第18話 道化師の王冠
◆◆◆
その日の晩、俺は
MASKの
目の前にそびえ立つ
超高層にして圧倒的な面積を誇る巨大ビル。
天を
様々な国の文化的意匠、宗教的象徴を取り入れたソレはもはやモダンなる神殿と呼ぶべきか。時に巨大な山が霊峰や山神として例えられるように、もしも神がビルの姿をかたどるとするならば、それはこのような姿になるのではないか。
そんな考えがよぎるほどにMASKの塔は
なぜこれほど立派な建物に
どうせ語感優先で深い意味などないのだろう。きっと。
マスク、ペルソナ、クラウンと来て俺は第三の被りしモノと相対していた。
怪しまれずに内部を探るには、どうどうと正門から入るべきだろう。
無論、姿を誤魔化す必要がある。
俺は自分の姿を変えるため、触媒に使えそうな獲物を探した。
(ただの平社員ではなく、ある程度権力を持っていそうな奴が良いな)
と、おあつらえ向きに一人の女がタワーから出てきたのを発見する。
「あの女は……」
シズ姉の従姉にして、孝太郎の再従姉妹にあたる女。
白面財閥の一族の人間であることに加え、若くして薬学部門の局長であったはずだ。
シズ姉ぇと同じ血縁ゆえか、目鼻立ちの整った端正な顔をしている。
彼女がただの美人だったら気が付かないままだったかも知れない。
だがその特異な風貌、真っ黒い和服……いや、喪服の上に白衣を羽織った奇妙な出で立ちは、一目でその人だとわかるナリを示していた。
曰く……戦争や新薬の実験で犠牲になった人間に対し、常に喪に服しつつも、科学者としての本分を忘れない。そんな
「こんばんは、ヨーコ姉ぇっ」
俺はずいと彼女の前に躍り出た。
「えっ? ……あ、あなたは……?」
「よこせ、お前の〈
困惑する彼女の言葉を遮り、顔を一瞬で覆って力を使う。
月影陽子はビクンと痙攣するも、直後には何事もなかったかのように呆けた表情を浮かべていた。
「すいません、人違いだったみたいです」
それだけ言ってその場を素早く立ち去る。
残された陽子は、奇妙なでき事にただ首を傾げているようだった。
「久しぶりに聞いたわね、あんな呼ばれ方。昔、シーちゃんと遊んだ時以来かしら……?」
◆◆◆
「――〈マスカレイド〉!」
変身能力を使って陽子の生体を模写し、遺伝子認証が必要なゲートをくぐり抜けると、〈クラウンズクラウン〉は警報を鳴らすことなく俺を招き入れた。
(できるだけ早く終わらせるか)
とんぼ返りしたところをロビーの受付嬢に見つかり、視線が合った。
「あら? 局長、何か忘れ物ですか?」
「ええ。ちょっと、ね」
不審に思われないよう、俺は自然を装いながら微笑み返す。
するとその美貌ゆえか、同性だというのに受付嬢は顔を赤らめて見せた。
(まあ、このルックスではな……)
月影一族の女性は、とかく外見に恵まれているらしい。
その後、俺は彼女らの見た目による弊害を否が応でも理解する。
潜入こそ楽だったが、陽子への擬態は長時間の行動に向かないことを俺は痛感していた。
和服を着ていてもなお自己主張する陽子の豊満な胸は、歩いていて肩が凝りそうなほどに重い上に、喪服というのも実に歩きづらいからだ。
また、擦れ違う男性職員が毎回好色な視線を向けてくることにも俺は最早うんざりしていたからである。
とはいえ、これまでの変身に比べて妙に馴染むので、多少気が楽ではあったが……。
ビルと呼ぶには、いささか迷宮じみた構造の建物。
廊下を少し進むとドアが絶え間なくあり、同じ階層の中でも上のフロアにエスカレーターで上がることにすら生体認証のゲートが配置されるという、徹底したセキュリティ管理がなされている。
しかし幸いにも、月影陽子は局長という身分だったゆえにセキュリティの突破は簡単だ。
高層の階に位置する薬学部門の研究室に入ると、白衣を着た職員たちが残業をしながら様々な薬品の調合をしていた。
顕微鏡でシャーレーのぞいたり、フラスコの中にスポイトで薬液を垂らして反応を試したりと、そこまでならよくある研究室だったのかもしれない。
だが室内に設けられた巨大な培養タンクには、異常なグロテスクさしか感じられなかった。
分厚いガラスで覆われ、黄緑色の薬液で満たされたタンクは淡く発光して見える。
そして中には、まるでホルマリン漬けにされているように何らかの生物がプカプカと浮いていた。
(なんだこれは? 生き物なのか?)
人間には思えなかった。
三メートル近くある体つきだが、その骨格は俺の知識にはない。
少なくとも
培養タンクの中に浮いている生物は、まだ未完成なのだろうか。
巨大な骨格に、内臓がプカプカと浮いている。
しかしそれの末端は小さく泡立ちながら細胞が微細な動きとともに生成されていくのが確認でき、ところどころでは筋肉の繊維も造成されていた。
頭部の骨格は山羊に酷似しており、まだ肉付いてはいない。
パッと見の印象は、直立させた大型の山羊が、骨のまま培養タンクで生成されているというような光景だ。
そんなタンクが廊下にズラリと整列し、無数の山羊らしきものが作られている様は生物に対する冒とくのようなものを感じさせた。
(何かの実験動物? 新しい生物兵器でも作っているのだろうか?)
