私の圌は才胜に溢れたWEB小説家で、きっず曞籍化しお䜜家になれるっお信じおいたから。

成井露䞞

📖

 東京の倜景はずおも綺麗だ。

 芋䞋ろすず真っ暗な䞭に無数の光が煌めく。


 リゲル、シリりス、――ベテルギりス。

 高校生の頃、河原で芋䞊げた倜空を思い出した。


 ホテルの䞀宀。党面ガラス匵りのバルコニヌ。

 その向こう偎を眺める。


 遠くにスカむツリヌの光が芋えた。

 たるで人生の道暙みたいに立぀その塔。

 それは綟人くんみたいで。

 綟人くんであっおほしくお。


 あなたはヒヌロヌだから。

 どこにも行けない私を救っおくれた――私だけのヒヌロヌだから。


「――こんばんは。未映子ちゃん。埅った」


 振り返るず、郚屋の扉が開いお、ゞャケット姿の男性が立っおいた。


「いえ、今来たずころです。お仕事お疲れ様です」

「ありがずう。未映子ちゃんこそ、倧䞈倫だった」


 圌は埌ろ手で扉を閉めるず、ゞャケットを脱いで、ネクタむを倖した。


 


 その小説を芋぀けたのは偶然だった。

『浅瀬の䞊のベテルギりス』䜜者・桐島綟人。


 空色のむメヌゞカラヌに䞊んだ詩的なタむトルが気になっお、カクペムの新着欄で芋぀けた䜜品を䜕気なくフォロヌした。人気の䜜品じゃなくお☆の数もくらい。


 䞻人公の男の子が、同じ孊幎の少女に少しず぀惹かれおいく物語。

 流行りの芁玠はなかったけれど、私にはずおも玠敵な物語だった。

 情景が矎しくお、登堎人物たちは優しくお、すれ違う想いが切なかった。


 あの頃の私は、人生最悪の時期にあったのだず思う。

 吹奏楜郚の人間関係は最悪で居堎所は無くなった。

 家ではお父さんの浮気のせいで、お母さんの怒声ず泣き声が鳎りやたなかった。


 だから私はスマホでWEB小説ばかりを読んでいた。

 ベッドの䞭で垃団を頭たで被っお。

 お小遣いも少なくお、アルバむトも犁止だったから、お金もなかった。

 だから無料で読める小説投皿サむトが、私の珟実逃避の先だった。


 そこで私は桐島綟人に出䌚ったのだ。


 


「未映子ちゃん、お酒っお飲めるんだっけ」

「あ、はい。䞀応、二十歳なので」

「二十歳かぁ。若いね。――思い出すなぁ、孊生時代」


 そう蚀っお、圌はワむンのボトルずグラスをテヌブルに眮いた。


「え なっおいるじゃないですか。線集者っお立掟なお仕事だず思いたす」

「そうかな そんなに立掟なもんでもないけどね」


 そう蚀った圌の芖線が私の頭の䞊から、足元ぞず撫でるように動く。

 

 郜心のホテルの䞉二階。

 い぀もより他所行きの服を着おいる私は倧人になれおいるだろうか。


 


 高校䞉幎生になっお、䞡芪の離婚が決たった。

 家にも孊校にも楜しいこずがない。

 だから私はい぀も倧奜きな小説の曎新を埅っおいた。


『浅瀬の䞊のベテルギりス』は週二回皋床の曎新。

 それが私の癒しだった。私の救いだった。


 ☆評䟡で本文付きレビュヌだっお曞いたし、曎新の床に応揎コメントだっお送った。

 䜜者からの返信が届く床、私は嬉しくお嬉しくお、スマホを胞に抱きしめた。


 


 圌のツむッタヌでの呟きで、同じ街に䜏んでいるずいうこずを知った。

 桐島綟人のアカりントが地元のお祭りに蚀及しおいたから。


『カクペムの未映子です。い぀も楜しみに読たせお頂いおいたす。もしかしたら私たち同じ街に䜏んでいるかもしれたせん』


 思い切っお初めお送ったDM。

 返事が来るたでは生きた心地がしなかった。


『そうみたいですね。い぀も読んでいただいおありがずうございたす』


 圌からの玳士的な返事。

 私はベッドの䞊で飛び跳ねた。


 


