世界の車窓から殺し屋日記3 マレーシア編

久里 琳

到着・初日 木曜日

第1話 スコール


 朝に日本を発ってその日のゆうべにはマレーシア北部の島、ペナン島に降りたっていた。空港は送迎の人たちで混雑していて、過剰に効いた空調のなかに汗とガラムの匂いがじった。

 外は土砂降りが続く合間に落雷の音まで派手に轟き外に出るのを躊躇うほどだが、迎えに来てくれたポーリィさんは、ああこんなの、と手を振って、

「すぐ止むわ」

 と事も無げに言った。

 熱帯は来訪者を、その激しい天候で歓迎してくれているらしい。


 彼女の言葉通り、車を走らせているうち雨は小降りになってきた。だが雨のおかげか道路は大渋滞だ。二車線の筈の道路には車列が四つならんで、それでも足りぬと云うのか空いたスペースがあれば其処へ車が割りこみ後ろに別の車が続いて、列は更に増えそうな勢いだ。宵闇の道路にクラクションがこだまする。


 ポーリィさんは所謂いわゆる華僑で、顔貌かおつきは我々日本人と殆ど同じだ。それでも区別がつくのはよそおいが日本人と異なるのと、それに動けば身振りにどこか南方風の特徴が感じられるためだ。だがこれも、当事者同士だから判る違いで、例えば欧州人から見たらまったく同じに見えることだろう。

 英国風の愛称を名告なのるのは半島からシンガポールにかけ広がる華僑たちの多くに共通する習慣だ。それとは別に漢字三文字の典型的な中華風の名も有り、本名はそちらの方らしい。

 う云えば、同じ大英帝国傘下にあった香港の人たちも英国風の名をっていた。中国本土に併呑されてしまって長いの地の人々が今もその習慣を保っているのかは知らない。私が最後に訪れてからもう十年以上、記憶の中の香港ははるか遠い。


 マレーシアに華僑は多いが無論この国に住むのは彼らだけではない。主流はマレー人ともブミプトラとも呼ばれる在来の民族で、華僑が二十パーセント強在るほか、印僑(インド系の人々)が十パーセント弱を占める。三民族が同居する多民族国家なのだ。これがマレーシアの文化を豊かにし、社会や政治経済に多様性と複雑性を生んでいる。強みにも弱みにもなるその特徴を、如何に活かし如何に超克するかが、マレーシアの発展の行方を決める鍵になるだろう。

 同時にれは、やや大袈裟に云えば、世界諸民族の共存のあり方を占う試金石になり得るのかも知れない。



 市街地を抜け海岸沿いの道に車を駐めて、人々で殷賑にぎわうホーカーズスクエアに飛び込んだ。広大な屋外フードコートだ。

 雨が上がったばかりで、足下はまだ其処そこいらに水溜りが残るが客たちはさして気にする風もなく、広場は活気に溢れている。


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