第22話 異能VS異形

   ◆◆◆


 それから更に数日後。俺のイラつきは日増しに増えていった。

 あの夜以来、孝太郎とシズ姉ぇは所構わずイチャつくようになり、周りに人がいることなどお構いなしの空気を作っている。

 二人の関係はバカップルと言って済ませられるようなものではなく、俺から見ればまさに憎悪の対象に過ぎなかった。


 更に、街で連続殺人事件がおきて以来、両親の仇の捜査も一向に進まなかった。

 討つべき両親の仇。

 〈悪魔〉の確認。

 MASKにおける内部抗争。

 殺人鬼シャドウ。

 この兜都で俺に関係する問題は、あまりにも多すぎる。


(それに、シズ姉ぇのことも……)


 俺はまだ……彼女を取り返したいと思っているのだろうか?

 だとしたらとんでもない女々しさだ。

 孝太郎に口づけをねだるシズ姉ぇは、もはや公私ともに自分の許嫁ではないというのに。


「クソッ……!」


 雑多なことを考えて街をさまよう。


 人気ひとけの少ないトンネルまで歩いてきた時、不意に何者かの気配を後方に感じた。


(まさか、尾行か?)


 人混みに紛れるごとに別人に変わってきた俺を、完璧に追尾してきた存在がいると?

 ユング大佐からMASKの放った刺客のことを考慮していた俺は、いつでも臨戦態勢になれるよう構えながら、ゆっくりと背後を振り返った。


「……何者だ、出てこい」


 周囲に人の気配はいない。

 それでも敢えて追跡者の正体を誰何すいかすると、やがて暗闇から這い寄るように現れたのは……


 例の殺人鬼、シャドウだった。


「ふん。貴様か、雨合羽あまがっぱ。今度は俺を殺しにでも来たか?」


「…………」


 シャドウは答えない。漆黒のレインコートからのぞく鉄兜のバイザーは相変わらず下ろされており、その素顔はがんとして明かされなかった。


「どうやって俺を追跡できた? 〈セルフ〉の同志を殺しまくっているのも貴様らしいな。何が目的だ? ……答えろ!」


「…………………」


「フッ、いいだろう。力ずくでというのもきらいじゃない。その鉄の仮面、剥いでやるさ」


 こいつがワイズマン博士を殺したせいで、俺の計画はめちゃくちゃだ。

 責任をとってもらうとしよう。……自分自身の姿で、な!


「――〈マスカレイド〉……!」


 意識を集中し、手のひらで顔を覆う。

 次の瞬間、俺の姿は寸分違わず目の前の雨合羽……シャドウと同じ姿になっていた。

 コートも兜も擬態。ゆえに鉄兜そのものが今の俺の素顔となっている。

 しかし再現された日本刀の斬れ味は本物と違うことはない。


「ゆくぞ……!」


 奴の刀を具現化し、一気に差し迫る。

 疾走して肉薄にくはく

 依然として沈黙を守っていたシャドウは、仕方なしと言わんばかりに抜刀すると、振り下ろした俺の初太刀を受け止めてみせた。

 ギィンッ! と激しく火花が散り、そのまま鍔迫つばぜり合いとなる。

 速さを殺さずにそのまま押し込もうとするが、まるでシャドウは地に足が生えたかのように、ピクリとも動じない。


(大した膂力りょりょくだな、だがッこれならどうだ!?)


「――〈マスカレイド〉……!」


「……ッ!?」


 俺の全身は即座に液状化すると、一瞬の清流となってシャドウの背後に回り込む。

 肉体を即座に再構成。再び日本刀を顕現させ、うしろからその首を切り払う……!


った……!」


 横凪に払われる銀閃。

 しかし刀は空を切り、代わりに背後からもたらされた強打に、俺は勢いよく地面へ倒れ込んだ。


「なっ!? ぐッ……う、うしろだと…… 馬鹿な……」


 速いなんてものじゃない。

 液体となった俺の変化に驚き、更に背後を取られながらも瞬時に反応を返してくるとは。

 狼狽ろうばいする俺の顔にシャドウの手がヌッと伸びる。


 シャドウの手の平に顔を掌握しょうあくされたその瞬間、不覚にも死の戦慄せんりつが脳裏をよぎった。


(こ、殺される……)


 このまま握力あくりょくで潰されるのではないか。そんな怖気おぞけが全身を駆けめぐる。

 まさかコイツは、知っている……?