俺は奇妙な疑念を抱きながらも、月影陽子の執務室にたどり着くとパソコンを起動させた。
「これは……」
最初に目に入ったものに、思わず目を丸くしてしまう。
パソコンのデスクトップ画面には数年前に撮影したと思われる家族の集合写真が壁紙にされていたからだ。
月影家の親族が集まったときに撮影した、パーティーのものだろうか?
飛行機事故で死亡したシズ姉ぇの両親……月影夫妻が元気そうに笑っている。
また、セーラー服を着ている月影陽子や、小学生だった頃のシズ姉ぇが映っており、俺は何故だか少しだけ懐かしい気持ちになってしまった。
(こんな狂気に染まった研究棟にいるわりには、えらく人情深さを感じる壁紙だな)
逆にこんな職場だからこそ、こういう写真でも常に眺めて人間性を維持しているのかもしれない。
俺は過酷な職場環境に勝手な思いを馳せながら、パソコンの中身を漁った。
陽子のパソコンには薬学部のデータが収められており、戦場で用いられる向精神薬の効能のほか、〈アニマ〉を人体へ注入したことによる人体への影響などが事細かに記されている。
もともとは他者と感情を共有し、分け隔てなく相手の気持ちが分かる特性を利用して、宗教的対立や民族間の紛争を融和することに注目されていた素粒子が〈アニマ〉だ。
エネルギー資源を巡った対立や、思想による対立を解決し、世界平和として用いられるはずだった〈アニマ〉だが、いまやインスタントに戦闘技術をまかなえる即興の秘伝書として大量のベテラン兵士を量産しているのだから皮肉なものだ。
俺は〈アニマ〉の力の使い方をもったいないと感じながらも、それを利用した兵器のデータを閲覧していった。
まず注目したのは海外……日本以外でのMASKにおける活動内容の報告だった。
これまでアメリカだけではなく、中東などの紛争地帯にも武器の輸出を行っている。
しかもあろうことか、輸出した兵器に備えられている機能によってオンラインで情報が提供され、どの武器でのキルレートが高いかまでもが戦場から報告されていた。
ある意味ハイテクな武器といえるが、これを見るとまるで武器そのものがデータ集中の探知機のようにも見える。
ライフル銃一丁の中にGPS機能まで備わっており、それを持った兵士がどのような軌道で戦場を駆け抜けたのか、どのタイミングで発砲をし、敵を倒したなどがリアルタイムで報告されるようになっている。
さらに持ち主が死亡したこともデータとして集めており、武器が手放された後は何かセンサーのようなものを起動させ、また別の何かを収集している風でもあった。
武器を所持した兵士がどのように動いたのかというデータが大量にあがっている。
それは将棋における棋譜のようであり、はたまたFPSにおけるゲームのリプレイ内容をゲーム運営会社が収集しているような有様だった。
極めつけなのは遠隔操作が可能なことによる弊害だ。
安くて高品質なMASKの兵器は敵味方双方が使っており、しかもいざというタイミングで任意に誤作動を起こして、ある程度の勝率をMASKが操作していることだった。
もちろんバレないようにやっているのだろうが、それらの妨害工作はデータとしてあがってきており、更にそのことに気が付いて反MASKを訴える団体を、秘密裏に処理する暗殺部隊の活動報告までもがあがっている。
(MASKは戦場を利用し、世界のバランスを掌握するつもりだろうか?)
こんなデータが閲覧できるのは、月影陽子は一族の人間だからこそだろう。
また別のデータを閲覧すると、高濃度の〈アニマ〉を充満させた空間では、人間の意志によって何か超常的なできごとすら発生させられると実験結果が記載されている。
しかしそれ以上の子細は、別の権限をもたないと閲覧できないらしく、薬学部で聴取できる情報はそれぐらいだった。
あと残されたのは、いくつかのメールのやりとりぐらいだろうか?
俺はざっと目を通した後に月影陽子の執務室を出ると、兵器開発局へ向かうべく更に建物の奥へと向かった。
だがスイスイと進んでいく中で、不意に俺の歩みはピタリと止められる。
「…………?」
ゲートの反応が、ない。
どうやら入手済みの生態情報では、ここから先は進めないらしい。
今の俺は、部長レベルのセキュリティならスルーできるほどの生態情報をコピーしているはず。しかしそれでもなお侵入できないフロアもあるとするなら……。
(ここからが、兵器開発の研究棟ということか?)
おそらくここは、ワイズマン博士なら入場できるフロアに違いない。
だが、彼のレベルはいったいどれほどのものなのか……。
(当時の父さんと同じ役職ならば……取締役クラス、ということか……?)
セキュリティの壁は、ここまでくると強力なバリア機能すら発揮している。
目には見えない殺傷力のある電圧が障壁に流され、無理に扉に近づこうとすれば平然と命を奪おうとする有様だ。
(きょうのところは、ここまでか)
俺は仕方なく撤収すると、〈セルフ〉の仲間へコンタクトを取るべく、本来の拠点であるホテルへと向かった。
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