本日のおすすめ

 「この7人の中でおすすめは袁術です」

まるで希望に溢れたアイデアだとでも言いたげな、一点の曇りもない目でタカハシは高らかに告げた。ナオヤにはファンファーレの空耳さえ聞こえた。とはいえ、もちろんナオヤにとっては魅力ある提案ではなかった。三国志において袁術がおすすめされるタイミングがあるとは…。意外性も大概だ。袁術だけはおすすめしない、それならまだ理解できた。

 とはいえ、これは仕事なのだ。労働によって賃金が発生するのだから、世の道理として、ある程度は割り切る必要があるだろう。

 「ご存知ですか、袁術?」タカハシは屈託なく尋ねる。

「まあ、一応は…」

「ですよね」タカハシの笑顔が輝きを増す。「袁術の知名度は抜群みたいですから」

「悪い意味でな」と、ナオヤは自分の心の声を聞いた。

「おすすめは袁術」の破壊力。すぐすぐ割り切れるものではないらしい。


 これは二択ではないだろうかとナオヤは考えていた。目の前の人物から悪意は感じられない。それなのに袁術を勧めてくるのであれば、タカハシは袁術を誰かと取り違えているか、あるいはサイコパスなのかどちらかではないだろうか。前者であれば良いのだがもし後者であれば、打ちひしがれた無職にとっては圧迫面接を上回る残酷ショーに駆り出されるかもしれない。

 「どういう点がおすすめなのでしょうか?」ジェットコースターのようなテンションの乱高下を隠しながら、ナオヤは平和的な解決の道を探る。無論、ジェットコースターには怖くて乗れないタイプだった。がんばって2回転に乗ったのに彼女からは何の評価も認められなかったディズニーシーの悲しみ。

 「おすすめする理由は大きく2つがあります」

タカハシは手元の資料と思われる紙を覗き込んでいる。

「インセンティブの充実とフリーエージェントの権利です」


「まずですね、皇帝僭称。それから、奢侈に耽る。後宮の充実、玉璽の隠匿、ハニーハント。これらでかなりのインセンティブが得られます。さほど難易度も高く設定されてないので、その意思さえあればまず達成は可能でしょう」タカハシは楽しげにインセンティブの条項を読み上げた。ナオヤの手の中にも同じ文言が書かれているであろう書類がある。

「まだ始まる前の段階ですから、いざ動き出してらもっとインセンティブを得られる機会は増えると思いますよ」

 ナオヤは今までの人生でインセンティブなど手にしたことがなかった。まるでプロ野球選手になったような、その単語の響きに魅力を感じずにはいられなかった。

「あと、あちらの世界では袁術が死ぬとパラダイムシフトが起こります。もちろん本当には死にませんから安心ですよ。そうなればフリーエージェントの権利が得られます」

 タカハシの説明が進むにつれ、ナオヤはますますプロ野球選手とのシンクロ率を上昇させていった。袁術でいいかもしれない。

 「袁術以外の6人には現状インセンティブは設定されていないですし、死んでもあちらに留まることになっています。おそらく帷幕で空気に徹する感じになるんじゃないかと推測しますが、少し退屈かもしれません。袁術なら彼らと同様のルートも選べますし、インセンティブを手にしてこちらに戻って来ることもできますよ」

 一連のタカハシの語りはただのセールストークに過ぎないのかもしれない。そう思う冷静さも維持してナオヤは告げた。

「袁術でいきましょう」口調には生気さえみなぎっていた。


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