第5話 地獄への適応
――〈特殊機関ペルソナ〉
その私設軍隊での生活は、文字通り地獄の日々だった。
かつてお坊ちゃんだった僕が真っ先に学ばせられたのは、世間への認識の甘さ。
続いて、持たざる者の弱さと、“人権”という言葉の
周りにいるのは自分と歳近い子ども達。
しかし彼らの表情は、おそろしく暗い。
周囲にせわしなく走る、ギョロリとした視線。
その目に宿る光は、好奇か
まるで海外のスラム街の住人のような目つきは、このアンダーグラウンドな世界で暮らす者として、ある種の悟りを抱いているかのようだった。
この世界の絶対的ルール。
すなわち、暴力と恐怖の存在を。
僕にあてがわれた部屋は、寮と呼ぶにはいささか牢獄めいた様相を見せていた。
入り口のドアは格子状になっており、ボロボロのベッドと黒ずんだ洗面所が
モルタル造りの壁には
この部屋のかつての主はどこに行ったのだろう?
そして、どうなったのだろうか……。
ここは、おそろしかった。
不衛生きわまりない劣悪な環境は、これまで豪邸で暮らしていたギャップもあって、到底僕に耐えられるような代物ではない。
なのに、きょうからこんな汚い場所で生活しなくてはならないなんて……。
しかしそんな悠長な考えは、これからの過酷な日々に比べれば取るに足らないレベルだったと思い知らされる。
「全員出ろ!」
ベルが鳴り、ロックされていた
軍隊の養成施設どころかこれは強制収容所……監獄そのものだ。
僕らは兵士ではなく、囚人同然の扱いをされていた。
〈アニマ〉の力の前には兵士としての気構えなど不要なのか、鬼軍曹による叱責すら存在しない。僕らはただ、資本となる身体の強化を求められていた。
「いいか? 貴様らは誰でもなく、誰にでもなれる存在。みんなという呼称が具現化した存在だ。それを胸に刻んでおけ」
〈超我兵〉として、異能の力をインストールされるだけの素体。
肉の形をしたストレージ。
僕らの扱いはそんなものだった。
毎日何十キロも走らされ、帰りの時間に間に合わなければ食事にもありつけない。
他の少年兵に絡まれることは多々あり、喧嘩による生傷は決して絶えることがなかった。
無論、身体の大きなヤツはどの世界でも優遇されるのか、いわゆるガキ大将のような存在もおり、そんな荒くれ者に僕のようなお坊っちゃんが目を付けられるのは当然の成り行きだったのかも知れない。
それはもはや拷問という名の時間でしかなく、抵抗の意志を見せればすぐに暴力を振るわれた。
ガッと頬に
「ゲホッ、やめてっやめてよぉ! うグゥっ、ぎゃ! もう殴らないでってばぁっ」
「あァン? おーい、なんかボロ
「ひゃっひゃっは! 裸になって土下座すりゃ許してやるよ、オラ! 早くしろ!」
(何だよ……いったい僕が……何したってんだよ……?)
泣きながら頭を下げると、ゲラゲラと笑う声が頭上から降り注ぐ。
殴られる理由なんてだれも答えない。
ただ気に入らないというだけで乱暴される毎日。
これまでとはあまりにも違う暮らしに、もはや夢の中にいるのではと疑うほどだ。
それでも不条理な現実は、否応なしに繰り返されていった。
物を隠されるのは日常茶飯事であり、服を奪われ全裸でいたところを変態趣味の年上に捕まり、犯されそうになることもあった。
怪我と病気を繰り返し、いったい何度死の淵をさまよったことだろう……。
なぜこんなにも辛い日々を送らなくてはいけないのか。
どうしたらこの地獄の日々から解放されるのか。
僕の頭の中で毎日繰り返されるのは、『なぜ?』という疑問符のみ。
自分の運命を受け入れられない僕は、苦痛と思考の迷路へと完全に陥っていた。
……だが、希望もあった。それはシズ姉ぇと孝太郎のことだ。
あの別れの日、二人は「必ず会いに行く」と約束してくれた。
ならば、自分がまともな引っ越しを終えたのではなく、こんな異常な場所に監禁されていることも気が付いてくれるかも知れない。
それにシズ姉ぇは、自分に手紙を書くとも言ってくれていたのだ。
彼女に助けを求めることさえできれば、自分は救われる。
二人が救助に訪れるまで、どうにかして耐えきればいい。
それこそがまさに僕の最後の希望。頼みの綱となる生きしるべだった。
シズ姉ぇと孝太郎が、きっと自分を迎えに来てくれる。
僕はその約束だけを信じ、辛い日々を過ごしていった……。
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