熱意と無職のパラドックス

 「採用です」穏やかな笑みを浮かべて、タカハシはナオヤに告げた。本来は記憶が戻ってからの採用を知らせるのがスマートなのかもしれないが、これはこれで特に問題があるわけでもない。

 さすがに高額なだけあって、新調したウェルカムドリンクのためのカウンターには不具合はなく、走馬灯も脳内で確かに回り始めている。そもそも求人三国志なのだ。得体が知れないテーマパークの人材集めには、今でもそれほど乗り気にはなっていない。それなりにこなしておけば問題はなく、これ以上待つ必要はないと判断したまでだ。とはいえ、決して手を抜いたわけではない。仕様に沿って基準は満たしているし、このくらいの匙加減が絶妙かもとの判断だ。赤壁の戦いをメインに据えたよく分からない依頼に対して、タカハシはポール・スミスばりの遊び心で応えた。


 それにしても…とタカハシは思う。

思い出さないのか、思い出せないのか。回る走馬灯に抗うことはできないはずだ。先程までの疲弊具合からして、目の前の男はとても仕事熱心なのだろう。だからこそ、人間としては無職になってしまう。我々にとっては当然の因果なのだが、キャリアが浅いと往々にしてこの事実を見失ってしまう。この世界での我々はやはり悲しい存在なのだとタカハシは静かに静かに痛感する。


 「今回はまず、反董卓連合を募集しています」タカハシが求人の具体的な説明を始めた。

「とはいえ、董卓に登場予定はいないんですけどね。まあ、形として、オープニングメンバーは反董卓連合になります」

「では、董卓軍と戦うことはないと」この会話にナオヤが違和感を抱かないのは走馬灯の効果だろう。

「そうですね。そもそも発生するバトルはフィナーレの赤壁の戦いだけを予定してますので。ナオヤさんを含めてパークの立ち上げメンバーは基本的に戦うことはないかと思われます」

「戦わない…。では、内政や外交を?」

「そうなるでしょうね。まずはパークに安定をもたらす必要があります。赤壁の戦いの発生が大目標となりますので、そのために世界の安定稼働を実現させたいんです」

「難しいですか?」

「ナオヤさんには資格と適切があります。きっと仕事の内容としては簡単でしょう。ただ初めての試みだけに、環境が不安定というか、不確定要素が多すぎまして…」

「なるほど」ナオヤはニュアンスを飲み込んだ。回る走馬灯がふたりの意識と言葉をスムーズにつないでいるようだ。

「やるだけやれば十分だと?」

「ええ、成果はなくとも構いません」

ふたりの口元には、さっきからずっと笑みが浮かんだままだ。


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