハァ、でも実際のトコどうなんだろ」


「夏也だって祝福してくれているさ。……それに、もし僕たちのことを引き裂こうというのなら、たとえ夏也だろうと許さない」


「こ、孝太郎……?」


 珍しく語気を強くして孝太郎がシズ姉ぇに迫る。


「シズ姉ぇにとって、夏也が特別な存在だってことは知ってる。命の恩人だからね。その思い出はどうやっても覆せない。僕はさ、あの時シズ姉ぇを抱きめた役がどうして自分じゃなかったのかって……今でも運命を呪っているよ」


「孝太郎……」


「でもそれは過去! もう終わったことなんだ。だからこれからは僕が……」


 勇ましく言う孝太郎。そんな孝太郎に男気おとこぎを感じたのか、シズ姉ぇはどこか熱っぽい瞳を浮かべて、あいつの胸にもたれかかった。


「し、シズ姉ぇ? あ、あの……恥ずかしいんだけど……。人に見られてるよっ!」


「いいじゃない、そんなの……。孝太郎が私のこと、抱き留めてくれるんでしょう……?」


 二人はギュッと必要以上に密着する。

 傍目から見れば、それはどこから見ても仲の良い恋人同士のむつみごと。


「ねぇ、私達さ……つきあってるんだよね? だったらさ、シテくれないの?」


「す、するって……な、何を?」


「キ・ス。孝太郎ったらさ、自分から腕も組んでくれないんだもん」


「そそそ、そういうことはさッ 神様の前でちゃんと誓いを立てたあとにだね! ……あ、あのシズ姉ぇ……胸が、当たってるんだけど」


「あ・て・て・る・の。もう彼氏ならさ、ちゃんと男らしいトコ見せて欲しいな」


「し、シズ姉ぇ。それって……?」


「私、孝太郎のモノなんだよ? だからお願い。二人きりの時は、静流って名前で呼んで」


「……っ! し、静流……。静流……ッ」


 孝太郎は年上の幼なじみを、興奮しながらファーストネームで激しく呼ぶ。

 それに応える、シズ姉ぇのとろけきった表情は……

 まさに恋するめすのそれだった。


「嬉しい……。孝太郎……孝太郎ぉっ」


 荷物の紙袋をドサリと下ろし、孝太郎はその熱に応えるように彼女を抱きしめる。


「ぼ、僕はてっきり、静流は夏也のことを今でも想ってるんじゃないかって……ッ」


「ばか……私が好きなのは、孝太郎……あなただけよ。私こう見えても演技上手なんだから。それにね? 夏也なんて本当はもうどうでもいいの。恋人のあなたに妬いて欲しくて、ちょっと彼に優しくしてみただけなんだから」


「静流……ッ、ああっ、キミはもう僕のものだッ!」


「うんっ、好き……大好き。孝太郎ぉ。私をあなたの女にして!ううん、あなたの女になりたいの!」


 シズ姉ぇはゆっくりとまぶたを閉じ、ツンと上を向くと孝太郎はその小さな肩に手を掛けた。

 

 一方、その光景を近くで目の当たりにしているだけの俺は、怒りで打ち震える。


(待てよ、おい。なんだ……? 何なんだよ、これはッ! 嘘だろシズ姉ぇ!?)


 どうしてこんな良いムードになっているんだ!?

 俺のことなんて、どうでもいいだって?

 なら最近までの思わせぶりな態度は、全部ただの当てこすりだったと!?

 ……何だよそれは……。

 ふざけるな……ふざけるなよッ、ちくしょう!!

 俺の知っているシズ姉ぇは、小さい頃から純心で、なのにお姉さんぶって……決してあんな艶っぽい表情を浮かべる人ではなかったはずだ!

 それに本来ならあの位置にいたのは俺! この俺の役目であったはず!

 なのに……なぜだ!?

 あいつらの仲間が父さんと母さんを殺し、この自分を地獄へと追いやったんじゃないか!

 なのに、どうしてあの二人は!!

 こんなにものうのうと幸せを満喫することが許される!?

 自分はあの施設で、同性の相手から慰みものにされかけたというのに……。

 それが……ッ それが!!

  二人はこんなにもロマンチックにファーストキスをすると!?


(しかも、この俺を雰囲気作りの踏み台にして!? クソが! ふざけるなぁぁァァッ!!)


 ガリッと、思わず血が出るほど歯を食いしばる。

 心にどす黒いものがこみ上げ、俺は憎しみと嫉妬の炎に焼き尽くされそうになった。


 だがそんな慟哭どうこくむなしく、俺の目の前でシズ姉ぇは爪先立ちになり……初めての唇を捧げようとする。


(やめろ……やめろ、やめろッ! やめてくれ……うあああああッ!!)

