三国志の求人が1件あります
響野文街
なんで、私が袁術に
田園の憂鬱
そこでは自転車に乗るしかなかった。そして自転車ではどこにも行けやない。これが田舎の現実。シンプルで厳然たるだ。鉛色の空を見上げて都落ちを噛み締めるのがナオヤの日課だった。ぐるり360度を田んぼに囲まれて憂鬱を持て余す日々。自転車ではどうやっても、ここから脱出できそうになかった。
求人三国志。鬱屈して日々に突如現れた謎のワード。
これは、自身にこそもたらされた福音かもしれない。ナオヤは直感し、その直感を信じた。最早、信じるしかなかったとも言える。思考にノイズが混じることはなかった。目の前のドアは外の世界に繋がっているのだ。
求人三国志。ドアにはそう貼紙がしてある。ドアを開けてもいいのかを躊躇する必要はない。人の気配が希薄な市民ホールの隅の一室、ドアは既に開け放たれている。ナオヤが室内に足を踏み入れるために、こなすべきタスクはもうなかった。
さて整理をしよう。まず、この田舎の市には図書館がなかった。とはいえ、読書の文化が全く軽視されてるわけではない。旧図書館はなくなっしまったが、新しい図書館が建設中なのだ。そのため、市民ホールの一室が図書室として市民に開放されている。もちろん閲覧できる蔵書はひと部屋分だけ。ブックオフよりはるかに頼りない。
この市には鉄道の駅もなかった。若者から年寄まで、基本的に誰もが軽自動車に乗っている。ひとり一台のモータリゼーション(軽)だが、ナオヤには運転免許がなかった。そして、田舎のとなりは田舎だ。がんばってペダルを踏んで市境を越えても、そこに現れるのは別の田舎だった。田舎から田舎へ、同じ風景が連続する絶望。自然豊かな閉塞感により、どこにも目的地ほ設定できない。行きたいと望む場所には、自転車ではどこにも行けはしなかった。
田舎には求人もなかった。自転車を本気で漕いで45分の地点にハローワークはあったが、求人は極端に少ない印象を受けた。その中でナオヤにできそうな仕事はさらに少なく、応募しても田舎の洗礼的な圧迫面接を受けて時間を無駄にするばかりだった。
「まだ若いから大丈夫」転入手続の際に、市役所の職員は温かく迎えてくれたが、田舎の経済活動の現実は厳しい。碌に職歴もないナオヤは都会から物見遊山でやって来たように見えたのだろう。都会では店長より年上のバイト先の老害。田舎では使えない余所者。無職であることは人間から自信を奪っていく。ナオヤの心は完全に折れていた。
行くしかない。ここが乾坤一擲なのかもしれない。求人三国志。冷静に考えれば、何のことなのかさっぱりわからない。しかし、求人の文字はある。この田舎をくまなく自転車で走破してもなかなか見つけることができなかった2文字なのだ。蒼天航路と三国無双の記憶を頼りに、ナオヤは部屋へ入る。三国志の求人へ応募するために。
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