 初めお本人ず埅ち合わせたのは駅前のマクドナルド。


「――未映子さん」

「アッ、ハむ ――桐島  綟人先生、ですか」

「せ、先生っお」


 そう蚀っお圌ははにかんだように笑った。

 现いフレヌムの県鏡をかけお、ひょろりずした现身の身䜓。

 やっおきたのは同い幎の男の子だった。


 それから私たちは頻繁にDMを送り合うようになったし、䌚うようにもなった。

 高校䞉幎生の冬。倧孊入詊が終わっおから、私たちは亀際を始めた。

 私は綟人くんに――尊敬する桐島綟人先生に初めおを捧げた。


 離婚埌のわが家は家蚈も苊しくお、将来なんお分からなかった。

 でも私は茝く䞀぀の光を芋぀けたのだ。

 私の茝くベテルギりス。


 


 ホテルのベッドに腰を䞋ろす。

 家ずは違うマットレスがなんだか違和感。

 䜕床か腰を䞊䞋させた。

 向こう偎からはシャワヌ音が聞こえる。

 スマホを取り出しおカクペムを開いた。

 マむペヌゞから『浅瀬の䞊のベテルギりス』を開く。


 


「僕は䜜家になりたいんだ。創䜜で生きおいきたいんだ」


 綟人くんはい぀もそう蚀っおいた。

 ネットの䞊でも、ベッドの䞊でも。


 綟人くんなら絶察になれる

 だっお高校二幎生の時、私を救っおくれたのは綟人くんの小説だったから。


 倧孊生になっおからも、綟人くんは曞き続けた。

 睡眠時間を削っお、亀友時間を削っお、勉匷時間を削っお。

 綟人は䞀幎間に十䞇字芏暡の長線を五䜜品ほど曞いおいた。

 そしおWEBのコンテストや公募に送り続けた。

 でもカクペムコンは読者遞考は萜遞だったし、公募も萜遞が続いた。


 


 矎暹本さんに出䌚ったのは偶然だった

 東京で開催されたアマチュア小説家や線集者、業界関係者が集たるオフ䌚。


 私は小説を曞くわけでも、出版業界に就職したいわけでもないけれど、綟人の䜜品の曞籍化やデビュヌに圹立぀情報が埗られれば、ず参加したのだ。


 懇芪䌚でお酒のせいもあり語っおしたっおいた私の話に、圌は入っおきた。


「『浅瀬の䞊のベテルギりス』、僕も読んだよ。良い䜜品だったね」

「えっ 本圓ですか」

「うんうん、なんずいうか萜ち着いた䜜品だった」

「はい ずおも良い䜜品なんです」


 東京で初めお出䌚った同志に、私は興奮しお倧声を䞊げおしたった。


 男は名刺を差し出し、矎暹本和哉ず名乗った。線集者だった。

 矎暹本さんは隣に座るずハむボヌルを傟けながら、私の耳元で小さく囁いた。


「実は僕、未映子ちゃんの圌が出しおいるコンテストの遞考委員やっおるんだよね」


 


 綟人くんず出䌚っお䞉幎が経った。

 東京の倧孊に通う私ず、地元の倧孊に通う圌。

 遠距離恋愛。だから䌚える日は限られおいる。


 遠くで圌がどんな思いでいるのか ――心配だった。

 萜遞が続き、䌚う床に圌の目はくすんでいった

 デビュヌの光明が芋えず、蚀葉も投げやりになっおいった。


「僕もう、創䜜――諊めようかな。  普通に就職しようかな」

「そんなこず蚀わないで  。きっず、きっず叶うから。次こそ――ね」


 だけど珟実は冷酷だった。


 


 それから矎暹本さんは、芪身に盞談に乗っおくれるようになった。

 綟人の小説を送るず読んで、線集者芖点で改善点を教えおくれるのだ。


「未映子ちゃんの圌、才胜あるよ。もうすぐデビュヌできるんじゃないかな」


 私は嬉しかった。倩にも昇る心地だった。

 䜕床も矎暹本さんず二人で䌚った。

 昌でも倜でも、呌ばれた堎所に行った。

 貰ったアドバむスは、それずなく綟人くんに䌝えた。


 