 顔を別人の手で覆われては、変身ができないことを知っている……!?


「うっ……うおぉぉぉおおおおオオオッ!!」


 やぶれかぶれとなって刀を振り払う。逆袈裟に振るわれた刀はしかし、一瞬の跳躍によって斬撃の間合いから離れられ、戦いの場は仕切り直しとなった。


「お、おのれ……なめるなよ、人間風情が……」


 そうだ……俺とて元は〈ペルソナ〉で鍛えられた〈超我兵〉の一人……。

 復讐の炎を糧にあの地獄を生き残り、父さんが残してくれた悪魔の化粧〈ゼノフェイス〉によって異形の戦士となったのだ。

 その俺が、ただのコスプレ騎士に負けるはずがない!


(復讐のために旧友を利用する己を、俺は正義だとは思わない)


 だが、俺は俺の正義で動いているのまた事実……。

 自分にのみ向けられる純粋な障害を“悪”と定義するのなら、それこそが俺の敵だ!

 ならば俺は、道義を破って悪を討つ……!


「貴様はここで倒れろ! シャドウッ! おぉぉォォオオ! 〈マスカレイド〉ッ!!」


 バァンッ! と、巨大な羽ばたき音と共に勢いよく飛翔する。

 空高く浮かぶ俺の背には、人の身にあるまじき悪魔の翼が生えていた。


ちろ、雨合羽……ッ!!」


 高速で中空を旋回。数秒遅れで周囲に響く爆音は、音速飛行によるソニックブームの発生だ。

 凄まじい風切り音と共に一層高く空を舞い、地上の敵に狙いを定め滑空する。

 超高高度から振り下ろされる、必滅の斬撃。人の身に避けられるはずもない!


「死ね!」


「――……、……」


 接触の瞬間、なにかが聞こえたと思った。

 それがヤツの発した声なのかどうかは分からない。


 だが自分の刃が届く瞬間。

 周囲は光に包まれ、気が付けば俺は錐揉きりもみしながら地表へと激突していた。


「がッ!? ……ぐッ、ぅ……ぉォ……」


 今の閃光は何だ? いったい何がおきた!?

 俺は直前まで空を飛翔していたはずなのに、なぜ地べたに叩きつけられている!?


(こいつは……やはり〈悪魔〉なのか)


 全身に走る痛み。身体がまるで痺れたかのように動かない。俺は何をされたんだ……?


 混乱しながらもシャドウの持つ日本刀を見た瞬間、俺は今度こそ絶句する。


(な!? か、刀の向きが……逆!? こいつ、ずっと峰打ちで構えていたのか!?)


 それどころか、一度も刀を振るわれていない。

 考えてみれば背中を殴られた時もそうだ。俺を殺すチャンスはあの瞬間にもあったはず。

 なのになぜこいつは、真剣を持っているのにも関わらず俺を殺しにこない!?


(手加減? なめているのか……俺を……)


 やがてシャドウは無機質な眼差しでこちらを見下ろすと、刀を鞘に収め、再び俺の顔に手を伸ばしてきた。


 身体が痺れて動かない。だめだ、今度こそやられる……!


「そこにいるのはだれ!?」


 再び顔を掌握されるかと思われた時、聞き覚えのある声が背後から響き渡った。


「……!」


 人の気配を感じたからか、シャドウは踵を返すと一目散に逃げだす。


「ま、待て……!」


 シャドウは冷酷非道な殺人鬼ではなかったのか?

 応対した傭兵部隊も、その全員がことごとく皆殺しになったと聞いている。

 ならばなぜ俺は殺さず、手心を加えるような真似をしたのか……!


「き、貴様は何者だ……答えろ……ッ!」


「…………」


 雨合羽の騎士は黙して語らず、ただその場を静かに去っていった。

 ただの剣士に、父さんが作った仮面兵器……〈ゼノフェイス〉の力が負けた。


 俺は自身の敗北よりもそのことに衝撃を受け、かすみゆく意識の中、ただ嗚咽おえつをあげることしかできなかった。

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