第19話 仇の手がかり

 俺は兜都かぶと市内のホテルへ到着すると、念のため尾行されていないかを確認しながら、チェックインしている部屋へと向かった。

 確保してあるのは最上階のスイートルームだ。

 しかしこれは長期間の連泊で贅沢をしたいがために、こんな部屋を取っているわけじゃない。


 理由は二つ。兜都かぶとに暮らすMASKの住人は、外部からやってくる人間をよしと思っていない外国人恐怖症ゼノフォビアだからだ。

 さながらローマにあるヴァチカン市国のように、同じ市内であってもまるで外国へ入国するかのような入退管理がMASKによって記録されている。

 そのためこれだけ大きな町でありながら、なんとホテルはこの一軒しかないのだ。

 ゆえにもしも客の出入りがMASK上層部に筒抜けだった場合、それは潜入任務の大きな負担になる。

 スイートルームならばプライバシーの保護も徹底しているという目論見があり、ダミーのアパートを利用して不在にしていることも多いため、下手に勝手に入室されて清掃などされては困る状況ではあった。

 清掃員が勝手に入らないようすることこそが二つ目の理由だが、その真の由来は大型の通信機を設置しているためだった。

 こんなものを見られたら、企業スパイとして勘ぐられ、あらぬ嫌疑をかけられてしまうからである。

 ……もっとも、スパイ活動をしていること自体は事実であるのだが。


 俺は最上階の部屋から、夜景のパノラマが望めるガラス窓に遮光カーテンをシャッと素早く敷くと、人気を気にするように小さな声で仲間への連絡を行った。

 

『こちら〈アニムス〉。大佐、応答願います』


 暗号化された無線機を使い、兜都郊外に待機する仲間へ連絡を入れる。

 自分のコードネームを伝えると、反応はすぐに返ってきた。


『〈アニムス〉か。こちらユング大佐だ。どうした?』


 定期連絡以外の入電をしたからだろうか?

 イヤホンの奥からは、かすかに戸惑っているような声音が感じられた。


 俺は先ほど月影陽子としてMASKの本拠地に潜入し、そこで入手した機密情報の数々を報告しながら、特に重要とも思える事柄を伝える。


『ドクター・ワイズマンなる人物の情報を入手しました。こいつは、俺の両親を陰謀にはめた可能性が高い。ヤツを追ってみたいと思います』


 その名前を挙げた途端、自分の中で気持ちが昂揚するのが感じられた。

 仇討ちの目標に近づきつつある俺は、意気込んで報告をする。

 しかしワイズマンの名を報告して返ってきた声は、ひどく動揺したものだった。


『ま、まて……ワイズマンだと? どういうことだ? なにか確証があるのか?』


『先ほど幹部社員に変装してワイズマンのラボを探ったところ、情報秘匿レベルが最大になっていました。生半可なセキュリティではない』


 あのあと俺は、帰りがけに数人の社員に接触して彼らの〈自意識〉を模写して記憶を覗いてみた。

 すると博士のラボの在処は非公開となっており、すべてが機密扱いになっていた。

 ならばやはり、彼は特別な人間だと思ってみて間違いはないだろう。


『ヤツは父の後釜……単純に考えれば、真っ先に得をした人物です。怪しすぎる』


 いつの時代も、目の上のたんこぶを排除して得をするのは、次にその座に就いた人間だ。

 順当に考えれば両親の仇として最有力の人物に対し、俺は敵愾心を込めながら容疑を固める。


 一方、気色ばむこちらとは対照的に、大佐から返ってきたのは拍子抜けともいえる内容だった。


『待て〈アニムス〉。実はな……お前には隠していたが、ワイズマンは我々の仲間なのだ』


 MASKの軍事顧問に就いた人物が、仲間?

 思いがけない返答に、俺は眉を顰める。


『ど、どういうことです。あの博士が……我々の仲間? そんなことは初めて聞きましたが』


『今回、お前が兜都に侵入しやすいよう手配してくれたのも、ワイズマンなのだ。彼は我々〈セルフ〉のパトロンにもなってくれている、反MASK組織の旗頭なのだよ』


 取締役クラスの人間が〈セルフ〉のパトロン?

 初めて知らされた事実に驚愕が走る。


『そんな……。で、では、ワイズマン博士は……両親の仇ではない、と?』


『うむ。いいな、下手に動くことは許さん。ドクターを攻撃するなよ? 彼は同胞だ』


 同胞。しかも俺の潜入をサポートする計らいをしてくれていただって?

 そんな馬鹿なと思いつつ、大佐からもたらされた言葉を咀嚼したあと、俺は苦虫を噛み潰した気持ちになりながら……ゆっくりと深くため息をついた。


『……了解』


 通信を終えた途端、俺は壁を殴りつける。

 せっかく両親の仇の手がかりを見つけたと思ったのに、またふりだしに戻るだと?

 くそ! こんなぬか喜びすることなんてあるのか?