 

 互いの吐息が触れ合う確実な距離。

 やがて二人の唇はゆっくりと重なり合おうとし……


「――ひぃぎゃああああぁァァアアアッ!!」


 次の瞬間、耳をつんざく絶叫が周囲にこだました。


(何!?)


 あわててキスを中断する二人。

 俺も声の聞こえた方を振り返り……その光景に絶句する。

 そこには、先ほどまで尾行していたはずのワイズマン博士が……おびただしい血を流して地面をのたうち回っていた。


「ぎぃぃやああッ!! た、助け、だれか……助けでッ、ヒっ! がッぁあアアーーッ!!」


 そして、ワイズマン博士を見下ろすように立つ、異形の襲撃者……。


 ――それは、不気味な格好をした男だった。


 いや、男であるのかも定かではない。

 全身に真っ黒いレインコートを羽織り、フードから覗かせる頭部には西洋騎士が被るようなが鉄兜てつかぶと垣間かいま見える。

 オーソドックスな騎士兜アーメット

 だがその右手に握られる得物は間違いなく日本刀のそれであり、現代と中世、西洋と東洋が合わさったような、ただただ異様な風体を晒していた。


(な、何者だアイツは!? あの博士を今やられるのは、マズイ……!)


 両親の仇の手がかりとなる最有力候補。

 俺は変身を解き、急いで雨合羽あまがっぱの騎士に駆け寄る。


「待てっ! やめろーーッ!!」


 制止も甲斐なく、騎士は素早く刀を振るう。

 銀光がまたたき、鋭い斬撃によって博士の四肢は次々に八つ裂きにされていく。


(あ、あれではなぶり殺しだ……!)


 雨合羽の騎士は、とどめに容赦なく刀を頭蓋へと振り下ろした。

 ドプシャァッ! と鮮血と脳漿を血の雨のごとくまき散らしたワイズマン博士は、断末魔をあげることなく無惨な肉塊となって絶命する。


「……、…………」


 俺の存在に気が付いたのか、雨合羽の騎士がゆっくりとこちらを振り返った。

 兜のひさしを下ろした、素顔の見えない鉄兜。

 のぞき穴となる無機質な複眼からは、何の感情も伺えない。


「きゃああああああぁぁぁあッ!!」


 一瞬の視線が交差したあと、背後からシズ姉ぇの甲高い悲鳴が響いた。

 騎士の視線が、明らかに俺をまたいでシズ姉ぇ達へ向けられる。


「…………」


 すると、雨合羽の騎士は何を思ったのか脱兎だっとのごとく逃げだした。

 あわててその姿を追いすがろうとするも、瞬間、背後から肩をガッシリと掴まれる。


「夏也! キミも居たのか!? だ、大丈夫かい!? 怪我はなかったか?」


「俺のことはいい! 今の妖しい奴は何だ!? こんな堂々と辻斬りがおきるなんて、街の治安はどうなってる!?」


「わ、わからないっ こんなことは初めてだ! この兜都で殺人事件なんて、初めてだよ!」


 振り返ると、もう雨合羽の姿は完璧に見えなくなっていた。


(くそ、孝太郎め。じゃまを……)


 忌々しさが残る中、俺は仕方なしにワイズマン博士の惨殺死体に注目する。


(これは……ひどいな)


 連続して手足が切り落とされている……おそろしいほどに鮮やかで鋭い太刀筋だ。

 せないのは、博士の反応と騎士の殺意である。

 あんな怪しい奴が近づいてきたら、普通は警戒して逃げ出すだろう。

 なのになぜ、博士は斬られるまで逃げようとしなかったんだ?

 まさか電話の相手は、あの雨合羽の騎士だったとでも……?


 それに騎士の方もこれだけの剣技を持ち、かつ距離を詰めておきながら、一太刀目で殺害することを狙っていない。

 まるで即死させるのではなく、すこしでも切り刻んで苦痛を長く味あわせたかったかのような……そんな悪意を感じる殺害方法だ。


(くそったれめ……。これで一番の手がかりは失われた……!)


 近づいてくるパトカーのサイレンを聞きながら、忌々しげに地面を殴りつける。


「な、夏也……すごく怒ってる。正義感が強いのね……」


「さすがだ……。夏也! 警察に連絡して、一緒に犯人を捕まえよう!」


「…………ああ」


 俺は、ひときわ低い声で二人に反応を返した。

 怒っていた理由だと? そんなもの……改めて語る必要もない……。

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