回れ走馬灯

 面接会場のドアは開け放たれている。開け放たれてはいるが、ここから部屋の外を窺い知ることはできない。ドアの向こうを覗けばビジネスホテルの廊下然とした空間が広がってはいる。だか、あれは当たり障りのない、なんとなくの風景でしかない。あのドアの先は世界のどこへでも繋がっている可能性があるのだから。


 部屋の中でタカハシは待つ。世界のどこからか現れるはずの勇者を。タカハシにとっての勇者とは、もちろん求人への応募者だ。現れれば即採用。タカハシはそう決めていた。

 タカハシの仕事はリクルートだ。今回はかつてないほどの大量採用の予定だ。相応しい人材に狙いを定めつつも、幅広くアピールする必要があったが、タカハシは自身のいつものやり方で臨んだいた。果たしてそれは一本釣りだ。


 求人三国志。求職者への文言としては不親切かもしれないが、これもタカハシの流儀だ。相手方になるべくたくさん想像の余地を残す。世の中の求人セオリーとは大きく異なっているが、この方が確実に成果を挙げられる。


 「あの、すみません」忽然と部屋に現れた男がタカハシに声をかけた。

「表の貼紙を見たんですけど、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 随分と疲弊しているな。採用第一号を一瞥したタカハシはにこやかに席を勧める。

「どうぞどうぞ。こちらにお掛けください」

「求人、してるんですよね?」タカハシの勧めた椅子に腰掛けるより前に、不安そうに男が訪ねる。

 どうやら男は有効求人倍率が低い世界からやってきたのだとタカハシは判断した。あの貼紙を見ることができただけで資格は十分なのだが、この求職スタンス。目の前の男を通じて、世の中と自身の人材観の隔たりを、タカハシは改めて知る。


 「簡単に言えば、体験型テーマパークでの武将を募集しています。お分かりかと思いますが、そのパークのテーマが三国志になります」

 「なるほど」男は安堵の少し表情を見せた。

「偶然通りかかったもので、履歴書など用意してきてないんですけども…」

「大丈夫ですよ。そこの受付表にお名前だけ記入いただければ。あとは、いくつか質疑応答をさせていただきたいですが、問題ないでしょうか?」

「はい、よろしくお願いします」リラックスしたムードが男に広がっていく。もう少し時間を掛けようとタカハシは判断をする。

 「思い出したら始めましょうか」男を迎えて立ち上がっていたタカハシは、そのまま部屋の奥のカウンターに向かう。

「ウェルカムドリンクをお持ちしますので」

 カウンターの中からタカハシは、所在無さ気な男の横顔を見つめる。男の頭の中で回っているはずの走馬灯を感じながら。

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