月が沈む。日が昇る。星は見えない

蛸人間

月が沈む。日が昇る。星は見えない

帝国が連合軍に破れたのもつい2週間前のことだ。

独裁者とその側近は処刑され、連合軍によって共和制に基づいた、新政権が樹立されようとしている。


連合軍勝利の立役者である勇者一行は旧帝都を見下ろす丘に立っていた。

血生臭い風が焦げついた木々を揺らしている。

眼下には都市だったものが横たわっている。



「負けって…こんなにも…」


瓦礫の前で蹲る人が見える。

泣きながら遺体を運ぶ人が見える。

連合軍の軍人達が歩きながら煙草をふかして笑っている。

少ない食べ物を子供達が奪い合っている。

日常とは程遠い風景を目の当たりにして魔法使いは言葉を紡げない


「見る影もないね…」


5年前、戦争が始まる前、帝国を訪れた時のことを思い出して勇者は呟いた。

経済の成長と共に空へ空へと伸びていた建物。

溢れんばかりの人の往来。

一歩路地に入れば客を呼ぶ店からの声…


「帝国は…この後どうなってしまうんだろう…」

「発展する」

「「え?」」


言葉を発した本人—仙人—を除く一行は耳を疑った。


「発展…って?」



「ああ、発展する。これまでの何倍も、な」


「半世紀以上も前のことだ…半世紀からさらに四半世紀前か、当時もあったんだ。戦争が」


「世界が不景気に見舞われたんだ。全世界で、だ。その国は領土が少なく、他国の土地を奪うしか道が無かった。他国は自分の国のことしか考えず、それ以外の選択肢を提示しなかった」


「そして、その国は侵略を始めた。他国は制裁を強めた。その国は孤立した」


「そしてその国は後に引けなくなったんだ」


「その国は負けた。戦勝国の言いなりになった。国民も、経済もボロボロになった」


「あぁ、しかしな、皮肉なことだ。その国を負かした国同士でその国のかつての支配領域を争い始めたんだ」


「その争いで、その敗戦国は国力を伸ばした。戦勝国の多くを数十年で超えてみせた」


「今に見てろ、連合国は共通の敵に団結しただけにすぎん。争いが起きる。帝国を挟んで、大国が。な」


「連邦国は覇権を取ろうとするだろう。帝国は、その敗戦国と同じように連邦国の陣営に組み込まれる」


「歴史は戦勝国によって作られる。当時を体験した者も少なくなってきた。あぁこうして歴史は進まないのだ」

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