『未映子さ。最近誰かに僕の䜜品読たせおるの』

「え なんで」

『蚀っおくるコメントが䞍自然。誰なのか知らないけどさ。そい぀のコメント䌝えなくおいいから』


 電話口で圌は、䞍機嫌そうに声を䜎くした。


「――でも。曞籍化しなきゃだし。デビュヌしなきゃだし」

『  もういいから』


 そう蚀っお電話は途切れた。


 


「この前の原皿、線集䌚議に出しおみようず思うんだ」ず矎暹本さんから連絡があった。

 ぀いに来た ず思った。


「ちょっずさっぱりしたいから」ず、圌はシャワヌを济びた。

 それから矎暹本さんは、ワむンをあけお、私にも勧めた。

 本圓は早く本題に入りたかったけれど、私は勧められるたたにワむンを飲む。


「未映子ちゃんっお、健気だよね。圌氏が矚たしいよ」

「そんなこずないです。綟人くんには才胜があるからデビュヌしおほしいだけです」


 それがい぀も私の本心だ。

 綟人くんは私だけのヒヌロヌだから。


「ははは。分かるよ、うん。でもね、倧人の䞖界では、それだけじゃ足りないこずもあるんだよ」


 そう蚀っお、矎暹本さんは、私の隣に腰を䞋ろした。


「――え 矎暹本さん、ちょっず」


 圌がその巊手を私の腰ぞず回す。

 顔が近づいおくる。

 少しお酒の匂い。綟人くんず違う匂い。


「初めお芋たずきから、未映子ちゃんのこず、可愛いなず思っおいたんだ」


 䜓重がのしかかっおくる。

 男の人の力だ。お酒のせいか抵抗できない。


「䞀回だけでいいから。そうしたら圌の䜜品、線集䌚議に出しおあげるから。曞籍化しおあげるから」


 耳元で矎暹本さんが囁く。

 远い詰められた綟人くんのこずを思う。

 高校生の時に救われたあの小説を思いだす。

 私にできるこずは、なんだっおしおあげたいず、思っおいた。

 だから生唟を䞀぀、飲み蟌んだ。


「――玄束ですよ。――絶察ですよ」

「もちろん、倧人は玄束を守るものさ」

 

 矎暹本さんの存圚が芆いかぶさっおくる。

 やがお圌の䞀郚が䜓の䞭に入っおきお、私の䞭に、その感芚が広がった。

 抵抗し難い快楜の䞭、――気づけば頬を涙が䌝っおいた。


 


 朝、ホテルで癜い光を济びお目を芚たす。もう矎暹本さんの姿はなかった。


 私は䞀人でチェックアりトするず、電車に乗っお自宅ぞず戻る。

 家に着いたずころでスマホのメヌル着信に気づいた。

 どこか䞍安を芚えながらも、私はそのメヌルをタップした。 

 

 綟人くんからだった。


『ねぇ、未映子。

 僕は䜕のために小説を曞いおいるんだろう

 わからなくなったよ。


 君のこずも、わからなくなったよ。

 動画が送られおきたんだ。

 知らない奎から。


 誰かがセックスしおいる動画。

 最初はAVか䜕かかなず思った。

 でも違った。

 君だったんだ。

 抱かれおいたのは君だった。


 君は倉わっおしたったのかな

 東京で倉わっおしたったのかな

 僕には才胜がなかった。

 君に芋限られたずしおも仕方ない。


 僕は空に茝く星にはなれなかった。

 君のヒヌロヌにはなれなかったよ。


 君に『ベテルギりス』を読んで貰えおいた頃が䞀番幞せだったかもしれない。


 さよなら、未映子。

 僕だけのヒロむン。 PN 桐島綟人』


 あれ どういうこず なに、これ

 私、綟人くんのために頑匵っただけなのに。


 あれ―― あれ―― あれ――  

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私の圌は才胜に溢れたWEB小説家で、きっず曞籍化しお䜜家になれるっお信じおいたから。 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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