第10話 半島の自然とオオトカゲ


 対岸に渡ってしまうともう其処は観光地ではなく港と工場とが並ぶ工業地帯だ。実はペナン島にはビーチ沿いに優雅なリゾートホテルの並ぶエリアもあるのだが今回はパスし、半島側で半日を過ごすリクエストを出したのだった。ポーリィさんはやはり勿体ない、と云いたげな目をしながらも要望に応えてくれた。


 フェリーを降りて車を走らせると、工業地帯を抜けた後は其処ら中が眩しい緑で溢れている。その緑は一様でなく、色も形も様々だ。水田が先の方までひらけている隣にあるのはパーム椰子のプランテーション。それと勢を競うようにゴムのプランテーションが続く向こうには無秩序に繁茂する自然のままの林。同じ林でも、整然と縦横にならぶ樹々を見れば、プランテーションは自然林と截然と区別できる。自然林と云ってもおそらく人の手が幾度となく入っているのだろうが、その都度南国の自然は人間たちからその領土を奪い返してきた。勤勉で執拗な科学工業と雄渾な自然との闘いは今後も暫く続くのだろう。蟷螂の斧になぞらえるべきは人間の方か自然の方か、或いは両雄は全く互角で、龍虎が一歩も退かず相対すの方が相応しいのかも知れない。

「農村の方を廻ってみますか?」

 考えに耽る間プランテーションに見入っていたのをどう思ったのか、ポーリィさんが提案してきた。無論、私に断る理由とてない。


 プランテーションの傍で車を降り、川沿いの草っ原を少し歩いてみる。何時いつ何処に蛇が出てくるとも知れないが、現地の人々は毎日ここを歩いているのだろう。腰ほどの高さの草がゆさゆさ揺れるので何がいるかと目を凝らして確かめる。蛇だとしたら人をも呑むほどのおおきさだ。

 だがよく見ると、其処にたのはオオトカゲだった。頭から尻尾の先までは両手を広げたほどもあろうか。四本の肢で胴を支えて、悠々と歩いている。だが不図ふと私と目が合って、トカゲは狼狽した様子で向きを変えると気の毒なほど慌てた様子で逃げ去った。獰猛な見た目に反して平和主義者らしい。


 少時しばらく葦原の端で幸運な邂逅の余韻に浸っていると、車に戻るようポーリィさんに促された。

 ときあたかも十三時、太陽は真上から射し、地に影は像を結ばない。


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