ウチを笑顔にしてくれたヒーロー

ひなた華月

彼との約束

白河しらかわさん、今週の日曜日って予定あったりしますか?」


 会社の休憩室でお昼ご飯を食べていたウチに、後輩の山田さんがそう声を掛けて来たのが、最初のキッカケやった。


「うん。空いとるけど……どうしたん?」


「実は、友達と一緒にお笑いライブを観に行く予定だったんですけど、友達が急に別の用事が入っちゃったみたいで行けなくなっちゃったんですよぉ」


 山田さんは不満そうに口を尖らせたけど、すぐにいつもの人懐っこい笑顔を浮かべて、ウチに言った。


「だから、良かったら一緒にライブに行きませんか? もちろん、チケット代は出しますから」


「うーん……お笑いのライブか……」


「あれ? もしかして、白河さんってお笑いとか好きじゃなかったりします?」


「あっ、ううん、違うねん。ただ、ウチ、そういうの一回も行ったことないから、そんなウチが行ってもええんかなって思って……」


「えっ!? そうなんですか!? だったら、絶対楽しいですよ!」


 ウチが初心者だということを知ると、山田さんは興奮した様子をみせて、それから山田さんに流されるがままに話は進み、ウチは彼女と一緒にお笑いライブに行くことになった。


 ただ、会社の子と休日にどこかへ出かけるというのが初めてやったし、前日の夜は緊張して眠れんくて、まるで遠足の前日に眠れなかった子供みたいやな、なんて思ったりもしたけど、先輩の威厳を保つために、それを山田さんには話さへんかった。


「山田さんって、よくこういうところに出掛けたりするん?」


 そして、劇場の席に座り落ち着いたところでウチは山田さんにそう聞いてみたけど、彼女は会社にいるときと同じ、ニコニコした笑みを浮かべて告げた。


「はい! 私、昔からテレビでバラエティ番組とか観るのが好きで、大学生のときから行ってたんですよ。それで、働くようになってからもずっと通ってるんです」


「へぇ、そうなんや」


 嬉しそうに話す山田さんの姿を見て、思わず心境を声に出してまう。


「ええなあ、山田さんが羨ましいわ」


「羨ましい?」


 そしたら、ウチの呟きを聞いて山田さんが首を傾げてもうたから、私は最後まで彼女に自分の気持ちを伝えることにした。


「うん、ウチには、そういうのないから。すっごい好きになったもんとか、熱中したりすることが今までなんもなかったわ」


 それこそ、ウチにはウチの人生があったけれど、何か劇的なことが起こったことなどなかった。


 普通の子供時代を過ごして、普通の学生生活を送り、そして、普通に就職をして普通に社会人として生活してて……。


 ただ、それに対して何か不満があるというわけじゃないし、それも客観的に見れば『ウチ』ってことになるのかもしれへん。


 せやけど、やっぱり何かを好きになって夢中になる人には、憧れみたいなものがあった。


「だから、山田さんみたいに好きなもんがある人のことは尊敬する」


「尊敬って、大袈裟ですよ」


「大袈裟ちゃうよ。ほんまに羨ましいもん」


 それこそ、今日だって山田さんに誘われなければ、家で別に観たいとは思わないテレビやネットニュースの記事を見て一日が終わってたんと違うかな?


「え~、そうですかねぇ……あっ」


 すると、少し話の角度を変えるように、山田さんがウチに言った。


「白河さんだって、好きな人とかいたんじゃないですか?」


「好きな……人……」


「そうですよ! 夢中になるものの代表例って、やっぱり恋じゃないですか」


 そう言われて、一瞬だけ思い浮かんだ顔があった。


 ウチとは違って、いつもクラスの中心にいるような男の子。


「あー、その反応はいたんですね!」


 ウチの反応を見て、山田さんは嬉しそうな顔を浮かべた。


「で、どんな人だったんですか? ねえねえ、教えてくださいよぉ」


 何故そこまで興味を示したのか分からへんけど、山田さんはウチの初恋の人が気になるらしい。


「あ、あかんて……。ホンマに、話すようなことなんて何もなかったから……」


 ただ、ウチとしては恥ずかしいというよりも、本当に何も話すことがないというのが本音だった。


 すると、そんなウチの心境にリンクするかのように軽やかなBGMが流れて、舞台袖から『どうも~!』と2人の男性が、まだ幕が下りている舞台の前に現れた。


 最初は、お笑いの舞台ってこんなに唐突に始まるんかとビックリしたけど、どうやらこれは『前説』と呼ばれるものらしくて、出て来た人たちは自分たちの芸を挟みながらも、劇場内設備の説明や、鑑賞に当たっての注意点などを丁寧に説明してくれる。