(だが、ワイズマンがMASK内部で重要な地位にいることは事実……!)


 たとえ本人が自分たちの仲間だったとしても、だ。

 彼の周りに群がる人間からならば、なにか情報を得ることができるかも知れない。


「こんなところで、諦めてたまるものか。思い出せ!」


 俺は再び月影陽子に変身すると、彼女の盗んだ生体情報から今日彼女が見たものの記憶を呼び覚まし、自身に思考をトレースした。


「記憶を探れ……彼女が見た文面を!」


 たしか陽子のパソコンを見る中で、それらしき謎のメールを一瞬見たはずだ。


 差出人は不明。

 今日の夜、ワイズマンは誰かと落ち合うメールを受信していた。

 それがなぜか、月影陽子のパソコンの中にあったのだ。

 なぜ月影陽子のパソコンでそれを閲覧できたのかは不明だ。

 おそらく差出人が陽子宛てにもBCCで送信をしていたのだろう。


 いったい誰と会うのかは知らないが、そいつに呼び出されたのなら相手も捕まえてみるまでだ。


 俺は命令違反をしているという自覚をしながらも、ワイズマンの近辺を探ろうという気持ちを払拭することが出来ず、行動を起こす。

 

 ホテルを出て再びセントラルタワーの〈クラウンズクラウン〉へ向かうと、俺は張り込みを開始した。

 しばらくし、正面玄関から出てきた人物に目を見張る。


(あいつがワイズマンか)


 禿頭でやせ細り、背筋の曲がった老人。

 ゲルマン系の顔つきをしているが、ドイツ人だろうか?

 MASKの受付嬢の記憶を読み取った際に、日ごろから重役出勤してくる奴の顔は確認できている。

 普段なら、運転手に車で送り迎えをされているであろうに、何故か今夜に限っては徒歩だ。

 社内で恐ろしく身分が高いはずであろうその男は、急に立ち止まった。

 どうやら電話の着信があったらしい。

 懐から電話を取り出すと唐突に誰かと話し始めたので、俺は聞き耳を立てる。


「ワシだ。ああ、たった今ビルを出たぞ。さっさと要件を言わんか」


 不服そうな声音。いったい誰と話しているのだろう?


「例の件で、話があるとぬかしておったな。でなければどこの馬の骨とも知らん奴の言い分なんぞ聞かんわい。とっとと申してみよ、ワシぁ忙しいんでな」


 どうやら話し相手はワイズマン博士にとっても、知らない人物らしい。

 てっきり博士に親しい人間からの電話であるならば、そいつが仇と踏んでいたために肩透かしを食らった気分になる。


(またハズレか? 俺の勘も鈍ったな……)


 内心で毒づく思いで落胆をしていると、急に電話応対中のワイズマンが声を張り上げる。


「な!? ま、待てッ! どういうことだ、お前は! お前はいったい誰だ!」


 傲岸不遜な態度から一転して、大慌てしたような感じのワイズマン。

 あの枯れ木に見えた老人のいったいどこに、あれほどの声を張り上げる力があったのか。

 そう疑ってしまうほどに、ワイズマンは狼狽し……周囲の視線など気にもならぬ様子で大声をあげている。


「まっ、待て! 待ってくれ! そ、それだけはいかん! わ、分かった! いますぐ応じよう。ああすぐに行くとも! こ、公園で良いのだな!?」


 動揺と焦り、いや……どこかおびえている風でもある態度をのぞかせながら、ワイズマン博士は電話主に答えて見せる。

 いったいどのようなやりとり、会話があったのか不明だが、今の彼はまるで脅迫でもされているかのようだった。


(いったいどうしたんだ?)


 あの男は父の後釜を継いだほどの重役だぞ?

 この兜都において、あれほどの地位にいる男を脅かすなんて、何があったのだろうか?

 さすがに不審に感じずにはいられなかった。

 公園といっていたが、これから公園にでも向かうつもりだろうか?


 俺はワイズマン博士が慌てて歩き出したのを見計らうと、博士の尾行を開始するのだった。


「――〈マスカレイド〉!」


 念のため尾行が気づかれないよう、一定の距離を置くごとに“別人”へと変身する。

 雑踏に紛れるたびに体格や性別、服装を様々なものに変えていく。

 町の中に設置された監視カメラでは、絶対に俺の姿を確認することができないようにするためだ。


 俺は変身能力を駆使しながら、確実に博士へと迫っていった。


(ドクター・ワイズマン……いくら現在〈セルフ〉のパトロンだろうが、七年前に父がいなくなり、真っ先に得をしたのはお前だ)


 怪しいのは間違いない。必要とあらば奴を脅し、情報を聞き出してやる。

 拳を握りしめてみせるが、不意に見慣れた人物二人を発見し、俺は思わず足を止めずにはいられなかった。


「ん? あれは……シズ姉ぇ、それに……孝太郎……か?」

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