 その間に隣の山田さんに視線を向けると、さっきまでやっていたウチとの会話も忘れたみたいに、舞台前にいる男性たちの話をしっかりと聞いていた。


 良かった、と胸をなで下ろしたウチは、山田さんや他の観客の人たちと同じように舞台に視線を向ける。


 そして、5分ほど経過したところで、前説だった男性たちも舞台裏へと戻っていき、劇場の照明も落ちていった。


 前説の人たちの頑張りもあって、劇場の中は高揚感に満ちた空気になっていて、それもウチにとっては新鮮な体験やった。



 ――そういえば、彼も人を楽しませることが好きな人やったな。



 ウチはそんなことを思っていると、再びポップなBGMが流れて、照明の当たった幕が上がっていって、一本のマイクスタンドが姿を現す。



『はい、どうも~!!』



 そして、元気のええ声が聞こえて、舞台に出てきた男の人たちを見て――ウチは固まってしもた。



「……さかい、くん」


 そこには、私の初恋の人がスーツを着て、舞台に立っていた。



『いやぁ、今日も劇場に来てくれて、ホンマ、俺らの為にありがとうございます! しかし、俺らも売れたなぁ!』


『いやいや、翔太郎しょうたろうさん。あなたにファンなんていないですから安心してください。全員、僕のファンの人たちです』


『そっちのほうがあり得へんわ! なんて言うておりますけど、翔太郎しょうたろう慎吾しんごのショウシンというコンビでやらせてもらってますので、宜しくお願いします』



 パチパチパチ、と劇場では拍手が起こったけど、ウチは呆然としたまま、彼の姿を見ることしかできひんかった。


 もう、高校を卒業してから5年以上も経つのに、彼は何も変わってなかった。



『そんなわけで翔太郎さん。僕、実はやってみたい仕事がありまして』


『おう、なんやねん、言うてみい』


『僕ね、漫才師、っていうのをやってみたいんです』


『待て待て待て! じゃあ今やってるコレはなんやと思ってんねん!』



 堺くんの突っ込みが入ると、お客さんたちはどっと笑いが起きる。

 それから、堺くんたちの漫才が始まったんやけど、正直、ウチは内容なんて全然頭に入ってこんくて、その間に、ウチも忘れかけてた堺くんのことを、少しずつやけど思い出し始めた。



 ――白河ってさ、普段全然笑わへんやろ?


 ――けど、1回だけ白河が俺の話で笑ってくれたやろ? あれ、めっちゃ嬉しかったわ。



 彼は、屈託のない笑顔でウチにそう言ってくれた。


 そして、彼は全然照れる素振りもみせんと、ウチに言ってん。



 ――だから俺、もっと白河に笑ってもらうようなオモロイ人間になるわ。



 きっと、堺くんにとっては別に深い意味のある言葉やなかったと思う。


 やけど、堺くんと一緒のクラスやった1年間だけは、ウチも学校に行くのが楽しかった。


 だから、ウチにとって堺くんは……特別な人になったんやと思う。



『あっ、違います翔太郎さん。ツッコミはもっとタイミングよくやってください』


『さっきからダメ出し多すぎやろ! えっ、これ俺、もしかして公開説教されてる!?』



 結局、そんな状態が続いて、初めて観た堺くんも漫才は、全然記憶に残らへんかった。


 それでも、気が付いたらウチは、こんなに笑ったのはいつ振りやろってくらい、お腹を抱えて笑っとった。



『もうええわ! どうも、ありがとうございましたー!』



 そして、堺くんたちの漫才が終わると、隣の山田さんがウチにだけ聞こえるような声量で、言ってきた。


「さっきの人たち、今注目の若手コンビなんですよ~。面白かったでしょ?」


 そう聞いてくる山田さんに向かって、ウチは頷く。


「うん……めっちゃ面白いな」




 多分、堺くんはウチのことなんて覚えてないやろうけど。


 ウチを笑顔にしてくれた人は、こんなに沢山の人を笑顔にする仕事をしとる。


 だから、これからもずっと、ウチは彼のことを見続けたいと思ったんや。



 END

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